楽しい定期市
どんなことでも、楽しみにしているときが一番いい。
楽しみは、あっという間に終わってしまう。そのあと、無性に寂しくなる。その感覚はあまり好きではない。とはいえ楽しみがあるからこそ、どんなことでもがんばれるのだけれど。
楽しみにしているマーレの街の定期市の日がやってきた。
本日は、「おふくろ亭」は休業日。いよいよマーレの街に出かける。
トッドじいさんは、いつも店の修繕を行ってくれたり馬車やその他もろもろを貸してくれる隣人である。この日も彼に馬車を借りた。
荷馬車をひくのは年老いた馬だけど、トッドじいさんは大切に扱っている。だから、毛並みがいいしとても元気である。もちろん、わたしたちも年老いた馬にムリはさせない。この日もマーレの街までゆっくり向かった。
馬車に乗り込む前、メリッサがお店の扉に張り紙をしていた。
(もともと休業日なのに、わざわざそれを張り紙で知らせるなんて彼女らしい)
とくに不思議とも思わず、違和感もなかった。だからそんなメリッサをそっと見守っていた。
マーレの街までの道中は、休憩をしたり景色を楽しんだ。順調に進み、ランチタイムにはまだまだはやいという時間帯に到着した。
「うわぁーっ! メリッサおばさん、母さん。いつもどおりすごい人でだね」
マイクも何度か来ている。彼は、来るたびにその規模や人の多さに感心している。
「ふたりとも、準備はいいかい? がんばって見てまわるよ」
メリッサの気合いのひと声で、わたしたち母子は気合いを入れ直す。
馬車は預けている。ひととおり見てまわり、買い物したものは購入店に預けておいて最後に回収してまわるつもりだ。
そのいつもと同じ要領でまわろうとしたとき、メリッサに呼び止められた。
「今回は、そんなに急いでまわらなくてもいいよ。ゆっくりまわろうじゃないか」
「メリッサ、出来るだけ多くの店を見てまわりたいのだけれど」
これだけの規模になると、どれだけ急いでも見てまわれる件数にかぎりがある。ゆっくりしていたら、半分どころか三分の一程度しかまわれないかもしれない。
「大丈夫さ。なにせ二日間あるんだから。じつは、「おふくろ亭」は明日は臨時休業にしたんだ。食材の調達の為ってことにしてね。今朝、出てくるときにその旨張り紙をしておいたのさ。だから時間はたっぷりある。せっかくなんだ。今回はお疲れ休みとマイクの誕生日を兼ねて、存分に楽しもうじゃないか」
メリッサは、そう言って快活に笑った。
彼女は、出がけに扉に張り紙をしていた。あれがそうだったのだ。
「母さん、よかったね」
メリッサのサプライズがうれしいのは、わたしだけではない。マイクもうれしそうである。
もっとも、わたしの方がマイクよりずっとよろこんでいるけれど。
そして、時間をかけさまざまな店をまわった。
ほんとうに楽しかった。昼間は「おふくろ亭」に関することだけでなく、私用に使う物や興味のある物を見てまわった。小腹がすいたら、屋台でなにか買って歩きながら食べた。
夜は、メリッサが手配してくれていた宿屋兼食堂に宿泊した。そこの食堂では、快適なねむりだけでなく、お腹いっぱい美味しいものをいただくことが出来た。
その宿屋は、ビーフシチューとパイ関係が有名らしい。
夕食には、マイクのすこしはやめの誕生日祝いをした。これもまた、メリッサが手配してくれていたらしい。誕生日を祝う為のケーキまで準備されていた。
マイクがよろこんだのはいうまでもない。
メインは、もちろんビーフシチューを食べた。それはもう美味しいなんてものではなかった。美味しすぎた。実家や「おふくろ亭」では作ったことはある。だけど、この宿屋のビーフシチューはひと味もふた味も違った。根本的ななにかが違うらしい。気がついたら、いち料理人として味わっていた。いずれにせよ、ビーフシチューは噂以上だった。もちろん、ビーフシチューだけではない。食後のラズベリーパイも最高だった。ほのずっぱさがお茶によく合った。こんなパイなら、お茶だけでなくどのような飲み物とでも相性がよさそうだと思った。
その夜は、いつも以上に大満足だった。
客室に引き取ると、しあわせな気分のままマイクの寝顔を見る間もなく眠ってしまった。




