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絆される

翌日、王都から東へ進んだ先の大平原にて魔物の目撃情報が入り、第四魔術師団と第三騎士団の合同討伐隊が組まれることになった。


ゲームでも定期的に魔物が現れては討伐に向かい、攻略キャラの好感度を上げたり、特別報酬を手に入れてアイテムを購入したり……。

しかし、キマイラとの遭遇を体験した私は、これがゲームのイベントの一つだとは思えなくなってしまっていた。


見渡す限り緑の広がる美しい平原だが、その空にはコカトリスと呼ばれる魔物の群れが我が物顔で飛び回っている。

コカトリスは、雄鶏のような上半身に蛇のような下半身を持つ魔物で、その姿は大型の鷲よりも一回り以上大きい。


離れた位置から見ているだけでも、緊張で手は震え、身体中から嫌な汗が吹き出す。


「大丈夫か?」

「た、たぶん……?」


サディアスに声をかけられるが、大丈夫です!と、ヒロインらしく元気に即答はできない。


今回のコカトリス討伐は、聖女候補を筆頭に三つのパーティに分かれて行うことになる。

ただ、キマイラが出現した前回の件もあり、私のパーティにはサディアスが付き添い、レベッカにはイアンが、ラシェルにはチェスターが付き添う。


そのことにレベッカとラシェルはなぜか不満を口にしていたが、「命が惜しくなければそれでも構わないが?」とサディアスに凄まれ、しぶしぶ受け入れていた。


「今よりコカトリスの討伐を開始する!」


サディアスの声を合図に、それぞれのパーティは平原に足を踏み入れ、コカトリスの群れへと向かう。


コカトリスの核はその頭に生えたトサカ部分なのだが、空を飛び回っている状態で聖魔法を当てるのは難しい。

そのため、遠距離魔法や弓矢でコカトリスを撃ち落とし、聖魔法で仕留める作戦だ。


すでに他のパーティはコカトリスに攻撃を開始し、団員の声や魔物の咆哮があちらこちらから聞こえてくる。


本音を言えば、魔物が怖くて仕方がない。

たとえコカトリスが低ランクであっても、キマイラと遭遇した時の恐怖が身体と心にへばり付いている。

だからといって、逃げ出すわけにはいかないこともわかっていた。


「ミア。核に当たらなくてもいい。とりあえず聖魔法を撃て」

「…………」

「恐怖に打ち勝つには身体を動かし続けるしかない。心はあとからついてくる」

「わかりました……」


それからは、もう無我夢中だった。


次々と撃ち落とされるコカトリスに、少し離れた位置から聖魔法を撃つ。

核に当たらなければ、当たるまで何度も撃ち続けた。


サディアスは手を出さずに、ただ側で見守ってくれている。


何度も何度も繰り返しているうちに、恐怖で強張こわばっていた身体が、徐々に本来の動きを取り戻していく。


「コカトリスを二体、撃ち落としました!」

「はい!すぐに向かいます」


弓矢で射られ、撃ち落とされたところを剣で斬りつけられたコカトリスは、激しい憎悪に満ちた瞳で私を見据え、耳障りな甲高い声を上げて威嚇する。

その姿に心臓を鷲掴みにされた心地になるも、身体は聖魔法を放ち、一撃で核を破壊していた。


(よし!ちゃんとできた!)


思わず後ろを振り向き、サディアスの表情を確かめる。

すると、そんな私の喜びを受け止めるかのように、しっかりと彼も頷き返してくれた。


それからも、次々にコカトリスの核を破壊していき、夕暮れの気配が広がり始めた頃、ようやく討伐は完了したのであった。



討伐した魔物の処理を終え、皆が馬車への移動を始める。


「よくやった」

「まあ、なんとか頑張れました」


サディアスからの褒め言葉に、自然と表情が緩む。

恐怖と緊張により身体はクタクタだったが、乗り越えることができたという満足感で胸はいっぱいだった。


「あっ………」


その時、千切れたヘアゴムが地面に落ち、一つにまとめていた髪がはらりと広がる。

そんな私の姿を見たサディアスが、紫の瞳を見開いた。


「髪を下ろしている姿は初めてだな……」


たしかに、普段からゲームのミアと同じ髪型ばかりで過ごしていた。

汗と埃にまみれたボサボサの髪を見られてしまい、なんとなく気恥ずかしい。


その時、風が強く吹き、私の薄桃色の長い髪がなびく。

そんな私の姿を、いとおしむように見つめるサディアス。


「いつもの髪型も悪くはないが……下ろしているのも似合っている」

「あ、ありがとうございます」


サディアスの真っ直ぐな言葉が、私の頬を熱くする。


ああ、そうだった……この人は、ヒロインのミアじゃない、私のことを見てくれているんだ。

そもそも、サディアスの前ではヒロインらしく振る舞うこともなくて……そんな私のことを、彼は好きだと言ってくれている。


(もう、ほんと、そういうとこがずるいなぁ)


そんなことを思いながらも、私はすでに絆されてしまっていることを認めるしかなかった。



◇◇◇◇◇◇



翌朝、身支度をしようと部屋に備え付けられている鏡の前に立つ。

ブラシで髪をとかすと、一つに結うことなく白のローブを纏った。


鏡に映るのは、ゲームでは見ることのなかったミアの姿。


かたちから入るってわけじゃないけど……)


ゲームのミアとは決別するという、意思表明に近いものかもしれない。

まあ、誰かに向けてというよりかは、自分の意識を変えていきたいという気持ちが大きい。

あとは、似合うと言ってくれたサディアスの影響もちょっとはあるのかもしれなくて……。


一人で勝手に照れくさい気持ちになりながら、私は自室の扉を開けて食堂へ向かう。


今日は魔術師団の訓練はお休みだった。

いつもなら、攻略キャラとの交流に頭を悩ませていたところだが……。


(本でも読もうかな)


ストーカー対策のため、神殿の外に一人で出ることは禁じられている。

それに、王都に来てからはゲームのことばかり考えていて、ゆっくり自分の時間を過ごすこともなかった。


朝食の後に図書室へ寄ってみようかと考えながら歩いていると、食堂の入口にエイベルの姿が見える。

そして、私の姿を見つけた途端に、エイベルの表情が驚きに変わった。


「おはようございます」

「あ……髪……」


どうやら、いつもと違う私の髪型に驚いていたらようだ。


「今日は下ろしてみたんです」

「そう……なんだ……」


そう言ったあと、エイベルはいつものような気怠げな表情になる。


「あー、今日は街の広場でサーカスが開催されるんだってさ」

「へぇ、楽しそうですね」

「興味があるなら観に行ってみたら?」


たしか、サーカスを観に行った先で攻略キャラたちと遭遇するイベントがあった。


「いえ、やめておきます」

「え?」

「今日は部屋でゆっくり本でも読んで過ごそうかなぁって」

「部屋で?……じゃあ、レジナルド様は?」


なぜレジナルドの名前が出るのかがわからず、一瞬考えてしまう。


「神官長様には本日が休暇であることはすでに伝えてありますから、大丈夫ですよ」

「…………」


毎朝サディアスを出迎えているレジナルド。

今日は私が休暇であると、レジナルドに伝えたのかを聞かれたのだと思ったのだが……。

結局、エイベルは何も答えずに、そのまま食堂の中へ入ってしまった。


(何だったんだろう?)


そう思いながら、私も食堂へ足を踏み入れる。


(そういえば、エイベル君がセリフ以外の言葉を喋ったのって初めてかも……)


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