特別報酬の使い道
左手の指先に自身の髪をくるくると巻き付け、ずっしりと重みのある袋を右手に、魔術師団棟の廊下をほくほくした気持ちで歩く。
マーケットに参加するために、久し振りに神殿の馬車に乗って王城へとやって来た。
そして、向かったのは、魔術師団の経理を担当する部署の部屋。
聖女候補として訓練に参加している私にも、お給料というものが存在する。
しかし、そのほとんどが所属先の神殿へ渡され、代わりに私の衣食住の面倒を神殿がみてくれるというシステムだった。
つまり、私の手元には現金が残らない。
そんな私がガッツリ現金を手にできる方法が『特別報酬』である。
魔物討伐に参加することで得る『特別報酬』だけは、神殿を介さずに聖女候補へと渡されるのだ……現金で。
その報酬も討伐結果によって額が変わり、高ランクの魔物を討伐するほどに金額が上がる。
簡単にいうと、たくさん現金が欲しかったら、さっさと強くなって高ランクの魔物を討伐してきてね!という、なんともわかりやすいシステムだった。
そして、昨日のホーンラビットとキマイラ討伐に成功した報酬を受け取り、私は浮足立っているというわけである。
(やっぱり高ランクのキマイラ討伐のおかげだなぁ)
ホーンラビット三十匹よりも、キマイラ一体の討伐報酬のほうがはるかに高額だった。
私はとどめを刺しただけで、サディアスが倒したと言っても過言ではないが、報酬は有り難く受け取ることにする。
「ミアちゃん?」
すると、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえ、くるりと振り返る。
そこにはイアンの姿があり、そのまま廊下の端で彼と立ち話をする。
「こんなところでどうしたの?今日はお休みじゃなかった?」
「そうだったんですけど、昨日の報酬を受け取りに……」
そこまで言ったところで、しまった……と内心冷や汗をかく。
休日にわざわざ報酬を受け取りに来るなんて、守銭奴みたいだと好感度が下がったりしないだろうか。
「ああ。今日はマーケットの日だもんね」
「そ、そうなんです!」
「うちの団員も、報酬を受け取ってからマーケットに行った奴が多いみたいだよ」
そう言って、イアンはにっこりと笑った。
こちらの事情をしっかり汲み取ってくれたことに安心したのも束の間、続く言葉に私は硬直してしまう。
「それで、サディアスとは待ち合わせ?」
「え………?」
なぜ、ここでサディアスの名が出るのかわからない。
「待ち合わせなんてしていませんけど……」
「そうなの?てっきり今日も一緒だと思っちゃった」
「…………」
イアンの言葉に、私とサディアスがセット扱いされていることを悟る。
よくよく考えてみると、合同演習の間は昼食も含めずっとサディアスがへばり付いていた。
そんな私たちの姿が、様々な誤解を生んでしまったのではないだろうか。
(そういえば、あのお姫様抱っこの時も……)
団員たちが露骨に目を逸らし、腰が抜けていても必死に立ち上がっていた光景を思い出す。
あれは、私とサディアスに対して、要らぬ気を遣ったのだとようやく気付いた。
「今日は一人でマーケットを見て回る予定なんです!」
「じゃあ、サディアスも呼んだほうが……」
「いえ!いつもサディアス団長と一緒に行動しているわけじゃないので!」
「そ、そっか……」
語気を強める私に、イアンはちょっと引き気味な様子で言葉を返す。
そして、「じゃあ、ミアちゃんはマーケットを楽しんでね」と言って、そそくさと廊下から立ち去ってしまったのだった。
◇◇◇◇◇◇
王城の庭園がマーケットのために開放されており、そこには様々な露店が立ち並んでいる。
といっても、利用客のほとんどが貴族のため、並ぶ商品は全てそれなりに値の張る物ばかり。
食事を提供する露店もあれど、食べ歩きができるような庶民的なメニューはなく、周りにいくつものテーブル席が用意されている。
貴族の子息や令嬢らしき人たちの他に、王城に勤務する騎士や文官の姿もちらほら見えた。
「ふぅ………」
深く息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
攻略キャラであるイアンに、サディアスとの仲を誤解されているとは思わなかった。
いや、イアンだけじゃなく、第四魔術師団と第三騎士団の団員たちにもそんな目で見られていたことに衝撃を受ける。
(もしかして、チェスターも……?)
