RTA走者、異世界転移する
RTAチャレンジ5徹目の男”プレイヤー名:ソクタツ”は、目を覚ますと古代の宮殿のような、荘厳な空間にいた。
コントローラーを持つ手の形のまま固まっているソクタツに、光とともに空から現れた女神が声をかける。
「あなたが異世界から召喚された勇者…お願いです。どうか魔王を倒してください」
「ここは…? 魔王…? 魔王を倒すことがクリア条件なんですか?」
ソクタツはありもしないコントローラーを握りながら、女神へと質問する。
「くりあ…? というのはよくわかりませんが、どんな方法でも構いません。どうか、どうか魔王を倒してください」
「Any%、か…」
「えにぃ…???」
ソクタツの言葉の意味がわからず、首をかしげる女神。
ソクタツは無表情のまま言葉を続ける。
「しかし初見ではさすがに厳しいですね…。タイマースタートはいつです? 練習期間は? セーブとロードにかかる時間は?」
「えっと…とにかく、あなたに力を与えます。もし死んでしまうことがあっても、私の加護でやり直すことができます」
「死に戻り…よし、なら問題ないです。始めてください」
「話が早すぎてこわい…」
女神は戸惑いながらも、勇者ソクタツを異世界に送る。
異世界に飛ばされるソクタツの背中を見送った女神は「大丈夫かしら…」と心配そうに眉をひそめた。
~なんやかんや死に戻りしまくった後~
「はい。ではここからタイマースタートです」
「ちょっと! アンタ聞いてんの!? 何よタイマーって!」
片田舎の一角。小さな木造一軒家の前で、ソクタツを指さしながら声を荒げる赤い髪の少女。
ソクタツはそちらに顔を向けることすらせず、速攻で木造一軒家の中に入っていく。
「彼女はヒロインなんですが、会話を始めるとタイムロスなのでさっさと家の中に入ります」
「ちょっと! 人の家に勝手に…きゃあ!? 何やってんのよぉ!」
少女の家のタンスを妙にスピーディな動きで物色するソクタツ。
物の数秒で目当てのものを手に入れ、天井に向かって突き上げる。
「はい。ここで”ソフィアの宝物”を手に入れます。こちら消費アイテムではなくパッシブ効果のあるアイテムで、主人公の被ダメージを減少する効果がありますので、必ず回収する必要があります」
「あっ、それ、アンタにあげるつもりだったペンダント…」
自身の想定よりだいぶ早く見つけられてしまったソフィアは、恥ずかしそうにモジモジと指先を合わせる。
「か、勘違いしないでよね! アンタにあげるっていっても、貸すだけだし。旅に出るって言うから―――」
「…が、こちらすぐに破壊します」
ソフィアのセリフを最後まで聞かず、地面にペンダントを叩きつけるソクタツ。
ペンダントの中から、赤く輝く宝石が転がり出た。
「へっ…?」
「はい。これで重要アイテム”赤い石”を入手です」
「えっ…えっ…?」
目の前で破壊されたペンダントを見つめて呆然とするソフィア。
その瞳に涙が溜まるより早く、ソクタツは言葉を続ける。
「正直ここから先、これ以外のアイテムは必要ありません」
「っ!? そ、それ以外いらないって…そんな褒められても嬉しくないんだからね!」
顔を赤くしながらそっぽを向くソフィアをスルーして、家の外に飛び出すソクタツ。
「きゃあああああああ!?」
その時、絹を裂くような悲鳴が村中に響き渡る。
「ゴブリン!? なんでこんな辺境の村に…! 早く逃げて、ソクタツ! アンタ魔王を倒すんでしょ!」
震える内心を抑えながら声を荒げるソフィア。
しかしソクタツはそんなソフィアを無視して、村の端っこでしゃがみながら赤い石を振り回している。
「は…? アンタ、何やってんのよ…」
ついに気がふれてしまったのか。
うすら寒い予感を感じながら話しかけるソフィアだったが、ソクタツは石を振り回す手を止めない。
そんなソクタツに、ゴブリンの魔の手が迫る。
「!? ソクタツ! 危ない!」
しかしゴブリンの爪はソクタツをとらえることができない。ただすりぬけるだけだ。
「こちら、この一角に入るとアタリ判定が消えるというグリッチがありまして、さらにしゃがみ状態で赤い石を振り続けるとーーー」
【gugyaaaaaaa!?】
「ゴブリンが全滅します」
「なんでよ!?」
ソフィアのツッコミを聞くこともせず、村の外に全力ダッシュするソクタツ。
ソフィアは慌ててソクタツを追いかける。
「ゴブリン撃退後に村長からのお礼とか村のみんなから激励の手紙とかあるんですが、タイムロスなのでさっさと村を出ます」
「アンタ人の心とか無いの…?」
夜通し走り続けたソクタツ。やがて大きな城を携える城下町へと到着する。
「はい、ここで王様への謁見イベントです」
「はあっはあっ。アンタ、どういう、体力、してんのよ…」
滝のような汗を流しながらソクタツへと話しかけるソフィア。
