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不思議な月の輝く世界で  作者: 千東風子


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第五十四話 覚悟


 目を開けていられないくらいの強い光がほとばしった。

 アーシェは少女を、トーマはリクを抱き締めて庇った。


 抱き締められた二人は、こんな緊急時だというのに、その温もりに心が満たされていくのを感じていた。

 いくらしっかりしている二人でも、まだ十代の少女である。あまりの急展開に、心が疲弊していた。


 しばらくして、嵐のような光の洪水は収まり、水晶の中には前髪を斜めに流して赤い髪留めをつけ、目を閉じた少女がいた。

 水晶の中に入っていると、本物にしか見えない。


「我が君……!!」


 人魚は中島に上がり、あまりの歓喜に震えながら両手を地につき、ひれ伏した。


「おかえりなさいませ」


 今まで水晶の中にいた光の精霊が、黄金の髪をたなびかせながら中島に立っていた。


 泉の水も黄金に輝き、祝福をしているかのようだった。


 光の精霊が優しく微笑み、右の手を空へかざすと、水晶が淡く輝いた。

 先程の光とはうって変わって、淡く淡く。

 その輝きがどんどん千切れて丸くなり、ふわりふわりと空に向かって飛んでいく。ひとつ、またひとつと、その丸い光は数を増し、やがて青い空を覆い尽くす程の数となった。


「ホタルみたい……。光の精霊が魂たちを解き放ったのね」


 少女が呟く。

 誰もが声もなく、その光景を見つめていた。

 光がふたつ、アーシェの回りをフヨフヨと漂ってから、名残惜しむかのように肩に触れ、空へと上って行った。


「父上……兄上……」


(立つ。立ってみせる。俺は一人じゃない)


 少女を抱き締めて、アーシェは国を負う覚悟を決めた。


 空へ上った光たちは、やがて流れ星のように空を滑り、全て消えていった。

 それは儚くも美しく、涙が出る程切ない光景だった。


〈スズ〉


 鈴の鳴るような、軽やかで耳に心地よい声だった。


〈私は光の精霊エルナルド。私はあなたを守護します〉


 人魚が慌てて顔を上げて抗議した。


「我が君!? 何を……何をおっしゃいますか!!」


〈ラティメリア……長い間、よく私に仕えてくれました。心から礼を言います。私が復活した今、私たちはいつでもあの月の向こうの世界へ行くことが出来ます。でも、今でも私たちはたもとを分かったまま。……スズは月の世界と太陽の世界をつなぐ光の橋を架けてくれると思うのです。私は争うのも、いがみ合うのも、もう、十分です。ずっと、水晶の中から見てきました〉


