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不思議な月の輝く世界で  作者: 千東風子


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第四十八話 俺が、守る


 この時のトーマは、後に何年経っても「あの時の顔ったら……」と話の種にされる程の間抜けヅラだった。


「オレを嫁さんにしてくれるんだろ? あ、でもオレ一人っ子だからトーマがお婿さんな」


 トーマは両手を上げ下げしながら混乱していた。


「ちょ、ちょっと待て」


「いいよ? オレもまだ十四だしな。成人まで待つよ?」


「いや! その待つじゃなくて! 本当に女の子なのか!? ベットに入って、やっぱり見覚えのあるモノがついてましたー、じゃ、遅いんだぞ!」


「入ってみる?」


 リクのこの言葉にトーマが激高した。


「阿呆か! 俺はそういう趣味はない! 大人の女性の、もっと、こう、匂い立つような滑らかな肌と柔らかい……」


 その手がワキワキと動くのを、リクはジト目で見て言った。


「熟女が好きなのか? 心配しなくても、オレだってやがてきっとそうなるはずだ」


 なんだ、何が起こっているんだ、と混乱しているトーマに救いの手が差し伸べられた。


〈この正念場になに痴話喧嘩しているのよ〉


「風の精霊! リクが、リクが自分は女だって言い出したぞ!?」


〈それが何? このマセガキは生まれた時から性別は女よ? まあ、見た目は少年だけどね〉


 全然救いの手ではなく、ただのトドメだった。


 見た目どころか、「オレ」「オレ」言って、言動も何もかも男じゃないか! ……とは、年上の分別でトーマは飲み込んだ。


「観念しろ」


 ニコリと勝利の笑みを浮かべたリクは、呆然とするトーマを置いて泉のほとりにしゃがみ込んだ。


「スズ! おいで」


 人魚とアーシェはまだ言い争っていた。

 二人ともまだ同じことを繰り返していて埒があかないのだが、今はそれが時間稼ぎに都合が良い。そのまましばらく争ってもらい、その隙に肝心の少女の気持ちを決めなければ話が進まない。


 呼ばれた少女は大人しく水辺にやって来た。


「スズ。お前が決めるんだ。このまま眠るか。オレたちと帰るか」


 少女の目に涙が再び溢れる。


「だって……」


「お前はどうしたいんだ?」


「……帰りたい。でも、約束したの。命を助けてもらう代わりに眠るって」


「そうだな。自分のしたいようにすると約束は守れない。だから、お前がちゃんと泉の番人と交渉しろ。最初に約束した形ではないが、光の精霊が復活出来ること。約束を反古ほごにする代償があるのであれば背負うこと。……自分で説得するんだ。そして自分の意思で泉から上がってこい」


「……リク」


「鐘五つまでに学院の門をくぐらなければならない。『黒竜の呪い』をあのキモい人形に移して、朱麗あかうるの鍵を取り返して、光の精霊を起こすのには時間がかかるのか?」


 後半はラーイに対しての問いかけである。


〈そうね……。スズが眠って光の精霊が起きて鍵を作り直してもらうにせよ、鍵を取り返してから人形が眠るにせよ、パパ、パくらい? ただ、問題は、『黒竜の呪い』を起こすのも移すのも、太陽の加護があるそこの魚にしか出来ないってことよ。それに時間がかかりそうね〉


 アーシェと言い争っていた人魚が、ラーイの言葉に反応した。


「魚!! また言ったわね!? ……私を罠に嵌めて、水魔にしたのはお前なのに! 忘れないぞ。あの屈辱を、あの悔しさを!!」


〈私に対するものは、私が受けるわ。逃げない。でも、『悔しい』のは、あなたが光の精霊の一番になれなかったからでしょう? それは八つ当たりよ〉


「黙れ!!」


 人魚が叫ぶのと同時に泉の水が空高く舞い上がり、いくつもの槍の形となって、地上へと降り注いだ。


〈避けなさい!〉


 ここは太陽の領域。ラーイの風は微風にしかならない。


「……くっ! スズ!」


 アーシェが素早く泉に飛び込む。


「アーシェ!!」


 少女も飛び込んできたアーシェの方へと向かう。水の中で必死に手を伸ばす。

 アーシェの伸ばした手が少女の指先に当たり、それをきっかけに手を絡め、アーシェが少女の体を引き寄せ抱き締めた。


(俺が、守る)


 水面を見上げる形でアーシェの胸に抱かれた少女の目に、水面を突き破る水の槍がはっきりと見えた。


「危ない!!」


 アーシェを引きはがそうにも、強く抱かれていてびくともしない。


 水の槍は容赦なくアーシェを襲った。

 少女を抱き締めた腕が一瞬こわばった。


「アーシェ!!」


 透明度を誇る光の泉に赤い筋が踊っている。

 少女には、一瞬それが何か分からなかった。


(赤い海草? ……魚?)


 がぽっ。


 少女の耳の横で、アーシェの口から大量の空気が泡となって漏れた。


「アーシェ!? う、上へ!」


 人間は水の中では息をすることも話すことも出来ない。そんな当たり前のことを、ついさっきまで人間だった少女は忘れてしまっていた。


 アーシェの腕がゆるんだ。


 少女は体をずらし、アーシェ背中を抱えて上がろうとしたが、手のひらに違和感を感じた。


「何? 何これ……」


 手のひらがぬっとりと赤くなり、水にさらわれて赤い筋になっていった。


 少女は、ゆっくりと目を巡らせてアーシェの背中を見た。幾筋もの赤い筋はアーシェの背中から出ていた。


「血……!?」


 自分を庇って、水の槍が刺さったのだと、少女はようやく理解した。

 槍自体は泉に溶けて既に跡形もない。


「アーシェ! しっかりして! 今上に行くから!」


 背中の流血もさることながら、アーシェの口から空気がずっと漏れている。このままでは水死してしまう。


 意識が朦朧としていても、アーシェは少女の服を掴んで離さなかった。

 水面はすぐそこだというのに、アーシェの背中を抱えて必死に泳いでいるというのに、二人はどんどん沈んでいった。


(重い! どうしようこのままじゃ……)


 アーシェの口から泡が止まった。


「ヤダ! 死んじゃだめ!! アーシェ!!」


 少女の腕をすり抜けて、アーシェの体が沈み始めた。完全に意識を失っている。


「ヤダ!! ヤダ!!」


 混乱した少女はアーシェの腕を掴んで必死に上げようとするが、少女もろとも沈んでいくだけだった。


「リク……リクっ! ラーイ!! 助けて!! アーシェが死んじゃう!!」


 恐慌状態の少女に静かな声がかかった。


「落ち着きなさい」


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