首だけデュラハンは何処にも行けない
1
私がまだ魔王の騎士として戦っていた頃のことです。
急速な成長と劇的な戦果を上げる勇者に対し、不利を悟った魔王は私を最後の兵として差し向けることにしました。
今ではこのような姿ではありますが、当時の私は胴体と、魔王から賜った愛馬に魔剣を携えた軍で最強の騎兵だったのです。
私は勇者との一騎討ちを申し込みました。
本来私は、将として戦うことが、魔王軍での役割だったのです。一騎討ちは騎士として誉なれど、数で押せぬ戦いは不利でありました。
一方で勇者も人間として最強ながらも、個人としではなく人々の後押しで限界以上の実力を出すお方でした。
それゆえ、双方これ以上無益な血を流さぬために、これを魔族と人間の最終決戦とすることにしたのです。
私が勝てば勇者という希望を失った人間たちの士気が落ちます。しかしそれでもなお人間が魔王に屈せず戦い続けるのであれば、魔王は人間の尊厳を認めて自治領をいくつか与えると約束致しました。
勇者が私に勝てば、魔王軍最強の騎兵にして将でもある私を失うことになり、魔王軍の戦力は激減します。そのため魔王は私が敗北した時点で魔王軍全体の敗北を認め、和平し魔族と人間、共存共栄の道を歩もうと。
結果は皆さん御存知の通りです。
勇者は徒歩でありながら私と互角の戦いを繰り広げ、遂には聖剣の力を解放し私の胴体と愛馬を諸共に消し飛ばしました。
首だけになった私は魔王軍の敗北を認め、そして、今、このような平和な時代が訪れたのです。
2
「はぁーっ、ったる。ってられっか、ンな茶番!」
民衆どもに昔話を騙る仕事を終え、金装飾の施された豪奢な盆に乗せられた私は、教会の安置室にまで運び係が到着した途端に、意識して保っていた澄まし顔を崩し口汚く罵った。
運搬係である修道女の娘は、私のそんな態度にはもう慣れたのか私の首が乗った盆を乱雑な手つきでテーブルに放り出した。首だけの私の視界が傾ぎ、酒棚と化粧棚が横倒しになり、ぐるぐると回って天井の染みで薄汚れた木板が目についた。
そんな私を、運搬係である修道女は嘲りの眼で見下ろし、口端を弄いに吊り上げた。
「はい。わたくしもデュラハン殿の世話係はもうやっていられません。司祭様への懇願が通り、本日付けで以て、わたくしは貴女の世話係から解任されました」
「お前、私をこんな風に扱ったこと、引継ぎ役に報告っておくからな」
「うっせぇこの生首女!」
私の髪を引っ掴み、床に叩きつけたかと思うと修道女の娘は球でも蹴るかのように足を振り抜き私の顔面に爪先を刺し込んだ。
首だけの私は軽々と吹っ飛び、壁にぶち当たってごろごろと転がり、やはり髪の毛を掴まれて世話係だった娘の嗜虐的な笑みだけが見える位置に持ち上げられる。
「首だけのアンタが何できるってんのよ? チクったって何も意味なんかないわ。素のアンタの言動なんか、世話係が代々伝えているんだから。次の娘は要領いいって評判だからね。むしろアンタが媚びへつらうこと覚えておかないと、もっと酷い目に遭わされるわよ?」
「売女め。私の世話すんのがよっぽど嫌だったんだな。聖水臭いんだよ早く出て行け」
「化け物が!」
テーブルに置かれた首盆に私を力任せに置き、肩をいからせて修道女の娘は部屋から出て行った。
窓のない、教会の地下に造られたこの安置室では、彼女が持っていたランプが無ければ暗闇に閉ざされる。だが卑しくも、真実魔王の右腕にして近衛騎士だった私はやはり闇の世界の住人だ。光源など関係なく見えるものは見える。
静かで暗い。
先ほど受けた暴行の痛みなどすぐに引き、傷も塞がっていくのを自覚する。
酒を飲みたい気分だが、首だけの私は確かに何もできない。ただひたすらに、この何も変わらない闇の中で身動き一つ取れずに在ることだけが、私だった。
あちこちの教会をたらい回しにされながら、行く先々で勇者の活躍と魔王の敗北を愚民どもに騙るこの仕事に就いて何十年くらい経っただろう。
ただ日に日に村や街は豊かで穏やかになり、私がまだ存在しているということは魔力経路が繋がっている魔王は健在であり、騙った通り平和のために尽力しているはずだ。
恩義ある魔王の願いだから、首だけになっても私は騙ることを止めない。止めるつもりはない。
