恋がしたい
「おはようございます。サディアス団長……」
「ああ」
昨日とは違う馬車に乗って、今朝もサディアスが神殿までやって来た。
そして、その時になってようやく「あ……これ毎日一緒に登城するやつだ」ということに気が付く。
おそらく、ストーカー対策のために馬車も使い分けているのだろう。まあ、豪奢で立派な馬車であることに変わりはなかったが……。
「行くぞ」
当たり前のように私に声をかけ、馬車に乗り込むサディアス。
やはり、毎日一緒に登城するのは確定のようだ。
私も馬車に乗り込み、朝から色気がムンムンな彼と向かい合う。
「今日はどのルートですか?」
「少し王都を走らせてから東門だ」
「うわぁ、また遠回りですね」
「……我慢してくれ」
さすがに昨日の一件でサディアスと仲良く……とまではいかないが、普通に会話ができるくらいの仲にはなっていた。
好感度を気にする必要もないので、私は思ったままを口にし、無言が続いたとしてもたいして気にはならない。
馬車の中も快適で、多少時間がかかったとしても許せる範囲だった。
そして、王城に到着すると、昨日と同じようにサディアスに魔術師団棟までの道のりを案内してもらう。
(慣れれば覚えるんだろうけど……)
さすがにこの数日だけでは王城内のルートを把握するのは難しい。
しかも、毎回違う入口から魔術師団棟へ向かうので、余計にだった。
訓練場に到着すると、サディアスとは離れて団員たちとともにウォーミングアップを開始する。
残念ながらイアンの姿はなく、今日はサディアスが訓練の指揮をとるようだ。
さすが団長というだけあって、団員たちの間には昨日よりもピリピリとした緊張感が漂っている。
「的から目を逸らすな」
「無駄な動きが多い」
「もっと体力をつけろ」
ぜーぜーと息を切らす私に、サディアスから容赦のない指摘が続く。
イアンから優しい言葉ばかりをかけられていた昨日との落差が激しい……。
まさにイアンは飴で、サディアスは鞭だった。
なんとか午前の訓練を終えると、サディアスとともに昼食をとるべく、彼の後ろを付いて歩く。
「今日はここにしよう」
サディアスが立ち止まったのは、初めて見る立派な扉の前。
これまたストーカー対策のため、毎日違う場所で昼食をとっているらしい。
「ここは……?」
「俺の執務室だ」
「へぇ……」
団長にもなると、個人の執務室が与えられるんだなぁ……なんて思っていると、扉を開けた部屋のソファには先客が座っていた。
「ああ、サディアス……って、あれ?ミアちゃんも一緒?」
私の姿を見て、驚きに目を見開くイアン。
目の前のテーブルには書類がいくつも広げられている。
どうやら、この執務室でイアンは仕事をしていたらしい。
(こんなところで会えるなんて!)
このチャンスをものにしようと、私は即座にヒロインモードへと切り替える。
「イアン副団長!今日はこちらにいらっしゃったんですね!」
声のトーンを上げて、とびっきりの笑顔をイアンに向けた。
「明日から始まる合同演習の最終調整が必要でね」
「合同演習?」
「うちと第三騎士団とで合同演習を予定しているんだ」
「………っ!!」
イアンの言葉が、スイパラのイベントへと繋がる。
(じゃあ、明日にはチェスターに会えるってこと……!?)
第三騎士団団長のチェスター。
攻略キャラである彼との出会いイベントが、この合同演習なのだ。
イレギュラーな出来事はあれど、順調にストーリーが進んでいるのだと安心する。
「それで、ミアちゃんはこれから……」
そこで言葉を止めたイアンは、サディアスの持っている鞄に目を遣る。
「……いや、僕はまだ仕事が残っているから、そろそろ行こうかな」
「ええっ!?もう行っちゃうんですか?残念ですぅ……」
私はしょんぼりとした表情を作る。
せっかくイアンに会えたのに、好感度を上げるような会話らしい会話ができていない。
「ごめんね、ミアちゃん」
そう言って、イアンは書類を持ってソファから立ち上がる。
「午後からは訓練場にも顔を出すよ」
「絶対ですよ!私、楽しみに待ってますからね!」
そう言いながら、部屋から立ち去るイアンに笑顔で手を振った。
そして、扉が閉まると、執務室にはサディアスと私の二人きり……。
「さてと……。じゃあ、食べましょうか」
私はすぐに通常モードへと切り替える。
「あ、ああ……」
なぜか、サディアスが戸惑った表情でこちらを見つめている。
私はそれをスルーして、サディアスから鞄を受け取るとテーブルの上に昼食の準備を始めた。
「君に聞きたいことがあるんだが……」
テーブルを挟んで向かい合わせで座ると、サディアスがおもむろに話を切り出す。
「え?何です?……あっ、今日はチキンの照り焼きだ」
私はサディアスの言葉を聞きながら、おかずが入っている銀のケースの蓋を開ける。
なんと、今日は大好物のチキンが入っていた。
「その……イアンと俺に対する態度が違い過ぎるように思うのだが……」
「そうですか?」
「ああ」
「団長の気のせいじゃないですか?」
「いや、声のトーンや口調に表情まで、俺に対する接し方とまるで違う」
「……そんなに違います?」
「さすがに気付くレベルだぞ」
そうきっぱりと言い切られてしまうと、こちらも何と言うべきか迷ってしまう。
「うーん。恋愛対象かそうでないか……その違いですかね?」
「恋愛……?」
サディアスの動きがピタリと止まる。
「まさか、君は恋愛をしようと思っているのか?」
「ええ、そうですね」
むしろ、恋愛をするためだけにここまで来たと言っても過言ではない。
しかし、サディアスは大きなショックを受けたかのように、片手で自身の顔を覆ってしまう。
「………正気か?」
地の底から這い出たようなサディアスの声。
なぜ、恋愛をしたいと言っただけで、こんな反応をされなくてはならないのか。
「いや、恋愛ぐらいしたっていいじゃないですか」
それに、第四魔術師団が恋愛禁止だなんて話は聞いたこともない。
「普通ならばな。だが、俺たちのような特殊な人間が恋愛など……」
「ちょっと!俺たちって、団長と同じにしないでくださいよ」
「同じだろ?」
「私のほうがマシですから!」
「二桁はマシじゃない」
「数で判断せずに中身で勝負してくださーい」
「悪いことは言わない、考え直せ」
ぎゃあぎゃあと言い争いを続けたが、互いの主張は平行線のまま休憩時間は終わってしまったのだった。