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第八話 ここまで筒抜けか


「はぁぁぁぁ気持ちいぃぃぃ」


 少女は湯浴み用のタライに入り、どっぷりと湯に身体を沈めた。

 もはやこれはタライなのか? という大きさである。

 村の蒸気小屋の蒸し風呂も気持ちいいが、湯に浸かるとやはり安心してしまう。


 恥ずかしくて逃げ出してから、たっぷり一刻程、走って歩いて街道に出た。


 少女はその辺を転がり回りたいくらい恥ずかしくて、リクたちから走って逃げたのだが。


「そこ右へー」


「次まっすぐー」


「ちょっと休憩ー」


 と、後ろからのんきな声がバシバシ飛んできたのである。


 後ろを振り返ると誰もいないが、よーく目を凝らすと、離れたところでコソコソと走っては隠れている二人が見えた。


 少女はなんだか恥ずかしさも失せてしまい、「休憩」の後は二人と並んで普通に歩き出した。


 そこで少女は、いかに自分が独り相撲だったのかを思い知らされたのだった。


「ほら、これ。祭りが終わったら言いたいことがあるって言ったろ? これ、渡すつもりだったのに。王立学院の受験証だよ。これがないと受けられないんだぞ。どうするつもりだったんだ?」


 リクは荷物から青い石のペンダントを二つ出し、そのうち一つを少女に渡した。


「や、すぐに受けるつもりはなかったんだけど」


 蒼究月そうきゅうげつが守護する国、リーシェス王国には、建国すぐの王により、最高の智の学府をと王立学院が設立されている。

 そこには近隣はもちろん、遠方からも王族が留学してくる程、高い知性と格式を誇り、大陸一の学府として名を馳せていた。

 並大抵の身分では入学は許されない一方で、相反(あいはん)して、学問を志す者に貴賎なしというのが学院の設立理念のひとつでもあり、その理念を叶えるため、入学試験には身分受験と能力受験の二種類がある。

 いかに高貴な身分か、または後見を得ているかを競う試験と、身分を問わず、いかに高い向学意欲と知識を持ち合わせているかを競う試験のどちらかに合格すれば、この王立学院に入学が許されるのである。

 その結果、王立学院では、隣り合う席の生徒が、どこかの王族と庶民の鍛冶屋の息子という組み合わせも日常で起こりうる。

 そして、学院内では身分による特別扱いを一切行わないというのが、他国の学院と一線を(かく)す大きな理由の一つでもあった。

 身分の高い者にとってはまたとない社会勉強となり、身分が無い者にとっては、大きく開かれた智への門戸、そして貴族たちと顔を繋げるまたとない機会なのである。

 もちろん、どちらの試験で入学しても、勉強についていけなければ、問答無用で放校となる厳しさでも有名である。


 少女は、まずは蒼斗そうとで住み込みの仕事を探し、生活が軌道に乗ったら受験しようと考えていた。

 入試は一年に一度、秋に行われる。

 今年の試験まではあと半年しかない。そして王立学院を能力受験するためには、あるものが必要となる。それがリクの持ってきた受験証のペンダントである。


 この受験証は蒼斗そうとにある専門の役所で発行してもらえることになっているが、審査があり、発行までには長くて半年以上かかる場合がある。

 また、審査によっては発行されない場合ももちろんある。

 能力受験は誰でも受けられるが、それは一定の審査を通った者が本試験を受けられるという意味であり、冷やかしや記念受験で試験に臨む不届き者を排除するための受験証制度だった。


 まずは生活基盤を調(ととの)えようと考えていた少女は、今年の受験は諦め、来年以降に受験するつもりでいたのだった。


「これ、おさが?」


「そ。ちゃんと二人とも審査通ったんだぞ」


「二人? あんたまで、なんでまた学院に? っていうか、何歳から行けんの? それよりも、おさの面倒は誰が見るのよ! リクがいるから安心して出てきたのに」


「ひでーなぁ。勝手におさを押し付けんなよ。村の皆で面倒見るよ。元々そうしてきたんだし。おさに、お前も行って勉強して来いって言われたんだ。学院に年齢制限はないし、最年少は九歳で能力受験に合格したのがいたと思うぞ」


