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苦い記憶

(あああああ………)


朝、目覚めてすぐのベッドの中で、昨日の出来事を反芻はんすうしては恥ずかしさにのたうち回っている。


攻略キャラの好感度やゲームのストーリーにばかり気を取られ、魔物討伐を甘くみていた自分自身が情けなくも恥ずかしかったが、思い出されるのはサディアスにお姫様抱っこをされたことばかりで……。


(たしかに、憧れはあったけど……!)


前世で読んだ少女漫画か何かで、ヒロインを軽々抱きかかえるヒーローにキュンとした記憶はある。

しかし、それは創作の中のもので、実際に自分がされるなんて思いもしなかった。


肩を抱くサディアスの大きな手の感触と、左頬に触れるたくましい胸板に、下から見上げた整った顔と長い睫毛が……あああああ。


(ダメだ……生々しい!)


これじゃあ変態みたいじゃないか……私が!!


あの溢れんばかりの色気を間近で浴びてしまったせいで、脳がバグってしまったのかもしれない。

纏わりつく昨日の記憶を振り払い、ベッドから起き上がると、さっさと身支度を始める。


結局、昨日のイベントでチェスターとイアンが私を助けに来ることはなく、二人は森の入口で待機したままだった。

理由は、サディアスが持ち場を二人に任せて、私を探しに向かってしまったからで……。


(サディアス団長の行動がシナリオを変えてしまった?それとも、二人の好感度が足りていなかった?)


イベント開始時点で最も好感度の高いキャラが助けに来るはずだった。

このままでは、サブキャラのサディアスよりも二人の好感度は低いということになってしまう。


(サディアス団長が攻略キャラだったらなぁ)


同じ境遇だからという理由で、あれほど懸命に私を守ろうとしてくれる彼が攻略対象者であったら……。

そんな考えが頭に浮かんだ時だった。


『だったら僕がなるべく側にいようか?』

『え?』

『そうしたらストーカーだって諦めるかもしれないだろ?』


アルバイト先の休憩室、人の良さそうな彼の声。

私が高校ニ年生の頃、ストーカー行為に悩まされていることを知ったアルバイト先の先輩からの提案だった。


思い出したくもない前世の記憶が蘇り、同時にチリッと胸に痛みが走る。


ストーカーから守るという理由でシフトを合わせたり、待ち合わせをしたり、家まで送ってもらったり……。

彼との距離が縮まるにつれて好意を持ったことは確かで、この時の私はやっとまともな男性に巡り会えたのだと思っていた。


しかし、それが恋愛に発展することはなかった。


なぜなら、その気持ちが育つ前に、私の隠し撮りで溢れた彼のスマホの写真フォルダを見てしまったから……。

彼が元から私のストーカーだったのか、それとも、私と過ごすうちにストーカーになってしまったのかはわからない。

ただ、私には普通の恋愛は無理なのだと……この時に悟った。


「はぁ……」


嫌なことを思い出してしまったと、一人溜息を吐く。


別に、サディアスが前世の彼と同じだと思っているわけではない。

そもそも、ハッピーエンドが約束されている安心安全な攻略キャラと恋愛をすることが目的なのだ。

サディアスとヒロインのルートなんてものは存在していないのに、そんなことを考えてしまうこと自体が不毛だった。


冷静になった私は髪を一つに結い、気合いを入れ直す。


第三騎士団との合同演習が終わり、今日から二日間は訓練もお休みとなっている。

つまり、サディアスからの横槍が入ることなく、攻略キャラの好感度を上げるチャンスだった。


食堂へ向かう廊下を歩きながら、レジナルドの姿を探す。

しかし、こんな日に限って見当たらず、代わりといっては何だが、エイベルが食堂の入口で私を待ち構えていた。


挨拶を交わしたあと、彼が口にしたのは新たなイベント

の予告。


「今日から王城でマーケットが始まるんだってさ」

「え!?」

「聖女候補さまは自由に買い物ができて羨ましいよ」


ゲーム通りのセリフを言って、エイベルは食堂の中へと消えていく。


マーケットとは、王城の敷地内に様々な露店が集まるイベント。

何代か前の国王が、平民たちのように露店で買い物をしてみたいと言ったことがきっかけで始まったもので、高位貴族たちにもウケたらしく、それが今でも続いているそうだ。

まあ、どこぞの露店商を王城に招き入れるわけにはいかないので、王家や貴族御用達の商会が露店商の真似事をして楽しませるイベントとなっている。


そして、これが最後の攻略キャラとの出会いイベントでもあるのだ。


今日は神殿内をうろついてレジナルドの好感度を上げるつもりだったが、予定を変更して王城へ向かうことにする。

急いで朝食を終えると、そのまま神殿の馬車乗り場へと向かった。


すると、廊下の向かいからレジナルドがこちらへ歩いて来る姿が見える。


「神官長様!おはようございます!」

「おはようございます、シュミットさん」


今朝のレジナルドの笑顔も神々しい。


「今日はサディアス団長は迎えにいらっしゃらないのですね」

「え?」

「いつもこの時間には到着されていたので」


突然サディアスの名が出たことに驚いたが、よくよく考えると、神官長のレジナルドがサディアスの来訪を知らないはずはなかった。


「今日の訓練はお休みでして……」

「そうでしたか。知らずに、今朝も馬車乗り場へ行ってしまいました」


そう言って、レジナルドは恥ずかしそうに微笑む。 


「今朝も……?あの、いつも馬車乗り場へ行かれていたのですか?」

「ええ。第四魔術師団の団長様の到着を、誰もお迎えしないというのは失礼にあたりますからね」

「…………」


知らなかった。

つまり、レジナルドは、サディアスの馬車が到着する時間に合わせて、毎朝馬車乗り場へ駆け付けてくれていたことになる。


「それは、ご迷惑をかけてしまって……」

「ああ、誤解しないでください。サディアス団長は博識な方なので、彼とのちょっとした世間話がここ最近の私の楽しみにもなっていたんです」


自分にとっても楽しい時間だから気にしないでほしいと、レジナルドは言葉を続ける。

そして、次の訓練の日程を私に確認すると、彼は去ってしまった。


(………ん?)


残された私はあることに気付く。

レジナルドは好感度が上がりにくいキャラのため、何度も会話を重ねる必要があった。

残念ながら、私はまだ彼と会話らしい会話をしていない。


つまり、私の知らぬところで、サディアスがレジナルドの好感度をコツコツ上げていたことになる。

チェスターに引き続き、レジナルドの好感度まで奪われてしまっていることに、私は危機感を覚えたのだった。



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