しかし、これが魔王の目指した平和だというのなら、出来ることであるのならもう一度面と向かって問い質したい。
――あなたは本当に、これで良かったのかと。
3
ドアが開き、ランプの灯りが隙間から覗いた。
入ってきたのは、まだ十二歳前後と思しき娘だ。修道女の衣装に身を包み、頭巾から漏れ出た髪は金糸のようにランプの灯りを照らし返している。
好奇心旺盛そうな大きな碧い瞳できょろきょろと周りを伺い、やっと元から真正面に私が在ることに気づいたのか花が咲くように無邪気な笑顔を綻ばせた。
「デュラハン様、お目にかかれて光栄です。本日より貴女の世話係を仰せつかった者です。以後お見知りおきを」
少し駆け足気味でテーブルに近づき、ランプを置くと手を胸の前で組み祈りの姿で私に対して恭しく新しい世話係の娘は頭を下げた。
私は少し違和感を覚えて、娘に問いかける。
「名前は? 見知れというのであれば、名乗るのが礼儀だろう」
「仰る通りでございますが、所詮わたくしなどデュラハン様にとっては今まで数々巡ってきた世話係の一人にしかすぎません。ただの『新しい世話係』でよろしいのではないのでしょうか」
「いちいち覚えるのも面倒だからその通りだが。まぁいい。さっそく命令だ。そこの酒棚から適当に酒を取れ。私に呑ませろ」
馬鹿馬鹿しい生活が続いて酔いでもしないとやってられない。
だが娘は双眸を悲し気に緩ませ、大仰に首を振った。
「いえ、まずはデュラハン様の、その乱れた髪を整えさせていただきます」
「おい、お前な。お前は私の世話係で、私はお前に命令権を持っている。私が酒を持って来いと言ったのなら、それに従うのがお前の役目だ。その年になればこの程度のことくらいわかるだろうが」
「はい。いいえ、酒精はデュラハン様の御心を癒すことはできないかと、愚考致します。よって、勝手ながらわたくしはわたくしの考える最善の隷属をデュラハン様に行います」
そう言って、本当に娘は私の首を壊れ物でも扱うかのような慎重な手つきで持ち上げると化粧台の傍まで持って行き、ランプを傍に置き直した。
髪を結い留めていたネットは先ほどの暴行で外れてしまい、まばらに散った私の長髪にゆっくりと娘は櫛を通し始める。
「お前、勝手も大概にしろ。私が首だけしかないから無害とでも思ったか?」
「邪視の力をデュラハン様はお持ちでしたね。しかし目を合わせることさえしなければ危険は無いと聞かされたので」
確かに引継ぎにあたって必要なことは伝えていたのは間違いないらしい。
鏡を見ることで視線を合わせることすらできないよう、あるいは本当にそれしか目に入っていないのか、私の髪にのみ娘は注視して真剣な眼差しで梳かし続けている。
元々馬鹿馬鹿しいと思っていたが、それも突き抜けるとどうでも良くなってきた。
「世話係と言っても、幼いからな。人形遊びもしたくあろうな。生憎私に胴体など無いが」
「うふふ。確かにデュラハン様の御尊顔は人形のように美しくあられます。髪も乱雑に扱われていますが、実に滑らかな手触りで不躾ながら、大変心地良い気分を堪能させていただいております。……前任の世話係の暴行と、解任のために教会の男性衆へと取り入った行い、わたくしは把握しています。彼女は相応の報いを近日受けることになりましょう」
髪を梳く手を止めて、そう私の耳元で囁いた娘の顔はまだ十代になったばかりの小娘とは思えぬ妖艶さと暗く湿った笑い声に満ちていた。
「デュラハン様への不当な扱いを、わたくしは微力ながら改善したいと望んでおります」
「……前任の娘はお前を『要領がいい』と評していたが、違うな。お前、いや貴様は狡猾だ。教会の上層部ではなく、私に取り入って、何を企んでいる?」
そう尋ねると、鏡の中の娘は年相応の泣き出しそうな表情に、顔を歪ませた。
……これは狡いだろう。もし意識してやっているならこの年齢にして既に悪女だ。
「……そうですね。教会は既に腐敗しきっております。いえ、この国、あるいは世界も。わたくしはデュラハン様の仰るように、まだ幼いので総てを知るわけではありませんが」
