アンディとふたりきりで……
ある日の夜、メリッサは隣人のトッドじいさんや他のお年寄りたちにご馳走する為、「おふくろ亭」の閉店後に隣家に行ってしまった。というわけでこの夜は、アンディとマイクと三人で食事をすることになった。
この日の昼間は、アンディがマイクを街の近くにある厩舎に連れて行ってくれた。アンディがマイクに乗馬を教えてくれるというからである。マイクがいなかったため、ランチタイムは大忙しだった。とはいえ、五歳のマイクにいま必要なのは、店の手伝いより遊んだり学んだりすること。マイクさえ楽しければそれでいい。
わたしの望み通り、マイクは乗馬を思う存分楽しんだ。「おふくろ亭」に戻って来たとき、彼は目に見えて疲れきっていた。
マイクは、よほど疲れていたらしい。夕食時、その途中で寝落ちしてしまいそうだった。
「部屋に行っていいですか?」
マイクは、食後のデザート前にそう許可を求めた。
彼は、いつもきっちりデザートも食べる。やはり、よほど疲れているのだ。
「マイク、もちろんよ。ちゃんと体を拭いて歯を磨いてから眠ってね」
「母さん、そこは大丈夫だよ。まだちゃんと出来る間に部屋に行くのだから」
マイクは、疲れきっているにもかかわらず最高の笑顔を浮かべた。
それがまたカッコ可愛すぎる。
(ダメね。やはりわたしって親バカよね)
そのマイクの尊すぎる笑顔に感動する親バカな自分に呆れてしまう。
「おやすみなさい、母さん」
「おやすみ、マイク。いい夢をね」
マイクを抱きしめ、そのスベスベの頬に口づけをした。
「おやすみなさい、アンディ。今日の乗馬、最高だったよ」
「おやすみ、マイク。きみは、最高の騎手だよ」
マイクはアンディにハグをし、それから「おふくろ亭」の店内から出て行った。
わたしたちは、いつものように「おふくろ亭」の店内で食事をしていたのだ。
「カヤ、きみも飲めよ」
アンディが葡萄酒の瓶を差し出し、そう勧めてきた。デザートは終ったけれど、アンディはまだ葡萄酒を飲み続けていた。
「おふくろ亭」は、葡萄酒をはじめとした酒の提供はしていない。ここは、あくまでも食事をしてもらうところである。お客たちには、食べることを楽しんでもらいたい。それがモットーだから。というのは建前。ほんとうは、酒の提供をするには物理的にも時間的にもムリだからである。。
お店用だけでなく、メリッサとわたしは飲酒はしない。その為、ここには葡萄酒だけでなく酒類は置いていない。
あっ、違った。料理用の葡萄酒や他の酒は、当然常備している。
というわけで、わたしはアンディの為だけに彼用の葡萄酒を購入しているというわけ。
彼が商売しようとしているワイナリーの葡萄酒を、である。
「アンディ。わたしは、前にも話した通り飲めないのです」
丁寧に拒否した。
もっとも、ほんとうは葡萄酒が「飲めない」のではなく、「ちゃんと飲んだことがない」のだけれど。
「だったら全部飲むよ」
彼は、自分のグラスに最後の一滴まで注いだ。とはいえ、グラスに半分もなかったけれど。
(なんだ。そんなに残っていなかったのね)
彼は、一応尋ねただけだった。
「ところで、マイクの父親はだれなんだ? きみを孕ませて未婚の母にしたのは、どこのどいつなんだ?」
アンディは、葡萄酒を飲み干すなりそう尋ねてきた。
それは、わたしにとってあまりにも突然すぎる質問だった。




