初めての魔物討伐1
合同演習の最終日。
本来ならば演習の総仕上げとして南の森での訓練が予定されていたが、実際に魔物が現れたことで、そのまま即実戦となってしまう。
現れたのは低ランクの魔物の群れで、聖女候補の実力を試し、経験を積むのにちょうどいいだろうと判断されたのだ……というのが、スイパラのストーリーだった。
まあ、簡単にいうと魔物討伐のチュートリアル的なイベントである。
そして現在、そんなゲームのイベント通りに、南の森にて第三騎士団と第四魔術師団による魔物討伐が開始されていた。
「前方に二匹のホーンラビットを確認!」
「動きを封じます!」
魔術師の一人が雷の矢を放つと、直撃した一匹のホーンラビットの動きが止まる。
「今です!聖魔法を!」
「はいっ!」
動きを止めたホーンラビットの核……その立派な角を目がけて私は聖魔法を放った。
「ギィィィィィッ!!」
見事、聖魔法が角に直撃すると、ホーンラビットは断末魔の悲鳴を上げ、そのまま倒れ込むとピクリとも動かなくなる。
「こちらにも聖魔法をお願いします!」
声のほうに目を向けると、雷の矢から逃れたもう一匹に騎士が剣で攻撃を加え、脚から血を流したホーンラビットの動きが鈍くなっていた。
「はいっ!」
私は返事と同時に聖魔法を放つ。
「ギィィィィィッ!!」
そして断末魔の悲鳴が上がり、こちらも無事に仕留めることができた。
魔法も物理攻撃も、どちらも魔物に有効であり、私がいなくとも彼らだけで討伐することが可能に見える。
しかし、どれだけダメージを与えようとも、核を破壊しなければ魔物はいずれ再生してしまう。
その際に、アンデッド化して厄介な魔物へと変異する種族も存在するため、聖魔法でしっかりと核を破壊しなければならないのだ。
このように団員たちと協力をしながら、森の中の魔物を葬り去っていく。
今回は訓練も兼ねているため、団員の中でも若手を中心にパーティが組まれていた。
まあ、若手といっても、団長であるサディアスやチェスターですら二十代なので、年齢ではなく実戦経験の乏しい者で構成されているという意味だ。
サディアスも私の真後ろではなく、チェスターたちとともに森の入口で待機し、取りこぼした魔物が街へ向かうことがないよう森の入口から街道にかけて結界を張っている。
「奥にもまだホーンラビットが残っているようです」
「魔力の残量はいかがですか?」
団員たちが私の体調を気遣うように声をかけてくれる。
「まだ大丈夫です!」
私の力強い返事に彼らは頷き合うと、さらに森の奥へと歩みを進めていく。
今のところホーンラビットが数匹ずつ現れるだけで、誰も怪我を負うことなく、討伐は順調だった。
出てくる魔物の数も少なく、まさにチュートリアルにぴったりなのだが、これは乙女ゲームのイベントだ。
攻略キャラとの絡みもなく、イベントが終わるだなんてあり得ない。
さらに十匹ほどのホーンラビットの討伐を終えたあと、騎士の一人が辺りを見回す。
「思ったよりも森の奥に入り込んでしまったようです。そろそろ引き返しましょうか」
「そうですね。では、帰りの先導は……」
その時だった。
「グルゥゥゥ……グルゥゥゥ……」
獣の唸り声が辺りに鳴り響く。
(……来たっ!)
団員たちが警戒態勢に入り、どこから声が聞こえるのかと視線を忙しなく動かしている。
しかし、ゲームの展開を知っている私は、このチュートリアルイベントの見どころが始まったのだと内心テンションを上げていた。
ゲームでは、討伐が終盤に入ると高ランクのモンスターが突如現れ、好感度の一番高い攻略キャラが助けに来てくれるという展開だったのだ。
といっても、神官長のレジナルドは好感度が上がるのに時間がかかるタイプで、神官のエイベルは隠しキャラ、そもそもこの二人が神殿から南の森に現れるのは難しい。
結局、チェスターかイアンのどちらかが助けに来てくれることになるのだが……。
「まさか……キマイラっ!?」
目の前の魔術師が、悲鳴混じりの声を上げる。
唸り声とともに姿を現したのは、獅子の頭に山羊の躰と
蛇の尻尾を持つ魔物。
それは、ゲームで何度も見たことのある、お馴染みの姿であるはずだった……。
(これは……)
ゲームのストーリーを知っている私は、キマイラが現れることも想定済みで、チェスターとイアンのどちらが助けに来てくれるのだろうかと、そんなことばかり考えていた。
けれど、実物はデフォルメされたモンスターなんかじゃなく、巨大な体躯と見るからに凶暴だとわかる禍々しい姿で……。
(ああ……魔物だ……)
ただ、漠然とそう思ってしまった。
それほどまでに目の前の生き物は、圧倒的な強者だった……。
「ぜ、全員退避だっ!!」
上擦った声が聞こえ、それを合図に団員たちが一斉に動き出す。
しかし、それよりも先にキマイラが一声高く咆哮する。
「グルゥオォォォン!!」
周りの空気がビリビリと振動し、私を含めた数名がキマイラの『威圧』を受け、その場に膝をつく。
その時、キマイラに向けていくつもの炎の矢が放たれた。
運良く威圧から逃れた魔術師が、必死に詠唱を続けている。
しかし、私たちに背を向けて走り出す者、その場に立ち尽くして判断を迷う者、詠唱を続ける魔術師に加勢する者……一瞬にして私たちのパーティは秩序を失い崩壊してしまった。
(早く……早く……!)
そろそろチェスターかイアンが助けに来てくれるはず……。
しかし、どちらも現れることはなく、再びキマイラが咆哮すると、魔術師たちの攻撃は無効化されてしまった。
「キマイラの核は左目です!聖魔法を!!」
誰かが縋るように叫ぶ。
私は言われるがままに聖魔法をキマイラの左目めがけて撃ち込むが、あっさりと避けられてしまう。
(早く……お願いだから、早く来て!)
祈るような気持ちで、私は何度も聖魔法を撃ち続ける。
すると、高く跳躍したキマイラの口が大きく開かれ、その黄金の瞳が私を捉えた。
(あ………)
──攻撃が、来る。
その瞬間、私は両目を固く瞑り、両手で自身の頭を抱え込む。
「グルゥギィィィアアア!!」
キマイラの激しい咆哮が耳をつんざく。
恐怖に飲み込まれた私は、ただ身体を丸ませることしかできないでいる。
しかし、キマイラの咆哮が止んだあと、いつまで経っても痛みや衝撃は訪れない。
私は恐る恐る両手を下ろし、ゆっくりと薄目を開けてみる。
「え………?」
光輝く鎖で全身を巻かれ、苦しげに身を捩るキマイラと、漆黒の髪を靡かせた見慣れた後ろ姿を目にしたのだった。