「末恐ろしい奴だな。前任から引継ぎで教えられたのなら、これくらいは知っているか。私が各地で騙る魔王と勇者の和平談が虚偽であるということを」
「もちろんです。真実は、一騎討ちを申し込んだデュラハン様に対し、仲間との連携で首と胴体の魔力経路の一部を勇者は切断し、胴体を封印し、魔剣を手に入れ、貴女の身柄を材料として魔王に対して人類側に有利な和平交渉を持ち込んだ。違いがあればご指摘いただきたく存じます」
「貴様」
間違っているから、私は動揺したのではない。
私が世話係に愚痴ってきたのはあくまで勇者が一対一の決闘を反故にしたことだ。それ以降の、胴体の封印、魔剣を人間側が未だ所持していること、そして魔王が私を部下以上の存在として、親友として想ってくれていたからこそ今のような有様になっていることまで、誰にも漏らしたことはない。
あの決闘以降、首だけになった私が手に入れられる情報はとても限られるものになってしまった。誰がどのような経由で真実をこの娘が知るまでに至らせたのかなど、知る由も無い。
「……魔王は、今、どうなされている?」
この数十年、街に出るたび断片的な噂でしか耳にできなかった情報を、私は娘に尋ねていた。
出会ってから間もなくして、私は既にこの新しい世話係の娘に篭絡されていた。それを自覚していても、聞きたかった。
私のもっとも大切な主が、親友が、どのような想いで争いの無い戦いをしているのかを。
「魔物の管理を」
「……そうか。貴様の言葉に偽りが無いのであれば、人間は、確かに腐るだろうな」
魔王の目指す理想は、知恵ある魔族には法と義務と権利を与え、知恵なき魔物は保護と監視を与えることだった。
そうして人間たちには恐怖され続け、人間同士の無益な争いを事前に止めるべく暗躍することが共存共栄の道だと夢見ていた。
だが娘の言う管理とは、魔王が求めていた保護を前提とした管理ではないのだろう。
私が首無し騎士として魔剣を振るう前から、生前の人間の頃から力の弱い魔物は人間に狩られるものだったし、そうすることで武功の誉とするのが軍閥貴族の誇りであり嗜みでもあった。
なんとなれば私の剣術も元は魔物を斬ることを目的に教えられたものなのだっただから。
「人間は脅威が無ければ同族同士で脅威を見出す生き物だ。……だがいずれにせよ、どのような形にせよ、勇者が勝ったのならばこれが天の采配であり、運命だったのだろうな」
「わたくしはそう思いません。いえ、そうあったとしても、デュラハン様の敗北からこの五十余年は、百年二百年先を見越せば魔族にとって雌伏の時であったと、そのための布石であったのかもしれないと、わたくしはそう考えております」
「幼い割には聡いが、幼い故に理想しか見えておらぬな。魔王ほどの求心力と実際的魔力を兼ね備えた者がいなかったから、あの方は魔王になったのだ。だがこのようなことが五十年以上続いていたというのなら、最早あの方を信頼する魔族などほとんどおるまい。私が負けた時が、人間の勝利だったのだ」
「だが勇者はもうお亡くなりになり、勇者の仲間も今や老齢か死した者たちだけであります」
「勇者という者は前触れ無く勇者に成るから勇者なのだ。今いないからとて次現れぬとは限らない」
「次こそは勝つとお思いにならないのですか?」
そう言って、世話係の娘は私の髪をネットに包み結い上げた。
三面鏡の前で私の首が乗った盆を少し回して仕上がりを見せる鏡に映った娘は、酷薄な笑みを浮かべていた。
「何が狙いだ?」
「わたくし、やんごとなきお方の私生児なのです。生き延びるためにはこうして教会に預けられるしか道はありませんでした。故に信仰も友人も未来も無く、何かあった時の予備の予備でしかありません。
然らば、デュラハン様の手足にわたくしはなりたい」
「人類勝利の証、魔王に対する人質、邪視で以て兵器となり、貴人の死を予兆できる私を使い、現状打破する気か。その野心と素直さは気に入った。だが人間を舐めるな。貴様は間違いなく惨めな末路を辿るだろう」
かつて魔王軍にいた頃の私は全力で以て戦い続けたが、それでも人間には勝てなかった。剣も愛馬も失った、首だけの私にできることなど何もなく、何処にも行けない。
そう諦観した私の首を、世話係の娘は持ち上げた。
