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第九話 風の精霊ラーイ


 翌朝、一行は朝早く宿を出発して、フェーデレック王国と隣国との国境に到着した。

 大陸を北へ向かう街道に設けられた国境の関所には、朝早くから行列が出来ていた。

 関所といっても武装したお互いの国の兵士が数人ぶらぶら立っているだけである。

 通る人は足を止めることもなく、少し歩みを緩めるくらいで、開かれた門を素通りしていった。


 少女にとっては何度見ても不思議な光景であるが、これでちゃんと出入国審査がされているのだ。


「不思議かい?」


 キースに声をかけられた少女は、素直に頷いた。


「あそこに、こわーい精霊の門番が立っているんでしょ? このペンダントから身分を読み取って、怪しい人には襲いかかるんでしょ? あたしにはただの素通りにしか見えないけど」


「こわ……襲う? ライレットがそう言ったんだなー?」


 キースは少女ではなく、その時一緒にいたであろうリクに目をやる。


「も、文句はおさに直接言ってくれよな」


 バツの悪そうに顔を背ける。


〈あんたねー。そんな嘘、ほったらかしにしていたの? 馬鹿じゃないの!〉


「文句は直接(おさ)へ!」


 リクの様子に少女は不安に思った。


「まさか、違うの?」


 キースは少し困ったように言った。


「違うというか、ライレットは一種独特の感性の持ち主でね。よく分かっていると思うけど。違うというか、まあ、違うんだ」


〈はっきり言いなさいよ!〉


「門はね、美人の精霊が守っているよ」


「美人? じゃあ、襲うってのも?」


「精霊はそう人に危害を加えない。関所破りのために兵士も門を守っているだろう?」


「おっちゃんの精霊はすぐ叩くけどなー」


 ぽか。「いてっ」と続く。


「ライレットは嘘を吐いたわけじゃない。彼にはそう見えるんだろう」


〈変態だもんね〉


「こら」


「え?」


「いやいや、ラーイがね……。そうだ、ラーイが、昨日の返事を伝えてくれって。分かった、と」


 少女が聞き覚えの無い名前に首を捻る。


「らーい?」


「私の守護精霊の名だよ。蒼究月そうきゅうげつの加護を受ける風の精霊だよ。風の精霊は月の精霊とも言われているのは知っているかい? ラーイ以外にもいるけれど、月の色ごとにあの月まで行ける精霊が決まっていて、蒼究月そうきゅうげつは風の精霊、碧環月みかづきは大地の精霊、ライレットの精霊もだね、月の精霊はその色を代表する精霊でもあるんだ」


「代表? 偉い精霊なの? おさの精霊も?」


「精霊に偉いもなにも無いけれど、力が強いという意味なら『上位』だろうね。精霊たちは名で呼ばれることを好まないが、スズなら名で呼んでもいいだろう?」


 キースの言葉の後半はラーイに投げかけられたものであった。


〈ふん。しょうがないわね。緑麟りょくりんにも言われていることだし、特別よ〉


 ラーイは、入れ違いで眠った大地の精霊に「スズを、頼む」と言われていた。

 それは精霊にとっては考えられない異例のことで、ましてや頭の固いあのみどりの精霊が頼み事をするとはと、ラーイは面白く思っていたのである。


「おお! すげーな! スズ!」


「何が?」


「精霊が名前を呼んでもいいってことは、呼んだら助けに来てくれるってことなんだ。すっげー特別ってこと」


「おっちゃんさんの守護精霊なのに?」


「おっちゃん」


〈さん〉


 リクと意地の悪い精霊が顔を奇妙に歪ませている。笑いを堪えているのだ。


 おほん、と一つ咳払いをして、二人を黙らせたキースは優しく諭すように言った。


「普通におじさんと呼んでもらって構わないよ。君たちから見たら立派なおじさんだからね。ラーイは確かに私を守護する精霊だが、他に名を許せば、名を呼んだ人を助けに行ってもいいんだよ。そこはラーイの自由なんだ」


「守護してくれるってこと?」


「いいや。精霊と守護の誓約を交わせるのは一人だけだ。そうだな、私はラーイの旦那様で、君は時折一緒にお茶を飲む共通の友達みたいな関係になるかな。旦那様に言わないでふらりと友達のところに何日も行かないが、友達が困った時に助けてと呼ばれれば、飛んで行って助けてあげるものだろう? そんな感じかな」