しかしソクタツはソフィアを無視して謁見の間へと一直線に走り出す。
「おお。そなたが勇者ソクタツか。こたびはーーー」
「はっ。王様!? ひ、ひざまずかなきゃ…」
目の前に現れた王様に委縮してひざまずくソフィア。
一方ソクタツは、王様の玉座に飛び乗って屈伸運動を始めた。
「うおおおおおい!? 何やってんのよアンタぁ!」
「こた、びわ、まお、よろ」
「はい。このように屈伸運動バグを利用することで、長い王様の話をスキップできます。学校の朝礼とかで使いたかったですね(笑)」
「何笑ってんのよアンタ! 頭おかしいんじゃないの!?」
「この王様、ことあるごとに話かけてきてタイムロスするので、”魔王よりも魔王””こいつが元凶”などと呼ばれています。私に」「無礼すぎる…!」
あまりの無礼さに震えるソフィアだったが、やがて王様からの会話を終えたソクタツが、いつものように走り出したので、慌てて追いかける。
「あの王様、話すだけ話して餞別もくれないので、本当に無駄です。一国を統べる器にないですね(笑)」
「アンタ本当死刑になるわよ…」
そうして城下町まで駆け抜けたソクタツは、噴水広場で足を止める。
ようやく停止したことに安堵したソフィアは、今度こそという気持ちで声をかけた。
「ちょっとアンタ。一体何…おおおおおおお!?」
驚くソフィアの視線の先で、ソクタツは噴水の横に立つ老人の頭のすぐ横で赤い石を振り回している。
風切り音が普通ではない。明らかに全力で石を振り回している。
「ちょ、な、なにやってんの!? おじいちゃん危ない! にげてー!!!」
「はい。こちらで再び赤い石の登場です。噴水横のNPCのすぐそばでこれを振り続けると…」
「えっ!?」
突然周りの景色が切り替わり、禍々しい装飾の巨大な扉が二人の前に出現した。
「一瞬で魔王城の扉。最終ステージ前にワープできます」
「えっ!? えっ!? ここ魔王城!? ワープって…えっ!?」
戸惑うソフィアをよそに、さっさと禍々しい扉を開けるソクタツ。
巨大なマントに身を包んだ魔王が、目の前に現れる。
【貴様が勇者か…まさか四天王が倒されるとはな…】
「倒してないんですけどね(笑)。はい、ここの話も長いので…」
「ま、まさか…」
嫌な予感がしたソフィアが口を開くが、即座にソクタツは魔王の顔面の横、肩の上に陣取った。
【きさ、たお、まお】
「はい。こちらも屈伸運動バグを利用してスキップしていきます」
「いやああああああ!」
【にん、ども、みな】
「それにしても話が長いんですよね。この世界を治める者の条件に”話が長いこと”とかありそうです」
「もうやめなさいよ! アンタのその無表情屈伸、腹立つのよ!」
【許さんぞ。勇者ああああああ!】
「はい。話も終わって魔王戦です」
「もういや…」
想定外の事態の連続でちょっと泣いてしまったソフィア。
しかしそんなソフィアを尻目に、魔王がその巨大な手をソクタツへと振り下ろす。
「!? 危ない!」
「はい。こちらの攻撃はアタリ判定が小さいので、一生懸命避けなくても大丈夫です」
「あ、当たってない…!?」
ソクタツは数センチ単位で体の位置をずらして、魔王の攻撃をかわす。
やがて魔王は両手を広げ、その手の中に巨大な炎の弾を召喚した。
「!? あつ、い。凄い温度…! ソクタツ! 逃げて!」
【無駄だぁ! くらえ!】
魔王が両手に召喚した炎の弾をソクタツへと発射する。
しかしソクタツは表情一つ変えずに、赤い石を振った。
「はい、こちらも赤い石を虚空に向かって振ることで無効化します。で、この技を放った後の魔王は隙まみれなので…」
【ギャアアアアア!?】
「何故か弱点よりダメージ量が多い魔王の右ひざに、赤い石を打ち付けてダメージを稼ぎます。前回は連打が足りずに死んでしまったんですが、今回は大丈夫でしょう」
【ギィィィィィィィィ!?】
技を放って固まった状態の魔王の膝に、赤い石をうちつけ続けるソクタツ。
振っている手が見えないほどの連打である。
「効いてる!? ていうか動きはやっ! きもちわる!」
【ば、馬鹿な! そんな、そんな馬鹿なああああああ!】
「アタシもそう思うわ」
ライフがゼロになって消えていく魔王に同意するソフィア。
やがて魔王が倒れ、勇者ソクタツとソフィアは女神の前に立っていた。
「め、女神様!? 神様に会っちゃった…」
目の前の女神に驚くソフィアにニッコリと微笑むと、女神は口を開いた。
「お二人とも、よくぞ魔王を倒してくれました。本当にありがとう」
「まだです」
「「は…?」」
ソクタツの言葉に驚き、同時にその顔を見る女神とソフィア。
ソクタツはいつもの無表情のまま、口を開いた。
「まだ削れる要素があります。再チャレンジを希望します」
「「ダメに決まってんだろ」」
end
RTAを見て楽しかったので1時間で書きました