「我が君……」


 人魚は項垂うなだれた。

 他の精霊たちを嫌い、人と争い、多くの命を奪ったのは、他でもない自分である。

 それをあるじに見られ、『もう十分』だと言われたのである。


〈スズ。だからといって特別なことはしなくていいのです。あなたは、あなたらしく生きなさい。私はあなたを守りましょう〉


「あたしらしく……」


〈私の手を取り、名を呼びなさい〉


 光の精霊が少女の目の前にふわりと降り立ち、そっと手を差し出した。


 少女は片手でアーシェの手を握りしめながら、そっと、その手を取った。


 以前の少女なら、「あたしなんか……」と言い出していたかもしれない。

 だが、少女はもう知っていた。

 差し出された手を取るのも勇気だと。その先には、……こんなに温かい思いがあるのだと。


「エルナルド」


〈スズ……。香月珠洲こうづきすずよ。月を名に持つあなたを、この光の精霊が守護します〉


 自分のフルネームを聞いて、少女は懐かしさすら覚えた。


「あたしはスズよ。このフェーデレックの、この森の、フィトカ村の、出身だわ。……エルナルドさん、これからよろしくお願いします!!」


 少女はすっきりとした思いで、元気良く挨拶をした。

 ちゃんと過去になっている。

 嬉しいことも悲しいことも全部自分の中で地層のように積み重なって、その上に立っている。

 地に足が着くというのは、こういうことかとも思っていた。


 ここで生きていく。

 この人とともに。

 そう決めただけで、そう決めることの出来た自分を、少女は好きになれたような気がした。


〈エルでいい。親しい者はそう呼ぶ〉


 光の精霊の体が光となってはじけた。はじけた光が少女の体を包む。


〈いつでも呼びなさい。私はラーイと同じく空を舞い、あなたと共にいる〉


「はい」


 はじけた光から一筋、少女から離れる光があった。


 光の泉にポチャンと入り、金の鯉となった。

 鯉は人魚の回りをクルクルと回って、まるで喜んでいるかのようだった。


〈……またも一番にはなれなかったようだけど、良かったじゃない。あなただけの光の君だわ〉


 少女の体がこわばった。

 それに気が付いたアーシェが少女に問いかけた。


「スズ? どうした」


 アーシェの手を離さずに、少女がおそるおそる振り返る。


 少女とラーイの目が合った。


〈スズ……もしかして見えるの?〉


「見えるわ……」


〈聞こえるの?〉


「聞こえる!! ラーイ!!」


 少女がラーイに抱きついた。触ることも出来なかった少女の身体から温もりがラーイに伝わった。


〈……なんてこと。黒月の……月の加護を受けたのね。光の守護も受けて……スズ、あんたってば世界最強ね!〉


 ラーイが破顔して抱き締め返した。


 光となって漂うエルが話しかける。


〈ラーイ……さあ、始めよう。月と太陽が、また共に歩き出す〉


〈そうね。長い時間がかかるでしょうけど、それもいいわ。……もう怒っていないの?〉


〈この美しい世界を見れば、……そういう宿命さだめだったのだろうと納得している。他でもない、ラージャンのすえが起こしに来てくれたことを嬉しくも思う〉


 ラーイは追憶した。

 遥か遥か昔、ラージャンと名乗ったリクの先祖と共に、目の前の精霊をここに閉じ込めたことを。この精霊の、ラージャンを(いつく)しみ愛おしむ気持ちを利用して。


〈ここにいる皆に太陽の加護を……名を呼ぶことを許します。いつでも呼びなさい〉


 この言葉が聞こえると、少女以外の三人が愕然とした。

 太陽の加護の無い三人は、水晶の中で眠る光の精霊の姿も、目覚めた後の姿を見ることも声を聞くこともなく、ただ成り行きを見ているしかなかったのである。


 唯一、太陽の守護を受けたラージャンの血を引くリクは、その気配を感じてはいたが、三人にしてみれば、突然水晶の中にリアルスズ人形が入り、泉が光り輝き、光が辺りを覆い、たくさんの光がふわりと空へ舞い、流れて散っていった光景だった。


 何が起こっているのかは、想像するしかなかったのである。


 それが、はっきりと声が聞こえた。

 驚かない方が無理だった。


〈何あんたたちボケっとしているのよ? 間抜け面ね〉


「……ん。あまりの展開の早さについていけない」


 リクがトーマと顔を合わせて呟いた。

 トーマも呆然と呟く。


「俺たちも太陽の精霊……光の精霊の名を呼んでもいいのか?」


〈精霊は嘘吐かないわ〉


「スズも無事。鍵も取り返した。この世界の一大事も収まった……のだろう!? 大円団ではないか!!」


 アーシェの喜びにトーマが水を差した。


「あとは……お前が合格していればな」


 少女とリクは吹き出した。


 吹き出した少女をアーシェは睨んだが、手は優しく、力強く握ったままだった。

 アーシェは一つ咳払いをして「帰ろう」とだけ言った。

 内心の「これ、落ちてたらどうしよう……」という不安は、意地でも顔に出さなかった。


 人魚と別れ、エルに森の入り口まで近道を開いてもらい、ラーイの風に乗って四人は学院へと急いだ。


 誰もいなくなった光の泉には、静かに眠る少女の姿と、その回りを幸せそうに泳ぐ人魚と鯉の姿だけがあった。


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