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邂逅1

それからは、様々な話が一気に進んでいった。


まずは、ストーカーの件。

手紙を送りつけてきた一人の身元が割れたそうで、相手はやはり貴族。

子爵家の子息で、名前と顔の特徴を聞いても私に心当たりはなかった。


「ミア……俺と婚約してほしい」

「へ?」


昼食の時間、真剣な表情で私を見つめるサディアス。


しかし、彼と想いを通じ合わせた翌日に、いきなりの婚約話。

さすがに展開が早すぎて、言葉が続かない。


「平民のミアにとって、急な話であることはわかっている」


貴族はお付き合いという期間を経て婚約を結ぶのではなく、まず婚約をするところから関係が始まる。

サディアスの言う通り、その辺りの感覚が貴族と平民では少し違っていた。 


「だが、ミアに執着を寄せる者が貴族だとわかった以上、俺の婚約者であると抗議をする形が一番手っ取り早い」

「………なるほど」


たしかに、『ウェバー侯爵家の子息であり第四魔術師団長サディアスの婚約者』という肩書きは、とてつもなく効力がありそうだ。


だからこんなスピードで婚約話が出たのかと納得しかけた時、サディアスがフッと息を吐く。


「というのが、後づけの理由だ」

「え?」

「俺はミアと一生を添い遂げたいと思っている。だから、婚約を結びたい」


そう言って、じっと私を見つめる彼の瞳が憂いを帯びていく……。


「ダメだろうか?」

「………っ!」


不安げな表情のサディアス。

だからこそ、この言葉が彼の本音なのだと伝わってくる。


「だ、ダメじゃないです!私も……サディアス団長とずっと一緒にいたいと思ってますから」


ああ、顔が熱い。

それでも、本音には本音で向き合いたいと思った。


「ありがとう、ミア」


そう言って、サディアスは嬉しそうに微笑む。


「近いうちに婚約指輪を買いに行こう」

「はい……」


なんだか胸の奥がむず痒く、すぐに口元が緩みそうになってしまう。


(ああ、これが幸せなんだ……)


一方的じゃない愛情。

お互いを思いやる関係。


前世から一度も得ることのできなかったものを、やっと手にすることができた。


私はその喜びを噛み締める。


──こうして、私とサディアスの婚約が内々に決まった。



◇◇◇◇◇◇



それから数日は、特に何もない平和な日々が続いた。


私と正式な婚約を結ぶために、サディアスは各所に根回しをおこなっているらしい。


私は平民出身の聖女候補なので、侯爵子息のサディアスと即日婚約というわけにはいかない。

ただ、サディアスの生家であるウェバー侯爵家は、この婚約話を前向きに検討してくれていると、昨日イアンがこっそり教えてくれた。


『サディアスのご両親は、サディアスの女性不信っぷりをずっと間近で見てきたからね』


相手が平民出身であることよりも、一生独身かもしれないと思っていた息子の婚約話を喜ぶ気持ちのほうが大きいのだという。


(身分かぁ……。やっぱり、聖女として認めてもらうしかないよね……)


朝早くに目が覚め、ベッドでゴロゴロしながら、これからのことを考える。


ゲームのミアと同じ道を歩んでいる時は、このまま聖女になるのだと信じて疑わなかった。

しかし、スイパラの世界から抜け出した今は、不確定な未来に少しだけ不安な気持ちになる。


「ふぅ……」


それでも、自分で選んだ道なのだからと、気合いを入れ直すように息を吐いた。


それから朝の準備をして、いつものように食堂へと向かう。

すると、慌てた様子の神官がこちらへ走り寄ってくる。


「シュミット嬢!急いで部屋へお戻りください!」

「何かあったんですか!?」


なんと、ホラーク伯爵子息が、私に会わせろと神殿に乗り込んできたらしい。 


「ホラーク伯爵家?」


全く心当たりのない家名。

しかし、とりあえず自室にもっているようにと、神官に説得される。


(これってまさか……)


まだ確定ではないが、王城に忍び込んだストーカー男と同じ案件の匂いがする。

なぜ、ストーカーは揃いも揃って行動力だけはやたらあるのだろうか……。


自室に戻り、扉の鍵をしっかりと閉める。

それから十分ほど経った頃、今度は自室の扉がノックされた。


「ねぇ、僕だけど……ちょっといい?」


ストーカーが来たのかと身構えてしまったが、続くエイベルの声に安心して、そっと扉を開ける。


「ホラーク伯爵子息の話は聞いた?」

「はい。聞きましたけど……」

「あんたに会うまで帰らないって、居座ってるみたいなんだよね」

「うぇ………」


思わずうめき声が出てしまう。


「念のため、あんたを安全な場所に連れて行くように、レジナルド様に頼まれたんだよ」

「そうですか……」


聞くところによると、ホラーク伯爵子息とやらは私兵を引き連れて神殿に押しかけているらしい。

私が悪いわけではないが、神殿にまで迷惑をかけて申し訳ない気持ちになる。


そのまま、エイベルの後をついて歩く。


神殿関係者の居住エリアから一旦外に出て、ちょうど図書室の裏手にある建物へ向かった。


「ここは……?」

「研究棟って呼ばれてるところ」

「へぇ……」


外観は居住エリアと大差ない大きさと造りだが、この中の部屋は全て個人の研究室やアトリエになっているそうだ。

促されるまま建物に入ると、中も居住エリアとあまり変わらない。

ただ、研究室だからだろうか……それぞれの部屋の扉は居住エリアよりも頑丈そうな造りに見えた。


「私はどこで待機していればいいんですか?」


人気ひとけのない廊下を歩きながら、エイベルに問いかける。

すると、真っ白な扉の前で、エイベルは歩みを止めてこちらを振り返った。


「この部屋だよ」


そう言いながら、エイベルは慣れた手付きで鍵を差し込み、真っ白なその扉を開ける。


「さあ、中に入って」


言われるがまま足を踏み入れると、部屋の壁を埋め尽くすように飾られている、数え切れないほどの絵画が目に飛び込んでくる。


「え………?」


そして、全ての絵画にえがかれているのは、肩まで伸びた明るい茶色の髪にアーモンド形の黒い瞳を持つ、若い女性の姿で……。


「ど……して?」


うまく言葉にならない声が唇から溢れる。

それは懐かしくもあり、よく見慣れたものでもある、前世の私の……。


「僕のアトリエへようこそ!」


この場に不似合いな明るい声に、思わず後ろを振り返る。


「え、エイベル君……?」

「これでハッピーエンドだよ……理子ちゃん」


そう言って、エイベルは満面の笑みを浮かべ、扉の鍵をかける音が部屋に響いた。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回は明日8時に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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