チェスターの好感度がサディアスによって奪われているだけでなく、そういった誤解までされているとなると、ちょっとどうしていいのかわからない。
そうなると、これから出会う予定の攻略キャラが、最後の砦となる可能性も……。
(よしっ!)
うじうじ悩んでいても仕方がない。
すでに出会いイベントの場は用意されているのだから、迷わずにストーリーを進めるべきだ。
私は早足で端から順に露店を巡り、目的の人物を探す。
全体の半分程を見たくらいだろうか、独特のイントネーションの声が聞こえた。
「いらっしゃいませぇ!」
その声のする方へ視線を向けると、肩までの長さの赤茶色の髪を一つに結い、ややツリ目気味な蜂蜜色の瞳を持つ青年が、客寄せのために声を張り上げている姿が見える。
(見つけたーっ!)
私はササッと身だしなみを整えると、ゆっくりとした足取りで彼のもとへ近付く。
「可愛らしいお嬢さん!ぜひ、うちの商品も見ていってくださいね」
愛想のよい笑みを浮かべながら、目の前の青年が声をかけてくる。
彼こそが、最後の攻略キャラであるハドリー・ペルソン。
ぱっと見は、ちょっぴり胡散臭い露店の店主なのだが、
自身が立ち上げたペルソン商会を、たった数年で王城のマーケットに参加できるまでに成長させた若き実業家である。
ちなみに、商人だから……という理由かどうかはわからないが、ハドリーの言葉遣いは関西訛りであった。
「何かおすすめはありますか?」
並べられた商品を吟味している振りをして、こちらからハドリーに質問を投げかける。
「そうやなぁ……。お嬢さんくらいの年齢やと、メイク用品が人気かな?あ、でも、可愛いらしい顔してるお嬢さんにメイクは必要あらへんな」
そう言って、ハドリーはニカッと笑う。
「ふふっ」
お世辞だとわかっていても、ハドリーの気安い調子に思わず笑ってしまう。
「これは何ですか?」
私が指差したのは、細長いガラス瓶。
中には透明な液体と植物が入っており、カラフルなリボンで巻かれたそれは、前世で見たハーバリウムを思わせる。
「ああ、これはうちのオリジナルポーションや」
「オリジナル?」
「普通のポーションより効果を高めて、さらに薬効成分が長持ちするように工夫してあるねん」
「へぇ〜」
話を聞く限りはものすごく怪しそうだが、貴族が集まるマーケットにハドリーが下手なものを持ち込む筈がない。
「じゃあ、このポーションを……十本ください!」
私の言葉に、ハドリーがその目を見開く。
ポーションは体力や魔力を回復するアイテムで、それなりに高級品でもあった。
しかし、私のポケットにはもらったばかりの特別報酬が入っている。
「この商品の良さがわかるなんて、お嬢さんはたいした目利きやね!」
ハドリーが嬉しそうに声をあげる。
彼の攻略ポイントは『お金』だ。
ハドリーのお店でお金を使えば使うほどに、彼の好感度もぐんぐんと上がっていく。
つまり、ハドリーの好感度を上げるために、魔物討伐の特別報酬が必要だったというわけだ。
「この商品の開発には苦労したんやで。腕のいい職人と研究者を探すところから始めて……」
機嫌よくお喋りを続けるハドリーだったが、ふいに言葉を止め、ずいっと私に顔を寄せた。
「それにしても、ほんまに可愛らしいわ〜。まるでお人形さんみたいやな」
蜂蜜色の瞳が私の顔をじっと見つめる。
突然のことに胸がドキリと音を立てるが、ときめいたというよりも、まるで商品を値踏みするような視線に居心地の悪さを覚えた。
読んでいただき、ありがとうございます。
今話は長くなってしまい、キリがいいところで終われなかったので、続きは明日の朝8時に投稿します。
よろしくお願いいたします。