第四十四話 ここまで探しに来たのに
「ん~……。やっぱこっち、なのか?」
今、進んでいた方向から九十度左に折れ、リクは歩き出した。
あたりをキョロキョロしながら、時々「あ゛?」と眉間にシワを寄せ、舌打ちさえしながら、耳をそばだてていた。
アーシェとトーマが顔を見合わせ、こしょこしょ話を始めた。今までの剣幕はどこへやらである。
「おい、もしかして」
「ああ、もしかしなくても」
声が重なる。
「迷子」
「聞こえてっぞ! 迷子じゃないの! 道が変わるの!」
「何だと?」
二人が顔を見合わせる。
「あの泉は普通に歩いて行ける所じゃないんだ。森に隠れているというか、隠されているというか。木々が『こっちこっち』と教えてくれんだけど、オレは木の声を聞くのがちょっと得意じゃないの。でも、ちゃんと近づいてってるの。迷子じゃないの!」
「精霊か? なら、風の精霊に聞いてもらったらどうだ?」
「ま、精霊の一種っちゃそうなんだろうけど、おっちゃんの精霊にも普通の人にも、声が小さくて聞こえない」
「リクは耳がいいのか。特殊技能だな」
「いんや、オレは落ちこぼれてる方。長なら、もうとっくに着いてるんだろうな」
「そうなのか。なら何故、長殿は一緒に来られなかったんだろうか」
〈光の精霊が起きるとなると、この世界にとってかなりの椿事なのよ。どういう影響が出るか分からないわ。隠してもしょうがないから言うけど、もしもとんでもないことになったら、あの男はこの森ごと封印するつもりよ。もちろん私たちごとね〉
リクの袖の中に隠れたまま、ラーイが何ともないことのように言った。
「わあ。長ならにこりと笑いながらヤるだろうな。今頃準備してんだろうなー」
リクのダメ押しに、二人の顔色が変わった。
「封印!?」
〈あら、怖気付いたの? 行くのやめる?〉
アーシェは赤い瞳を煌めかせて「否」と返事をした。
「封印……」
(この森ごと? そんな力は常人にはない)
森ごと封印なんて、通常考えもつかない。出来るから、そう考えるのだ。
あの見事な刺繍といい、トーマの脳裏に一度は打ち消した人物が浮かんだ。
「おい、リク。お前もしかして、ラージャン一族か」
「お? 古い呼び名だな。そーだよ。気が付いた?」
「この刺繍……先程の長殿は」
トーマは、アーシェに背負われているリアルスズ人形を見た。何度見ても、実に惚れ惚れする刺繍である。世界中の王侯貴族が注目し、一級品が行き交うディファリアの市場でも、間違いなく極上の部類の逸品である。もしも市場に出れば、この一着でとんでもない値段がつくことだろう。
(世界の刺繍の頂点は、フェーデレック王国のブランド『オーク』だ。俺ですら数回しかお目にかかったことがない幻の逸品。このドレスの刺繍は見たことのない意匠だが、もしも、この刺繍を刺した人が長殿なら、長殿は……)
「長? この刺繍の腕と世界一の変態で思いつく、お見込み通りの人だよ」
トーマは、深い深い溜め息をついた。
「すると、スズは」
「そゆこと」
リクとトーマでワケ知り顔で話が進んでいく中、スズの名が出たところでアーシェが黙っていられなくなった。
「スズがなんだっていうんだ?」
「いずれすぐ分かること。そだろ? 学院に入学すれば、オレたち同級生になるんだから」
トーマが頭をガシガシ掻いた。
「そうだな。益々この馬鹿は大公にならないといけないわけだ。……悪いがリク。俺は色恋沙汰には中立だからな」
「違うってば、もう!」
「何の話だ! スズの話ではないのか?」
リクとトーマの二人の視線がアーシェに注がれる。やれやれビームを出されてもアーシェは挫けずに聞いてきた。
〈話はそこまでよ。泉に出るわ〉
この馬鹿! 何だと! と始まったところで、ラーイが不毛な言い争いを止め、リクの袖の更に奥に引っ込んだ。
ラーイは最後にこの泉に来たのがいつだったのか、もう覚えていない。ここは『月』の罪をまざまざと見せつけられる場所。……胸が痛む黒歴史の舞台だった。
三人と一人の行く手が突然開けた。
信じられないくらい透明度の高い泉が目の前に現れ、空の青を映していた。更に小さな中島に突き刺さったようにそびえ立つ何本もの水晶の柱が煌めき、異様な美しさを讃えていた。
三人はその静謐さに息を呑んだ。
神秘的な美しさの中、現実的な顔があった。
「スズ!!」
アーシェがいち早く少女を見つけ、駆け出した。
中島に近い水面から少女が首だけ出していた。
少女もアーシェに気づいた。
「え……アーシェ!? な、なんで? ……ば、ば、ば……」
遠目にも少女の顔がゆでたこのように真っ赤になったのが分かった。
次の瞬間、少女は雄叫びを上げた。
「ばかー!! 来ないでよー!!」
これが、探しに探した少女との再会第一声だった。