視線を合わせられる。私の邪視をまともに受ければ心臓が停まる。
それを恐れていないのか、あるいはそれすらも受け入れるつもりなのか、世話係の娘の頬は紅潮し口元は綻び目元は緩んでいた。
「わたくしが貴女を使うのではありません。わたくしが貴女の手足となるのです」
そう口にする娘の舌に、私は見つけてはいけないものを見てしまった。
幼い娘の顔が近づき、唇と唇が触れ合い、蛭のように娘の舌が私の口内を蹂躙した。
4
私の首が胴体とまだくっついてた頃――つまり生前で、人間だった頃の私は今はもう亡き国の第五王女だった。
そんな私が政治に携わろうはずもなく、いずれ来たる政略結婚に備えた教育の憂さを護身のための剣術で払い、木剣を振るい馬に乗ることでごまかす毎日だった。
だが王位後継者同士で殺し合いと騙し合いが続いた結果、傀儡王としての私に価値が出てきてしまった。
十九を迎えた私は女王の座に座り、戴冠した。
七日だけ。
私の前に玉座に座った者たちと同じように、私もまた次の為政者に引きずり降ろされた。
そうして処刑を待つ牢獄中の日々の間に、後に魔王と呼ばれる魔族が私と密会を繰り返して来たのだった。
今まで私が出会ってきた王侯貴族たちの誰よりも気高く、支配者としての器を持つ方だと焦がれてしまった。
この方のために、この方の理想のための手足となりたいと願った。
そして私は獄中で魔王と魔力経路を繋ぐ儀を経てから首を落とされた。
魔王の側近にして右腕たる首無し騎士はこうして世に解き放たれた。
5
新たな世話係の娘は、文献を漁ったのかあるいは魔王に聞いたのか、私の生前を知っていた。
今までのどの世話係よりもよく私に気を配り、敬意を払い、そして全く命令を聞かない娘だった。
勝手に自分の境遇と私の生前を重ね合わせて崇められても迷惑なだけだ。
面と向かってそう言っても、聞く耳を持たなかった。そもそも無理矢理接吻された時に見た、舌の魔力刻印があった時点で、世話係の娘に後も未来も何も無かった。自分から放り捨てていたのだ。
だから、彼女は今、断頭台の上で跪かされている。
「これより魔族と交わった背教者の処刑を執り行う!」
修道女の服を脱がされ、一応は王室の娘ということからか白いドレスを着させられた娘は目隠しをされていた。
何より印象的なのは無理矢理口をこじ開ける革製の開口具を装着されていることであり、舌をだらんと見せつけるようにされていた。
私もまた目隠しをされているが、邪視が使えなくなるだけで何が起こっているのかは透視できる。私は次の世話係となった修道女が持つ首盆に置かれたまま、事態を見せつけられていた。
「高貴な血筋を半分引いていようと、所詮下賤の血には抗えませんでしたか。修道女でありながら魔族と交わるなど、なんとおぞましい行為を」
「見えもせぬくせによく言う」
首盆を持つ女の嘲りの言葉に、私も同じだけの悪意を以て返してやった。
魔力刻印など、誰でも見えるものではない。大きな魔力経路と繋がった時の励起反応光でもない限り、元より魔力の高い魔族かごく一部の人間にしか見えない。
だから、十二歳前後の幼気な娘の公開処刑をわざわざ見に来た連中に、刻印のある舌を見せつけたところでなんの意味もない。
ただただ、その無様な姿を見せたいだけなのだ。
「愚か者め」
思わず口をついた言葉は、誰に向けたものなのか、私自身わからなかった。
燃え上がるような魔力励起反応が目隠しされた視界の中で見える。
首斬り執行人が手に持つ大剣の鞘が放たれ、刀身が晒されたのだ。
懐かしき、魔王より賜った魔剣にしてかつての我が愛剣。
アイツは人間の血に飢えている。道具なだけあって、それを振るうのが誰であろうと構わず、ただ人間を斬れたらそれで良いのだ。
だからこうして定期的に処刑や戦で使われるらしい。聖剣より便利な道具かもしれない。
互いに目隠しをした私と世話係の娘は、それでも目が合った。
固定された口を無理に動かして、娘は笑ったような気がする。
何が嬉しいのかはもう聞いていた。
――デュラハン様の手足となれることがわたくしの生まれた意義なのです。
本当に、年頃の娘のような朗らかで爛漫とした笑みを浮かべていた。
