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第3話 魔王の復活

 エルメラは剣を鞘から抜き放つ。

 そして、つかつかと魔王の封じられた水晶に近づく。


「エルメラ、どうしてそっちに……」


 ミレイナの質問に答えることなくエルメラは剣を振り上げる。


「おりゃああ!」


 勢いよく振り下ろされた剣は魔王を封じる水晶に巻きつけられた鎖に当たり、ガキンと鈍い音をたてる。


「ちょ、ちょっと、何やってるの!」


 ミレイナは急いでエルメラを止めようとするが、その間にエルメラは何度も何度も剣を振り下ろす。


「あんたのせいでみんな死んじゃったのよ。魔王! 五百年も眠りこけてないで、起きてよ! 起きなさいよ! 私が掃除してきた分くらい私たちを守ってよ」


 初めて剣を振ったにしてはよく鎖に命中してはいたが、剣が刃こぼれするばかりで、鎖はびくともしない。


「勝算ってこれのこと? 剣が得意って私をだましたの?」

「ええ、そうですよ。お嬢様。あんたをだましてまでやった、とっておきってのはこんなものよ。これで満足?!」


 エルメラは剣を振り続ける。


「魔王様の封印を解いたら、災いが」


 ついにおかしくなってしまったのかとミレイナはエルメラを羽交い絞めにしてとめる。


「知るかそんなもの。もう魔王を解き放って、暴れさせるしか方法はないでしょう」


 本当は、勝算などない。不良神官のエルメラに窮地を脱するような方法など思いつくわけもない。どうせ死ぬなら、運否天賦の大博打をするしかない。


「見つけたぜ。アスナールのお嬢様」


 ついに追っ手の兵士たちが、神殿内に入り込み、ミレイナとエルメラを取り囲む。


「こいつらが、みんなを!」


 ミレイナは泣きはらした赤い目でキッとにらみつける。ここにいる兵士たちはいずれも父アスナール伯に仕えてきたものたちだ。


「あんたの御父上よりも、先方の金払いが良かったってだけのことさ。もっともその首は掻き切って、退職金はたっぷりといただいたがな」


 裏切りの兵士たちは笑う。


「あなたたちがお父様を、お母さまもを、神官長様を、みんなを!」

「どのみち、あのお方に目をつけられたんじゃ、このアスナールも遅かれ早かれ、こうなってた。俺たちはより賢い選択をしただけのことさ」


 隊長らしき男が剣を抜き放つ。


「このっ、このっ、壊れろ、壊れろ!」


 エルメラは男たちには目もくれず一心不乱に、剣を封印の鎖に叩きつける。


「なんだ? 神官か? 頭が狂っちまったか?」


 兵士たちはゆっくりと包囲を狭め、二人に近づく。


「無理な話だろうが、恨んでくれるなよ!」


 隊長の男が、剣を振り下ろす。


「エルメラ、危ない!」


 ミレイナは大きく手を広げて、男の前に立ちふさがり、エルメラをかばう。

 裏切りの剣が、ミレイナを斬ったのと同時、


「起きろっつってんでしょうが!」


 エルメラの振り下ろした剣と鎖が火花を散らし、砕けとんだ。


「やった!」


 水晶が激しい閃光を放つ。


「な、なんだ」


 危険を感じた兵士たちは一歩下がる。


「ミレイナ。やったわよ。しっかりしなさい」


 エルメラは、倒れ伏して血を流すミレイナを抱き寄せる。


「馬鹿な。本当に封印が解かれたのか」


 水晶の輝きが頂点に達した時、すさまじい衝撃音とともに、水晶が砕け散る。


「ぐわああああ」


 大小に分かれて砕け散った水晶の破片が、兵士たちを直撃する。一部の兵士たちは魔王の封印が解かれたとおびえる。

 だが、隊長の男の怯えはすぐに消え去った。


「ふははは、おい、見ろ。あれが魔王だぞ」


 水晶が砕かれて中から解き放たれた魔王は、その場に倒れ伏している。おとぎ話に出てくる災厄をもたらす魔王のようにはとても見えず、ただ裸の男が倒れているだけだ。


「ま、魔王様は……」

「喋らないで、今治癒魔法を使うから」


 エルメラは体を斬り裂かれたミレイナに必死に治癒魔法をかける。神官として最低限の魔法を叩きこまれていたエルメラは特に治癒魔法に自信があった。ひどかった傷口も徐々に塞がっていく。


