二人で昼食を
スタスタと歩き続けるサディアスの背中を追いかける。
(ああああ〜!イアンの好感度をさらに上げるチャンスだったのに!)
あと、王城で出される昼食も密かに楽しみにしていた。
それなのに、サディアスのあまりのタイミングの悪さと強引さに苛立ってしまう。
「あの!どこに行くんですか?」
「着けばわかる」
「…………」
そして、この説明の無さよ……。
今朝もそうだが、サディアスは言葉足らずなところが多々あるように思う。
しかし、私の苛立つ様子なんて気にも留めず、その手に大きな鞄を持ったままサディアスは歩き続ける。
「ここだ」
ようやく足を止めたのは、王城に来て最初に案内された場所……魔術師団棟の応接室の前だった。
またもやノックもせずにサディアスは扉を開ける。
「入るといい」
何を聞いても無駄なんだろうと、促されるままに応接室へ入ると、中には誰もいなかった。
サディアスは扉に鍵をかけると、テーブルの上に鞄を置き、中身を出して広げ始める。
「これは……昼食ですか?」
「ああ」
テーブルを挟み、サディアスと向き合う形でソファに座った。
目の前に置かれた銀色の四角いケースには、焦げ目のついたソーセージやミニオムレツ、キャロットラペや輪切りのトマトなどの野菜が詰め込まれている。
「作法は気にするな。これに挟むと美味いぞ」
そう言って、スライスされたバケットを手渡された。
「あ、ありがとうございます……」
サディアスの前にも私と同じ中身の銀色のケースが置かれ、彼は慣れた手付きでバケットにソーセージやトマトを挟み始める。
どう見ても二人分の昼食……。
今朝と同じで、何かしら理由があるのかもしれない。
戸惑いながらも、サディアスを真似て具材をバケットに挟み、それに齧りつく。
パリパリのソーセージから肉汁が溢れ、キャロットラペの歯応えとトマトの酸味が絡んで……。
「んんっ!……これ、美味しいですね!」
素直な感想が口から出た。
そんな私の顔をサディアスはじっと見つめる。
「何ですか?」
「いや……」
サディアスはふっと視線を逸らし、バケットを齧りだす。
(まあ、理由は食べ終わってから聞けばいいや)
そうして、どのメニューも美味しく、全て綺麗に平らげてしまった。
銀のケースを片付けながら、サディアスに話しかける。
「ほんとに美味しかったです!ありがとうございました」
美味しい昼食のおかげで、苛立つ気持ちもすっかり落ち着いていた。
「作ってくださった方にもお礼を伝えてくださいね」
「…………」
すると、サディアスから何か言いたげな視線を感じる。
「どうしました?」
「その、作ったのは俺……なんだが……」
「ええっ!?」
私は空になった銀のケースを見て……もう一度、目の前のサディアスを見る。
「これ、全部をですか……?」
「ああ。バケットは買ったものだがな」
「いや、十分すごいですよ!普通に美味しかったですし」
そう言うと、サディアスは片手で口元を押さえ、軽く咳払いをした。
「貴族でも料理をされるんですね」
貴族の屋敷には、身の回りを世話する者が大勢雇われている。
だから、サディアスが自分で料理を作ることが不思議に思えたのだが……。
「まあ、必要に駆られてな」
「それってもしかして……?」
「料理に薬を盛られたことがあった」
「…………」
やっぱりストーカー関連だった。
「あまり薬が効かずに大事には至らなかったが、料理を運んだメイドが犯人だったんでな。それからは外で買ったものを食べるか、自分で作るようにしている」
行きつけの店は決して作らず、ランダムに店を選んで買うようにしているのだとサディアスは続けた。
「だからここで昼食を……」
「そういうことだ」
王城内の宿舎とは別にサディアス個人の私邸が王都にあり、屋敷を維持するための使用人を雇ってはいるが、サディアスの私室には誰も入れないようになっているそうだ。
そんな私室の中にキッチンや風呂などが備え付けられており、身の回りのことは全て自分でやっていると、サディアスが説明してくれた。
大きなお屋敷の中に、一人暮らし用のマンションの部屋が一室用意されている……そんなイメージだろうか。
「でも、王城の食堂なら安全じゃないんですか?」
さすがに身元がしっかりした人間が働いているはず……。
「さあな。食堂で働く人間全てを信用するのが……いや、それよりも誰かを疑い続けることに疲れたんだ。それに比べれば、食事を自分で作るくらいどうってことはない」
淡々と話すサディアスだが、そんな境地に至るほどの苦労があったと伝わってくる。
「君も、食事には気をつけたほうがいい」
「………はい」
言葉の重みがすごい。
(まさか、そこまで気を付けなきゃダメだなんて……)
神殿の食事はビュッフェ式なので、私個人を狙って薬を盛ることは難しいと思う。
しかし、王城での食事はサディアスの言う通りなのかもしれない。
「じゃあ、私も昼食は外で買うことにします」
「いや、明日からも俺が用意しよう」
「え?」
「どうせ毎日作るんだ。一人も二人も変わらない」
「そうですか?」
たしかに、外で買うといっても、王都に来て日が浅い私は勝手がよくわからない。
それより、サディアスが作ってくれた料理を食べたほうが安全性が保証されている。
「それじゃあ、お願いします」
「ああ」
これで、イアンとの昼食タイムはなくなってしまったことになる。
(勿体無い気がするけど……)
背に腹は代えられない。
いや、ものすごく勿体無い気はするんだけど……。
「そうだ、君の好き嫌いを聞いておこう」
内心落ち込む私とは裏腹に、そう問いかけるサディアスの声が僅かに弾んでいるような気がした。