なんだかんだで居場所が出来た
自分がどうしようもなく世間知らずだということを、このときになって初めて知った。
結果をいうと、目的地にたどりつけなかった。
サンダーソン公爵家の若き執事がせっかく教えてくれたのに、彼の実家に行けなかったのだ。それどころか、その街を見ることさえ叶わなかった。
街馬車に乗る際、悪い男にひっかかってしまった。
その悪い男は、わたしを格安だという馬車に乗せた。そして、わたしを本来の目的地である場所とはまったく方向違いの街へと連れて行ってしまった。
悪い男は、わたしをその街で売り飛ばそうとしたのだ。
そのとき、助けてくれたのがメリッサだった。
彼女は、わたしを悪い男から助けてくれたばかりか自身が経営する食堂に住み込みで雇ってくれた。
彼女には感謝してもしきれない。
いずれにせよ、ハプニングはあったものの食堂で働きたいと考えていたので、結果オーライだった。
メリッサは、衣食住はもとより精神面でもずいぶんと助けてくれた。
助けてくれただけではない。彼女は、自身の持つありとあらゆるスキルを惜しみなく譲り、与えてくれた。
彼女は、わたしにとって恩人であり師匠。
生涯、この恩は忘れることはない。ぜったいに忘れてはならない。
わたしだけではない。わが子にとっても恩人になるのだから。
このとてつもなく大きな恩は、いつか返さなくてはならない。すべてを返しきれなくても時間がかかったとして、出来るだけ返したい。
メリッサに恩を返すということは、つねにそう願っている。目標にしている。夢にまでみている。
彼女は、わたしに事情を尋ねることはなかった。どこのだれともわからない世間知らずのわたしを、ただ側に置いてくれた。日々の生活はもちろんのこと、食堂での調理や経営について惜しみなく伝授してくれた。
彼女は、日に日に大きくなっていくわたしのお腹についてもけっして詮索しなかった。
ある日、自分からある程度の事情を説明した。
そうせずにはいられなかったのだ。
ただ、お腹の子の父親の名は伏せておいた。
万が一にもサンダーソン公爵に迷惑がかかったり、メリッサに迷惑をかけることになってはいけないから。わたしには将来を見通す力はない。「レディの第六感」的なものでさえ、そうたいしたことはない。とくに虫の知らせとかなにかを予見して、というわけではない。
ただ漠然と父親のことは話さない方がいいと思った。秘密にしておいた方が無難だと判断した。
出産まではいろいろと大変だったし、息子を産んでからもその大変さに変わりはない。
しかし、充実しているし楽しい日々をすごしている。
息子やメリッサとの生活にしあわせを感じている。
サンダーソン公爵家での生活以上に。
もう二度と実家でのあの日々には戻りたくない。
ここがわたしの居場所なのだ。
いいえ。息子とわたしの居場所なのだ。
毎日、そのことをつくづく感じている。