「ちっ、脅かしやがって、クソ神官が、どけ!」

「きゃあ」


 隊長の男は、エルメラを蹴り飛ばして、剣で突き刺す。


「魔王にも治癒の魔法陣? こいつがやったのか?」


 五百年の眠りからいまだに覚めず、うつぶせになっている魔王と呼ばれた男の体にいくつもの魔法陣が展開されている。どうやら治癒の魔法陣のようだ。徐々に魔王の体を癒しつつある。


「小癪なことを。おい、お前ら、あの魔王ってやつもやっちまえ」


 兵士たちは、まだお魔王を恐れながらも槍を構えて、ゆっくりと近づく。


「ぐ、エ、エルメラ。ま、魔王様、お願いです」


 必死の治療で傷が回復したエルメラにミレイナは必死に手を伸ばし、


「エルメラを助けて!」


 と声にならない叫びをあげる。


「グレイプニル」


 聞き覚えのない声がした。

 すると突如として、巨大な魔法陣が、魔王の体を中心として展開され、その淵から光の鎖が飛び出す。


「ぎゃあ」


 魔法陣から飛び出した光の鎖は大蛇のようにのたうち回り、魔王に近づいていた兵士たちを次々に貫

く。


「ど、どうなってやがる」


 兵士たちは襲い来る光の鎖から逃げ惑うしかない。


「お前か、俺を目覚めさせたのは」


 いつの間にか起き上がっていた魔王は、じっと冷たい目で、ミレイナを見る。封印されていた時は裸だったはずだが、今はローブに身を包んでいる。


「は、はい。私が魔王様の封印を解きました」


 ミレイナは今にも泣きだしそうになりながらも、毅然として、答える。


「嘘だな。私はずっとこの水晶の中から見ていた」


 魔王の言葉に、ミレイナはみるみる顔を青くする。


「気の狂ったような顔で、封印を解こうとしていたのはそこで寝ている女だ。ここ最近は、毎日のように顔を見ていたからよく覚えている。お前は、手柄を自分のものにしようとしたのか」

「違います」

「そうだろうな。お前はその女を私から守ろうとしている。魔王と呼ぶ私から」


 ミレイナは、魔王の災厄がエルメラに降りかからないようにわざと自分がやったと嘘をついた。それは魔王も看破しているところである。


「なぜだ?」


 魔王は問う。


「その女とは初対面なのではないか? それに私は外が見えるようになってから、その女をずっと見てきた。悪人ではないが、命を張るような善人ではないぞ」


 ミレイナは一瞬の逡巡もなくきっぱりと答える。


「エルメラは私を助けてくれた。悪い子なんかじゃ絶対にない。私はそう信じています」

「青いな」


 魔王は蔑むようににらむ。


「だが、気に入った。お前の力になろう」

「あ、ありがとうございます」


 ミレイナは頭を下げる。


「魔王との契約だ。代償を支払ってもらう」

「……私に払えるものならなんでも払います」

「お前の命などと考えているなら安すぎるぞ。お前の運命を支払え」


 魔王はミレイナの両目をその黄金に光り輝く眼でじっくりと見つめる。


「与えられた力で善を成すのも悪を成すのもお前次第。どちらにせよ待ち受ける運命は絶望だ。それでも力を望むか」

「それでエルメラを救えるなら払います」


 ミレイナの決意が揺らぐことはない。


「何もかも未熟だが、迷いはないな。よかろう。受け取れ」


 魔王がミレイナに手をかざすと無数の魔法陣が重なり合って展開される。


「ああああああ!」


 ミレイナは全身が焼かれるような痛みに絶叫する。少しでも気を抜けば、命さえ手放してしまいそうなほどの激痛だ。ほんのわずかな時間であったが、永遠にも感じられた。

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