執行人は聖句を唱え、断頭台に固定された娘の首元に狙いをつけて魔剣を振り上げた。
後ろ手に手首を拘束され、身体を固定された娘は何もできない。
だが表情を見れば、今まで私を見つめる眼差しと同じ祈りの姿勢を取ろうとしていたことだけはわかった。
そのある種恍惚感に満ちた表情のまま、娘の首は斬られて、刎ね飛ばされた。
断頭台を転がり、ぼたぼたと血が断面から流れるままに執行人が彼女の金糸のような髪を乱暴に掴んで民衆に見せつける。
「見よ! これが背教者の末路だ!」
そうだな。
私もはるか昔、同じように首を斬られた。
あの時も民衆たちに首を見せつけられたものだ。
何が嬉しいのかわからないが、民衆たちは興奮して狂乱の声を上げている。あの時と何も変わらない。
そう、私の首に大きく新たな魔力経路が繋がったこともまた、あの時と同じだった。
嗚呼、力が、込められる。
指先、手首、肘、肩、足首、膝、股、腰、背中、脈打つ臓器。
懐かしき血潮の通った肉体の感覚。
私は真っ赤に血で染まった白いドレス姿で、立ち上がった。
民衆どもの声が潮を引くように静まり返っていく。
私は腕を振り、首斬り執行人の手から魔剣を奪い取った。
手に吸い付くような感触に、私は高揚と嫌悪感を同時に覚えた。
「な……どういう、こと――」
執行人を、無造作な片手薙ぎで斬り払う。
それだけで屈強に鍛えた彼の胴体は吹き飛び、内臓を撒き散らかしながら断頭台から吹っ飛んでいった。
へたりこんでいた教会の司祭だか司教だかは手を組み目を瞑り、神に祈っていた。
私はその頭に魔剣を叩き込み、断頭台ごと肉体を粉々に破壊する。
地上へ降り立った私の胴体に向かって、魔力経路が繋がった私の首は浮遊し、魔剣を持たない左腕の小脇に抱えられる位置へと飛んだ。
――この小娘には、最期までこのように私の首を扱われることは無かったな。
なぜ、どうして、死んだ娘が蘇っている、魔族との交わりのせいか。
そんなざわめきが民衆たちの間から聞こえる。
私はずいぶんと小さく幼いこの新しい身体で歩き、魔剣を地面に突き刺して、この身体の本来の持ち主である世話係の娘の首を持ち上げた。
目隠し布は外れかけていたので解いてやり、開口具を引きちぎってその貌を私は見つめる。
「貴様ほど勝手な世話係は、今まで誰もいなかったよ」
最期の最期まで、本当に幸せそうに笑っていた。
その開いた瞼を閉ざしてやり、私は私自身の首を宙に浮かせ、世話係の娘の首をかわりに小脇に抱えて魔剣を再び手に取る。
民衆どもに、剣の切っ先を突きつけた。
「魔族と交わりを持つとはこういうことだ。耳ある者は聴け。目ある者は見よ。我こそは魔王の側近にして右腕、旧魔王軍最強の騎兵、首無し騎士ルイゼット! さあ今より我が魔剣の飢えをお前たちで満たさせてもらおうか。生き延びた者のみ、伝えるがいい!」
私は自身の口で、世話係と同じ魔力刻印が成された舌で、民衆どもに語りかけた。
「魔族と人間との戦いは、たった今、これより、再び始まった!」
一薙ぎで十数人以上の人間だったものが赤い塵となって空に舞う。
「剣を取れ! 戦ってみせろ! 生き延びたくば!」
振り降ろした剣撃は空気と地面を両断してその衝撃だけで多くの命を消し飛ばした。
「自分の命を擲ってでも、愛する者、信じる者を救いたいというのであれば!」
右腕に携える魔剣が渇望に満たされる悦びに打ち震えているのが伝わる。
左腕に抱える世話係の娘が、同じだけの悦びを覚えているのだろうと思ってしまう。
公開処刑場にいる人間をあらかた斬り屠り、一人きりになった私は、もう二度と口を利けない世話係の美しい金糸のような髪を撫でて、語りかけた。
「なぁ、貴様は私の手足になりたいと言っていたな? でも違うだろう。この有り様を、腐った平穏より生死に満ちた争乱を望んだのは、貴様だろう? じゃあ、そのために貴様から受け継いだこの身体を使い魔剣を振るう私は、誰だ? ルイゼットか? ……貴様自身じゃないのか。なぁ」
身体が在っても無くても、剣があっても、力があっても、私は私の意志で動くことなどできない。
何処にも辿り着けやしない。
私は、幼い娘の首を抱えて、この数十年流したことのない涙を零し、血に赤く染まる空に向かって叫んだ。