〈やめてよ! 気持ち悪い例え!〉


 少女が目を瞬かせる。え、そんなもの? という顔だ。


「難しいことは理解しなくてもいいんだよ。スズ、君は困った時に『ラーイ』と呼ぶ権利をラーイ本人と私からもらったんだ」


「じゃあリクも呼んだら来てくれるの?」


「いいや。リクには名を許していない。精霊は許しなく名を呼ばれると、ものすごく怒る」


「許されてても、呼ばないよ! こんな凶暴な精霊!」


〈あんたなんかに許さないわよーだ〉


 ぽかっ。「いてーなぁ!」とぎゃーぎゃーわめくリクをよそに、少女は考える顔になっていた。


(だからリクは「おっちゃんの精霊」と呼んでいるのか。なら、どうしてあたしには許してくれるのか? なんで昨日会ったばかりのあたしにそんな特別なことをしてくれるのか? おさに頼まれたから?)


 少女は思わず呟いた。


「あたし、見えないし、話も出来ないし」


 キースは柔らかい笑みのままスズを真っ直ぐ見て言った。


「スズ、君がどの月の加護も受けていないのは知っているよ。君と少しの間過ごせば誰もが気付くだろう。それはもうゆるがせない事実だ。君はこれから世界一という学院に入ろうとしているのに、出来ないことばかりを主張して過ごすつもりなのかい? そんな心意気じゃ、間違いなく不合格だね」


 穏やかなキースから意外な程の鋭い言葉に少女は驚いた。

 反論したくてもとても出来なかった。まったくもってその通りだからだ。


「おっちゃん、ちょっとキツいぞ。本当のことだからってスズをいじめるなよ!」


〈あんたのそれフォローになってないわよ、馬鹿ねー〉


「リク、フォローしてるつもりなの? それで?」


 同時に言われてリクは肩をすくめて黙ってしまった。


(さあ、どうする?)


 キースは少し面白そうに少女を見た。

 少女はキースから視線をはずして、何もない(ちゅう)を見た。見えないものは見えないのだ。どこを見たって構いやしない。


「ラーイ、さん、昨日の話を分かったって、言ってくれたの?」


〈ええ、そうよ。ラーイでいいわよ。変に礼儀正しいのね〉


 少女の頭の上にいたラーイが面白そうに答える。何を言い出すのか、この娘は面白いとでも思っているようだ。


「お願いを聞いてくれて、どうもありがとう。お名前も、ありがとう」


 そう言って少女は手を差し出した。リクはラーイにぽかぽか叩かれているが、それはリクがこの世界の命だからである。村でもおさの精霊にたくさん話しかけてもらったり、抱き締めてもらったりしたが、どういう作用か、精霊は少女をするりと通り抜けて、触ることは出来なかったのだ。


 ラーイが手を伸ばし、少女の手に重ねようとしたが、まるでそこに少女の手はないかのようにスッと通り抜けてしまった。


〈不思議ね。何も無いんだけど、少し温かいわ〉


「ここに手がある? 名前をもらってもやっぱり触れもしないのね。でも、ありがとう。名前を呼ばないで済むように、迷惑かけないように、あたし頑張るわ」


 〈しょうがないわ。ホント、私だって緑麟りょくりんに頼まれなければ放っておいたかもしれないわよ。出来れば呼ばないでほしいわ。こっちだって忙しいんだからね〉


「ラーイさん、なんか言った?」


 聞かれたリクは目を泳がせて「どういたしましてー、だって!」と適当に濁した。


 キースを見上げ少女は、意を決したように言った。


「おっちゃんさん、じゃなかった。おじさん」


「何かな?」


 昨日の夜出会ってから、少女は明るいところでキースの顔をまじまじ見るのは初めてだった。キースはおじさんというには気の毒である程、若く精悍な顔立ちをしていた。

 少し気の緩そうな顔ではあるが、きっとさぞかしモテるだろうと少女は思った。後でリクになんで「おっちゃん」と呼ぶのか聞いてみようと思った。


「言ってくれてありがとう。みっともないことするところだった。蒼斗そうとまでよろしくお願いします。それと、おさに色々教えてもらって、一般常識大丈夫のつもりなんだけど、違ってたらまた教えて下さい」


 そう言って少女はぺこりと頭を下げた。


(……ふむ。この素直さも、スズの武器の一つだな)


 少し目を細めて笑ったキースは、おもむろにスズの頭に手をやり、髪がくしゃくしゃになるのも構わず、ダイナミックに頭を撫でた。


「ちょ、ちょちょちょっ、おじさん?」


 頭をくしゃくしゃにされた少女は驚いてキースを見たが、気が済んだキースは何食わぬ顔しては歩き出し、振り返って言った。


「では、行こう。蒼斗(そうと)へ」


 世界一の智の都。リーシェス王国蒼斗(そうと)ウルーへ。


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