じつは、アンディは……
「ろくでなしの夫らしいわ。あなた、田舎娘にしてはなかなかのものね」
ご令嬢は、すぐ目の前まで近づいてきた。香水と化粧のまじった強烈なにおいが漂ってき、鼻をつく。
これはもう「いい香り」とか「お上品だわ」などというレベルの臭いではない。
鼻がもげそうなほどの臭いに、無意識のうちに眉をひそめていた。
「ろくでなしはどこなの? 隠さないでだしてちょうだい。ふたりとも、ただではおかないから」
続く恫喝は、じゃっかんトーンダウンしていた。
「そのろくでなしというのは、もしかしてアンディのことでしょうか?」
逆に質問していた。というか、確認せずにはいられなかった。
彼女の表現するところの「ろくでなし」で思い当たるのは、アンディしかいないから。
「アンディ? ああ、そう。そうなのね。あのろくでなしは、あなたにはそのように名乗っているのね」
「彼ならここにいません。しばらく前に王都に戻るといってこの街を去りました。その後、戻ってきていません。彼がこの街を去ったのも、彼がわたしに手を出そうとしてそれを全力で拒否したからだと思います」
「なんですって?」
キラキラ光り輝く彼女も、こうして間近で見ると厚化粧していることがよくわかる。
「誤解をされたのなら謝罪します。アンディとは、ほんとうになにもないのです。いえ、ありませんでした。というか、正直なところ彼の存在は鬱陶しかったのです。ですから、彼が戻ってこなくてホッとしていたところです」
「なんですって?」
ご令嬢は、わたしの言うことが信じられないらしい。
何度も同じことを叫び返してきた。
彼女は、すぐ近くにいるメリッサを見た。わたしの言葉の真偽を確かめるかのように。
メリッサは心得ている。
彼女は、わたしの言うことが間違いないとばかりに何度も頷いた。
「カヤがだれかの夫を奪ったりするものか」
「そうだそうだっ! カヤはずっとひとりでがんばって息子を育てているんだ」
「カヤはあんたなんかよりずっと素晴らしいレディだ。ろくでなしになどひっかかるわけはない」
「そうよ。ちゃんと調べもしないで王都から怒鳴り込んできて、ご苦労なことね」
「ほんとうよ。勘違いもはなはだしいわ」
周囲から野次が飛んできた。
ご令嬢とは小声でやりとしていたけれど、これだけ静まり返っていたら小声も響いて筒抜けだったのに違いない。
何人かの声は、すぐに広まっていった。
そうすると、集まっている人みんなによる「帰れ」コールが始まった。
(みんな……)
アンディのことは、ここに集まっている人たち全員が知っている。ご令嬢がいうろくでなし、つまりわたしが彼女から奪った彼女の夫だという人物がアンディだと気がついているはず。
それなのに、みんなはわたしに非はないと言ってくれている。
(というか、みんなはアンディとわたしをあたたかく見守ってくれていると思い込んでいたわ。だけど、それはわたしの思いすごしだったのね。ということは、みんなは最初からアンディのことを胡散臭く思っていたのかしら? じゃあ、わたしだけがアンディのことをいいように思っていたわけね)
もしもいまの推測が当たっているとすれば、それはそれでわたしがただの間抜けだということになる。
(みんながわたしを信じて擁護してくれるのはうれしいけれど、微妙な感じね)
複雑な気持ちでいると、ご令嬢の厚化粧のキラキラ顔が真っ赤になった。
いくら傲慢かつ厚顔な伯爵令嬢でも、これだけの人たちから「帰れ」コールを浴びせられればいたたまれないだろう。




