王子の弁当
「おい!起きろよクソビッチ!」
怒鳴り声に目を覚ますとこの前真柴と話していた翠という女子生徒とその後ろにボブにアシンメトリーの前髪をした女子生徒とツインテールをした大人しそうな女子生徒が立っている。
三人は凄い形相で私を睨んでいる。
周りを見渡すと教室には私しかいない。
こんな時に皆んなどこ行ってるのよ!
それにしてもこの状況、ちょっとヤバいかも……。
「お前最近星太の周りうろついてるらしいなぁ!?」
「星太はお前みたいなブスが関われる人じゃねーんだよ!」
確かに可愛くは無いかもしれないけどケバすぎて真っ黒お目目のこの人には言われたくないんだけど。
ていうかブスだから真柴と関われないって真柴は何者なのよ。
「次私達の王子に近づいたら許さないからな!」
「王子って……。」
「あぁ!?」
あ、ヤバッ。声に出てた。
「二度と王子に近づくなよ!?近づいたら二度と出歩けない顔にしてやるからな!」
そう吐き捨て三人は教室を出る。
私が近づいてるんじゃないんだけどなぁ。誰よりも離れたいと思ってるのは私だし。
それにして真柴が王子様って……。良くて犬でしょ。名前的に柴犬かな?
そんな事を考えているとチャイムが鳴り生徒達が教室に戻ってくる。
「何であんなやつが星太くんの隣なのよ。」
「あいつ最近調子乗ってるよね。」
あー、どいつもこいつもくだらない。
図書室に行こーっと。ていうか別に無理に学校にいる必要ないじゃん。帰ろーっと。
足早に教室を出て靴に履き替え門に向かって歩いていると後ろから真柴の声が聞こえて来る。
「凛ちゃん!何帰ろうとしてるんだよ!!」
振り返ると鬼のような顔をした真柴が何かを振り回しながら走って来る。
わっ、ヤバッ!
咄嗟に走って校舎の裏の方へ逃げる。
「ちょ!おい!凛ちゃん!何で逃げるんだよ!」
「何で追いかけて来るのよ!」
「凛ちゃんが逃げるからだよ!」
「あんたが追いかけて来るからよ!」
ヤバいよ……、このままだと捕まっちゃうよ。
こんな事になるならもっと運動していれば良かった。今にも倒れそうだよ。
とりあえず角を曲がり近くにあった物陰に隠れ真柴が通り過ぎるのを待つ。
あー、もう一歩も動けない。
叫んでいた真柴の声も聞こえなくなりその場で息を整える。
流石にもう諦めたかな?
物陰から出て近くにあるグラウンドへ続く階段に座る。
「あぁ〜、疲れたぁ〜。」
腕を伸ばしそのまま後ろに倒れると何かに当たる。
「きゃっ!」
咄嗟に後ろを振り向くと真柴が立って私を見下ろしていた。
「ヤバッ!」
急いで逃げようとしたが後ろからがっしりと捕まえられ真柴の足の間にすっぽりとはまる。
二度もこいつに捕まえられるなんて……。
「離して。」
「凛ちゃん?どうして逃げたの?」
妙に落ち着いた真柴の声に体が固まる。
ヤバい……。これ完全に怒ってる……。
「あ、あー、そ、そろそろ戻ろうかなぁー?」
「凛ちゃん?」
咄嗟に目を瞑り手で耳を塞ぐ。
「何も見えない何も聞こえない。」
「はぁ……。」
真柴はため息を吐くと腕を外し何やらゴソゴソと動く。
恐る恐る目を開けると真柴は私の隣に座りお弁当箱を二つ手に持って、一つを私に差し出す。
「はい、これ凛ちゃんの分ね。」
「何これ。」
「何って、お弁当だよ。走ったからちょっと崩れてるかもしれないけどまあ味は変わらないと思うから!いっぱい食べて!」
「何でこんな……。」
「まあまあ!良いから!凛ちゃんが逃げるから早く食べないともう昼休み終わっちゃうよ!」
「あ、うん……。」
恐る恐る真柴に渡されたお弁当を食べる。
「……美味しい。」
「でしょでしょ?おれ料理には自信あるんだぁー!」
「これ真柴が作ったの?」
「うん!そうだよーん!あ!これあげる!凛ちゃんいっぱい食べてね!」
「何か、親みたい。」
「親か……。じゃあ今日からおれは凛ちゃんのお父さんだな!」
「何それ。」
「どうだ凛ちゃん、お父さんのご飯は美味しいか?」
「うざい。」
「うわぁ〜ん!娘が反抗期だぁ〜!お父さん悲しいぃ〜!」
「うるさい。でも美味しかった。ありがとう。」
食べ終わったお弁当箱を真柴に渡し帰ろうとしたが私の鞄が見当たらない。
「ハッハッハ〜!娘よ、探しているのはこの鞄かい?」
真柴が左手を腰に当て右手で私の鞄を掲げている。
「……返して。」
「じゃあ娘よ!午後の授業もがんばるぞぉ〜!」
真柴はそう言うと私の手を掴み教室へと連れて行く。
もう無理ぃぃぃ〜!
そんな心の叫びは誰にも届く事は無く、午後の授業が始まる。
「よ〜し、じゃあこれから六月に行われる体育祭の種目決めをするぞ〜!」
担任が気怠げにそう言うと教室が一気に騒がしくなる。
「凛ちゃん!凛ちゃん!凛ちゃんは何出る?」
体育祭なんて休むに決まってる。
あー、早く帰りたい……。
「ねぇねぇ!凛ちゃんまだ決めてないなら一緒にリレーに出ようよ!さっき凛ちゃんすっごく早かったし!凛ちゃんとおれなら絶対一位取れるよ!」
あれはあんたが凄く怖い顔で追いかけて来たから必死で逃げたからで……、あぁ、そのおかげできっと明日は筋肉痛だろうなぁ……。
「観山!おれと凛ちゃん二人でリレーなー!」
「はぁ!?ちょっと!真柴!」
「おぉ〜、そうかぁ〜!」
「やらないから!真柴が勝手に言ってるだけだから!」
「えー!何でよー!凛ちゃん一緒に出よーよー!」
「は?何アイツ。」
「調子乗りすぎじゃない?」
あぁー、視線が痛いなぁ……。
「とにかく、私はやらないから。」
「おい!観山!」
真柴が担任に何か合図を送る。
何してるんだろう……。
「若月ぃ〜、言っとくけど体育祭来ねぇ〜と退学だからなぁ〜。」
「は!?なっ……!」
横を見ると真柴は天井を見上げながら口笛を吹いている。
こいつの仕業だな!?
「お、おれは何も言ってないよ?それより良いの?凛ちゃん。退学しちゃうよー?」
良い訳無いじゃん。
「じゃ〜、リレーは星太と若月で決まりなぁ〜!はい、次〜。」
「チッ。」
「まあまあ凛ちゃん落ち着いて。」
あーもうこいつに出会ってから最悪な事ばっかり。あの担任も適当すぎだし。
あー、もう!今度こそ絶対に体育祭が終わったら休んでやる!!