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ストーカーホイホイ

「あー……思い出したわー」


ベッドに寝転がったまま、ズキズキと痛む頭を右手で押さえる。


あの手紙を読んで気を失った私は、高熱を出し、そのまま三日三晩寝込んだ。

そして目覚めると、前世の……成瀬理子として生きてきた記憶が甦っていた。

それと同時に、現在いまの自分がどういった状況であるのかを理解する。


現在の私の名前はミア・シュミット。

薄桃色の長い髪に薔薇のような紅色の瞳持つ、愛らしい少女の姿をしている。


まるでアニメやゲームのキャラクターのような髪と瞳の色だが、それもそのはず、この世界は乙女ゲーム『Sweet Paradox』……通称スイパラの世界だった。

世界設定やシャトイールという国の名前、その他諸々がゲームと同じで、何よりヒロインの容姿と名前までもが今の私と完全一致している。


つまり、私は乙女ゲームのヒロインに転生してしまったらしい。


自身がハマった乙女ゲームのヒロインに転生するなんてご褒美でしかないのだが、そこには一つ大きな問題があった。


「なんで、この世界でもストーカーに苦しまなきゃいけないのよ!」


そう言いながら、力任せに枕を殴りつける。

なぜなら、前世の私もストーカーに悩まされていたからだ。


外を歩いているだけで視線を感じ、見知らぬ誰かからプレゼントが届き、宛先不明のアドレスから大量のメッセージや写真が送りつけられる。

それが一人や二人なら、『ああ、変な奴に好かれてしまったなぁ……』で済むのだが、私の場合はその人数が尋常じゃなかった。

二桁はちょっと……いや、かなりオカシイ……。


全く知らない赤の他人や、顔見知り程度の相手がほとんどだったが、いい感じになった相手がストーカー化したパターンもあった。

その時のことを思い出すと、今でも苦い気持ちが胸に広がる。


──私のことを好きになるとストーカーになるのか、私のことを好きになるのがストーカーなのか……。


警察には数えきれないくらい相談に行ったし、自衛も徹底的にした。

実際に捕まえてもらったこともあったが、しばらくするとまた同じような奴が湧いてくる始末……。


だから、これはそういうタイプを引き寄せてしまう体質なのだろうと結論付ける。


最初はストーカーの存在に怯えていたが、こうも人数が多いと耐性が付き、「どうして私がストーカーごときに振り回されなきゃならないんだ!」という怒りのほうが強くなっていった。

しかし、現実の恋愛には夢も希望も持てなくなり、それらをゲームの世界に求めるようになっていく。


──だって、ゲームの中くらいしか安心安全に恋愛ができそうにないし……。


そんな理由で、前世の私は乙女ゲームにハマっていった。

素敵なイケメンたちとの健全な恋愛ゲームは、現実のクソさを忘れさせてくれるから。


(だけど、ゲームのミアがストーカーに困ってた……なんて設定はなかったはずなのに)


スイパラには三人のヒロインがいて、その内の一人をプレイヤーとして選ぶことができる。

聖女候補として王城に召集された彼女たちは、そこで出会う攻略対象者たちと交流を持ちながら、聖女を目指して奮闘するというストーリーだ。

しかし、そこにストーカーの描写なんてものは出てこなかった。


(もしかして、私が転生しちゃったから……?)


だから、ミアにもストーカーホイホイな体質が引き継がれてしまったのではないだろうか。

私の魂には、ストーカーを引き寄せる何かが刻まれているのかもしれない……。


その時、前世での最後の瞬間を思い出し、体がぶるりと震えた。


(せっかく転生したのに、またあんな目に合ったりしたら……)


もう、ストーカーのせいで死にたくなんてない。

今度こそ、まともな相手と恋愛をして幸せになりたい。


そこで、ふと気が付いた。

私はこのゲーム世界のヒロイン。そして、攻略キャラという安心安全に恋愛をして幸せになれるルートがすでに用意されている。


(彼らと結ばれれば、私は絶対幸せになれるんじゃない……?)


攻略キャラたちの人柄がどれだけ素晴らしいかを、私はよく知っている。

前世でゲームをクリアした知識があれば、そんな彼らを攻略することなんて簡単なはず……。


(それに、ゲームにはストーカーなんて出てこなかった)


ゲーム開始スタートはヒロインが十八歳になってから。

この国では珍しい聖魔法に目覚めたヒロインが、聖女候補として王城に向かうところからストーリーは始まる。


(そこまで辿り着くことができれば、シナリオの力によってストーカーは排除されるんじゃ……)


途端にやる気が湧いた私は、攻略キャラとのハッピーエンドを目指して、ストーカーと闘う覚悟を決めたのだった。



◇◇◇◇◇◇



賑わう王都の街を抜け、ついに馬車が城門をくぐる。


「うわあ……」


馬車の窓から見える荘厳な建築物の数々に、思わず感嘆の声を漏らした。


(いよいよだ……)


興奮と緊張がい交ぜになった妙なテンションのまま、私は馬車の中で身を固くする。


前世の記憶が甦ってから二年後、十五歳になった私はゲームのシナリオ通りに聖魔法を発現した。

それからは魔力のコントロールを学ぶべく高等学院の魔術科に三年間通い、聖女候補として認められ、卒業と同時に王城での勤務が言い渡される。


そう、十八歳になった私は、ついにゲームの舞台である王城へ辿り着いたのだ。

長いウェーブがかった髪をひとつに束ね、瞳と同じ色のワンピースを着た姿は、ゲームのオープニングで見たミアそのものだった。


(あー、長かったー)


言葉にすると順風満帆に思えるが、実際はストーカーにまみれた五年間だった。

付き纏いに待ち伏せ、気持ちの悪さしかない手紙に一方的な贈り物などなど……。


しかも、この国には前世のようにストーカーを裁く法律なんてものは存在しない。

そもそも、ストーカーという存在自体が認知されていなかった。

つまり、ストーカーから身を守るには、自分でなんとかするしかないということ……。


父に頼み込んで護衛を雇ってもらったり、自身で身を守るべく護身術を学んだりもした。

まあ、雇った護衛がのちにストーカー化した件については割愛しておく。


(これからは、攻略キャラたちとの素敵な恋の駆け引きが待っているはず!)


前世で様々な乙女ゲームをプレイしたが、中でもスイパラは初心者向けのゲームだった。

攻略キャラの好感度を上げるための選択肢や条件、ミニゲームなど、それら全てがとてつもなく簡単だったのだ。

あまりの簡単さに、バッドエンドを迎えるほうが難しいのではないかと思ったほど……。

おかげで攻略サイトを頼ることなく、全攻略キャラとハッピーエンドを迎えることができた。


(そこがよかったのよね……)


しみじみと、前世で見たゲームのスチルを思い浮かべる。

乙女ゲームとしては物足りない部類に入るのかもしれないが、ハッピーエンドしか見たくない私のようなタイプ

にはぴったりのゲームだった。


どの攻略対象者もイケメンで魅力的で、ヤンデレや偏愛などとは無縁のストーリー。

苦しい現実を忘れるためにプレイしていた私にとって、このゲームが心の拠り所となっていたと言っても過言ではない。


そんなことを考えている内に馬車が停まり、外から扉がノックされる。

私は姿勢を正し、扉が開かれるのを待つのだった。



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