前世の記憶
読んでいただき、ありがとうございます。
※この作品にはストーカーが出てきます。なるべくコミカルな表現にしておりますが、苦手な方はお気をつけ下さい。
王城の東側に位置する王室騎士団の訓練場。
その場所から金髪の青年が歩いて来る姿を窓越しに見つけ、私は兵舎と訓練場を結ぶ渡り廊下へと走った。
「チェスター様!」
私は息を整え、まるで偶然出会ったかのような素振りで、第三騎士団の団長であるチェスターに声をかける。
「やあ!ミア嬢」
返事をしてくれたのは、背が高く騎士らしい筋肉質な体躯に、柔らかな金の髪と翠の瞳を持つ美青年だ。
「これから休憩ですか?」
私の問いかけに、チェスターは少し眉を下げて照れくさそうな表情になる。
「実は訓練中に少し痛めてしまってね。今から医務室へ向かう所だったんだ」
そう言いながら、怪我をしたらしい右手首を掲げてみせた。
「大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ないよ。たいした怪我じゃない。それよりも……格好悪いところを見られてしまったな」
「ふふっ。他の皆には内緒にしておきますね」
「これは口止め料が必要かな?」
私の冗談にチェスターもいたずらっぽい口調で返す。
(……いい雰囲気なんじゃない?)
表情には一切出さずに、私は心の中でそう呟く。
(これは、もしかして……いける?)
このまま冗談混じりに食事でもおねだりすれば、二人きりのデートが叶うかもしれない。
私はこのチャンスを逃すまいと、ぐっと気合いを入れる。
「じゃあ、今度食事でも……」
「ミア!」
しかし、誘いの言葉に被せるように、私の名を呼ぶ低い声が真後ろから響いた。
(まさか……?)
私はギギギッと首から音がしそうな動きで、恐る恐る後ろを振り返る
そこには、チェスターと変わらぬ背丈のすらりとした体躯に、長く艶やかな黒髪、透き通るような白い肌に紫の瞳を持つ、色香漂う美貌の青年が呆れた表情で立っていた。
「一人でうろついてはいけないと、あれほど言っただろう?」
「…………」
そんな美貌の青年サディアスは、そう言いながらも早足で私のもとに近づいて来る。
しかし、私は驚きのほうが勝ってしまい、咄嗟に言葉が出てこない。
(どうして!?たしかに撒いたはずなのに……?)
サディアスは私の頭に優しくぽんぽんと触れたあと、今度はチェスターに視線を向けた。
「チェスター団長、その手はどうされましたか?」
「あ、ああ、サディアス殿。訓練中に少し痛めてしまって……」
チェスターは突然現れたサディアスに呆気にとられつつも、そう言葉を返す。
すると、サディアスはすたすたとチェスターに近寄り、彼の右手首に自身の左手をするりと這わせた。
チェスターはびくりとその身体を震わせる。
「さ、サディアス殿……?」
「動かずにそのままで」
動揺するチェスターの耳元にサディアスは囁くように告げる。
そして、サディアスが触れているチェスターの右手首がほのかな光に包まれ……やがてその輝きが消えた。
「これで治療は終わりました」
そう言いながら、サディアスは再びチェスターの右手首をするりと撫でてからそっと離した。
「あ、ありがとうございます」
チェスターの頬は赤く染まり、その翠の瞳はサディアスを見つめたまま惚けたような表情になる。
そんな二人のやり取りを見つめ、私は遠い目になってしまう。
(ああ……また好感度を奪われた)
攻略対象者に接触しようとするたびに、この美貌の魔術師団長が現れては邪魔をするのだ。
私はなんとしても、攻略対象者とハッピーエンドを迎えたいだけなのに……。
なぜ、こんなことになってしまったのか……。
ことの始まりは、前世の記憶を取り戻した五年前に遡る。
◇◇◇◇◇◇
辺りに夕暮れの気配を感じながら、一人ゆるやかな坂道を下っていく。
すると、そんな私をじっと観察するような、嫌な視線が纏わりついた。
(まただ……)
それに気付いたのは先週のこと……。それから毎日、このような視線を下校時に感じるようになったのだ。
私の名前はミア・シュミット。
商家の次女として生まれ、父の商才のおかげか、それなりに裕福に暮らしている。
今年で十三歳になり、中等学院へと進学したばかりだった。
私は街の中を急ぎ足に歩いていく。
やっと家へ辿り着くと、私宛ての手紙が届いたと母から手渡された。
それは、ミントグリーンのシンプルな封筒。しかし、差出人の名前は書かれていない。
私は深く考えずに封を開け、中から数枚の便箋を取り出す。
(えっ……!?)
便箋を開くと、びっしりと綴られた右上がりの文字が目に飛び込む。
そこには、私が下校途中に寄り道をした店や、その時の店員とのやり取り、些細な私の表情や仕草まで……それはもう驚くほど詳細に記されていた。
(どうして、こんなものが……?)
そう思いながらも、目が文字を追っていくのを止められない。
そして、何度か繰り返し読んだあと、書かれている内容が先週の出来事であることに気が付いた。
その瞬間、背筋に冷たいものが走り、便箋を持つ手が震える。
先週といえば、ちょうどあの嫌な視線を感じるようになった頃で……。
そこまで考えた時、頭の中をガツンと殴られたような衝撃が走り、思わずその場に座り込む。
「ううっ……」
そこで意識がプツリと途絶え、私は長い長い夢を見た。
様々な場面が浮かんでは消え、それとともに、一人の女性の感情が流れ込んでくる。
なぜか懐かしく感じるそれらは、いつしか私と一体化していった。
コンビニから出た私は、スマホの画面を見て溜息を吐き、左手の指先にくるくると自身の髪を巻き付ける。
そこには、宛先不明のアドレスから届いた大量のメール。
苛立ちながら唇を少し噛み締めたあと、ビニール傘を差すと、そのまま駅へと続く歩道橋の階段を上る。
すると、階段を上りきった私の前に、同じように傘を差す誰かが立ち塞がった。
(え?邪魔なんだけど……)
そう思った瞬間、真正面に立つその人物の口元が笑みの形を作る。
そして、恍惚の表情を浮かべながら、私に向けて手を伸ばした。
反射的に身体を反らした私は、そのままバランスを崩し後ろへよろめいて……。
──それが、最後の記憶となってしまう。