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第六話 腹に猛獣、いるわけない

 

 夜の道で全力疾走をすれば転ぶのは目に見えている。

 案の定、「転んだ」認識もなく、少女の視界はスローモーションになって、木々の葉っぱと満月が輝く星空を見上げていた。


「大丈夫か?」


 男に声をかけられても、大の字になりながら不規則に弾む息が、少女の言葉を遮った。


「急いでいるところすまないが」


「……は、あ?」


「塩は持ってないだろうか」


「し、しお?」


「そうだ。せっかくの肉に振ったほうが良いに決まってる。生憎、俺は持っていないんだ」


 そんなことで追いかけてきたのか。


(コレ、関わっちゃダメなヤツだ)


 少女は男の得体の知れなさに脱力しながらも、転んだ際に飛んでいった鞄を指差した。


「あの、中。小袋……持って行って、いい……」


 まだ息が上がってうまく喋ることが出来ない。


「そうか。ありがとう」


 がうるるるるぅ。


「ぎゃー!」


 よりによってまた盛大に鳴った腹を少女が押さえたが、遅かった。男は「ん?」と首を傾けた後、少女の鞄を拾って肩に掛け、今度は少女を掬い上げて(かか)えた。


「な、なに!?」


 お姫様抱っこをされて戸惑う少女を男は満面の笑みで見た。


「俺よりすごい猛獣を腹に飼ってんだな! かっこいいぞ! 火と塩の礼だ。一緒に食おう!」


 腹に猛獣を飼っていると言われて喜ぶ女子はいない。そんな尊敬の眼差しで見られても嬉しくない。ましてや実は憧れの姫抱(ひめだ)っこをされて言われることでもない。


 それにしても。


(……なんでブタ落ちないの?)


 男の右肩側を頭に抱っこされていた少女は、どうでもいいことが気になって仕方がなかった。


(両手はあたし。……あ、ロープで縛って背負ってるのか。なんて器用な)


 ロープの謎は解けたが、裸の謎は解けていない。


「すぐそこだが火がそのままだからな。急いで戻ろう。転んだ時に打った背中は大丈夫か?」


 少女はものすごく走ったつもりだったが、距離にすればたいしたことはなかった。

 男は、息が整わず背中を打った少女を抱いたまま、軽々と走り出した。


(おお。身軽! ってか、今更だけどこの人素肌じゃん! 手はどこにやればいいの!? ヒエェ? ブタの足!? わわわわっ!?)


 手の置き場に困った少女が男の肩に手をかけたら、ブタの足を握ってしまった。

 手を引っ込めて身体を縮めていると、走る男の筋肉の動きが伝わってきた。


(……すんごいおっぱいと腹筋だな)


 何を考えているのかと、少女が自戒して顔を赤らめているところで焚き火に着いた。

 本当にすぐそこで、少女はスンとなった。


 男の胸から下りて火の側に行こうとする少女を男が止めた。


「待て。誰か来る」


 男の気配が鋭く、そして小さくなっていった。少女も息を殺す。


 ガサ、ガサガサ。


「あれ? いない」


「おや」


 火の光が届かないのでうすらとしか見えないが、親子のようだ。


「時間的にここだと思ったんだけどなぁ。火もまだ焚いてあるじゃん。こんなところでそう何人も焚き火しないよなー? おっちゃん分かる?」


「んー、ラーイ、分かるかい?」


 のほほんとした声と雰囲気に少女は少し緊張を解いた。


(なんか、盗賊とかじゃなさそう? それに、聞いたことあるような声)


 ざわざわと風が木々を揺らし、人の声ははっきりとは届かない。


「えー、おっちゃんの精霊でも分かんないの? 起きたばっかで寝ぼけてんじゃ……痛た! 叩くなよ! お前凶暴だぞ!」


(?)


 少女には人影程度にしか見えてなかったが、今、文句を言った方は誰にも叩かれていなかった。少女の見る限りでは。


「ちょっと花摘みでも行ってんのかなぁ。スズは長いからなー」


(この声はっ!)


 聞き覚えがあるはずだ。少女は思わず立ち上がって叫んだ。


「リクッ! あんたこんなところで何やってんの!」


「わあっ!」


「おや」


 驚いたのはのほほん二人組みの方である。


「祭りはどうしたのよ!」


 少女の剣幕をやり過ごし、リクは心臓を撫で下ろしながら、少女に言った。


「驚かすなよ! スズ! お前、火をつけたままで花摘み長いんだよ!」


「何ですってぇ! 散歩中にその辺の薬草試し食いしてお腹壊して『花摘み』に行って動けなくなって探された人はどこのどいつ様ですか!」


 ここのコイツ様であることは少女は百も承知だった。


「う、うるさい! 話をずらすなよ!」


「そうだわ! 祭りはどうしたのよ!」


「い、いや、その戻し方じゃなくって、いなくてびっくりして、いてびっくりしただろうがよ!」


「なによ、それ? 意味分かんないわよ」


「いや、そうだな、えっと……」


 どんどん話がずれていく二人の会話を聞いていたもう一人の男が笑い出した。


「ふふふ。息がぴったりだね。お二人さん」


「どこが!」


 見事な大合唱である。それが男のツボにハマったらしい。男はしばらくしゃがみこんで笑いを堪え、失敗し、堪え、失敗を繰り返していた。


「ちょっと、あんたの連れ、大丈夫なの?」


「ん、たぶん」


 リクも自信無さそうである。

 連れと言えばと、ブタ半裸男を振り返った少女は唖然とした。


「どこ行ったの? ……あれ?」


 そこには少女の鞄だけが置いてあった。たった今まで後ろにいた男の姿はない。


「あれ? あれ?」


「どーしたんだよ。なんかいるのか?」


「いや、ブタを背負って半裸でロープぐるぐるの男の人が塩を振って一緒に食べようって……」


 リクは顔を歪ませた。


「それ、間違いなく変質者じゃんよ」


「ん、怪しいんだけど、この火を継がせてくれって、お腹すいてるって、……いなくなっちゃった」


「オレたちをお前の連れだと思って逃げたんだろ。それ、危なかったんじゃん?」


「いや、確かにものすごく怪しかったんだけど、襲ってくるようには見えなかったけどな」


「ったく、用心しろよなー」


「ん。わかった」


 狸に化かされたような感覚に、納得がいかないながらも少女は正直に返事をした。


 月明かりの下でも煌めく赤い瞳だけが、残像のように少女の記憶に残った。


 後で鞄から塩が無くなっていたのに気付いた少女は、化かされていたわけではなく、現実のことだったんだと安心し、ちゃっかりしてんな、と苦笑いした。


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