 押し付け……と笑いをこらえているキースを尻目に少女は話を続けた。


「これもきれいなペンダント。ね、審査って、何があるの? 書類?」


「あー、審査する面接の精霊が会いに来たんだけど、スズにも会いに行ったはず」


「へぇ……そう。いつ頃の話?」


「祭りの準備に入った頃だから、二ヶ月前くらいかな」


 少女はハッとした。思い当たる節があったのである。

 祭りの準備に入り、少しずつ慌しくなっていたある日、満面に笑みをたたえたおさが、いきなり抱きついてきて、こう言ったのだ。


「さすが私の素晴らしいスズ! あそこまであの小憎たらしい奴らに言わせるとは、上位合格は間違いなしだ!」


 何のこと? と聞くと、おさはどぎまぎして、会合が始まるー、と言い残して逃げて行ってしまったことがあった。


 おさが変なのはいつものことなので、少女は少し首を捻っただけで終わらせたが、たぶんその時に審査をするという精霊が来ていたのだろう。


「本当に、皆に筒抜けだったのね」


 少女はどっぷりと顎までタライの湯に浸かり目を閉じた。ゆっくり息を吸い、頭のてっぺんまで湯に沈む。ぶくぶくと息を吐きながら一つ肝に銘じた。


 ここは異世界。あたしの常識は通用しない。常に、見られている。

 少女は静かに顔を出し、目を閉じたまま声に出して言ってみた。


「精霊さん、今もいるの?」


〈いるわよ。分かるの?〉


「いるのは分かんないわ。でも、いたら、ここは遠慮してくれないかしら。入浴中とかトイレとか、人に見られて恥ずかしい時はこれからも遠慮してほしいの。あたしにはあなたたちが側にいるかいないか分からないから」


〈別に好きで覗いているわけじゃないわよ。あなたに何かあったらキースの責任になるのよ。見ているのも仕事のうちよ〉


「これはお願いよ。あなたたちが見える人にはしないことは、あたしにも遠慮してほしい。他の精霊さんにも伝えてくれると嬉しいわ」


 少女は目を開けて溜め息混じりに言った。


「ただのお願いよ。少しでも、見えたり聞こえたりすればいいのに……本当に残念」


 いるかいないかも少女には分からない美しい存在。見てみたい。会って話をしてみたい。それは紛れもない少女の本心だった。


「それから、遅くなってごめんなさい。はじめまして、私はスズ。これからよろしくお願いします」


 少し間を空けて、またも溜め息をついた。


「なーんてね。いないかもしれないのに。また独り言だわ」


 少女は勢いよくタライから立ち上がって、後片付けをし、明日の出発に向けて寝ることにした。





〈……だって。追い出されちゃったわ〉


 隣の部屋のキースとリクに、少しふてくされながら風の精霊ラーイはことの説明をした。

 空き部屋が二つしかなく、一人になりたい少女に個室を譲った格好である。


「うん。で、なんてスズに伝えればいい?」


 キースが面白そうにラーイを見て言うと、逆にラーイはつんけんして言った。


〈分かりました、とでも。見えてないのに、最後にはあたしを見て「お願い」と言ったのよ。本当に見えてないのかしら。勘の鋭い子ね〉


「面白い子だね。見えない精霊に挨拶するなんて」


〈ホント〉


「へへん。そうだろー。村の皆のお気に入りなんだぞー」


〈あら、あんたの個人的なお気に入りなんじゃないの? マセガキが〉


「う、うるさいな! そんなんじゃないやい!」


〈あら、図星を指されて怒り出すなんて、おこちゃまねー〉


「おこちゃま!? おれもうすぐ十四だぞ!」


〈あらやだ、本気なんだー。からかって悪かったわねー〉


 ギャーギャー言い合っている二人を見て、キースは目を細めて静かに笑った。


(よく笑うようになった。村の皆やライレットの影響だけではないだろう)


 キースは隣室で休む少女こそ、ここまでリクが明るくなった(みなもと)だと感じ取っていた。


 あの頃。

 リクは人を見下し、人生を悲観し、笑うことを全く知らなかった、子どもでいられなかった子どもだった。

 見かねたライレットが村に連れて帰ったくらいなのだから。

 今はその面影を探す方が難しい。


「そうだろ!? おっちゃん!」


「は?」


〈は? じゃないわよ! あんた何も聞いてなかったわねー! また独りの世界に入っていたわね!〉


「そうなのかよ!? おっちゃん!」


 話の矛先がこちらに向いてきてしまって、「明日も早いんだー」と逃げるようにキースは寝床にもぐりこんだ。逃げるが勝ちである。


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