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不思議な月の輝く世界で  作者: 千東風子


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第四十一話 ブレない


 瞬きの後、三人は風と共に森の入り口に立っていた。

 入り口と言っても門があるわけではない。紅葉する木々が次第に間隔を狭め、落葉の絨毯が始まりかけているところである。青葉闇あおばやみ朱金色しゅきんいろに輝く美しい森だった。


 だが、三人には美しい風景に浸っている余裕はなかった。


「うげぇ」


「……ひどいな」


「(言葉もない)」


 リク、トーマ、アーシェの順である。


〈このあたしが特別に風脈を使って運んであげたのよ? 何よその態度は? ……まあ、キースなんかはもう歳だから、風脈を通ったら一日使いものにならないけどね。今回も一緒には来ないで先に行けっていうし。そんなに気持ち悪いもんかしら。失礼しちゃうわね〉


 少し間をおいて現れ、憤慨するラーイをよそに、三人はぐるぐる回っている三半規管を必死に宥め、回復に努めた。


「……ここはもう神秘の森とやらか?」

 

 木々の匂いと澄んだ空気が心地良く、三人は少し落ち着いてきた。


「そう……」


 言いかけてリクが黙った。


「どうした? リク?」


 トーマがリクの肩を掴む。

 リクが小刻みに震えているのだ。


「何か、すんごい、ヤな予感がする!」


「敵か!?」


 リクのあまりの様子に、二人が辺りを警戒する。


「んにゃ、この感じは……」


大・正・解(だいせいかーい)!」


 木陰から一人の男が、文字通り躍り出てきた。


「ぎゃー! おさ!?」


 不審者丸出しで近付いて来たのは、少女とリクが暮らしていた村のおさ、ライレットだった。


 リクが咄嗟にトーマの背中に隠れた。


「リク……ひどい歓迎だね、せっかく会いに来たのに」


「どっから来たんだよ!?」


「待ってたんだよ? ちょっと遅かったじゃないか」


「え? ここで待って? どゆうこと?」


「その前に、ものすごい殺気を出しているそこのお友だちを紹介しておくれ。私はまだ死にたくないよ」


(何も気配を感じなかった。ただ者ではない……!)


 アーシェは警戒を解かずにリクを見た。


「アーシェ、トーマ、ここはフェーデレック王国の北部だよ。オレとスズが暮らしていた村の奥の森。ここが『神秘の森』。オレたちは、ただ『奥の森』って呼んでたけど。んで、この限りなく怪しい人は、森を守るフィトカ村のおさだ。アーシェと違う意味で世界一の変態だけど、敵じゃない」


 アーシェは微妙な顔をして「俺は変態では……」とリクを見たが、綺麗に無視された。納得がいかないながらも、アーシェはトーマと共に簡単に名乗った後、ライレットに率直に聞いてみた。


おさ殿、待っていた、とはどういうことですか? 我々がここに、風の精霊と共に来ることが分かっていたということですか?」


 ライレットは、そうだよーと軽く返事をした。


()が教えてくれたからね」


 ラーイが〈過保護よねぇ〉と肩をすくめた。


 リクがライレットを指さして叫んだ。


「あっきれた……! もしかしなくても、ずっとオレらに精霊くっつけてたんだな!?  スズが聞いたら怒るぞ!」


 きょとんとしてライレットが首を傾げた。


「大事な娘たちを旅に出させた父親の特権だ。何が悪い」


「む、」


「むす、」


 言葉が続かないアーシェとトーマに、リクが説明してやった。


「そんなアホ面すんなよ二人とも。おさはスズの後見人だよ」


 アーシェがハッとなった。


「では、リクの伯父上殿でいらっしゃる?」


 ぱあっとライレットの顔が喜びに満ち、反比例してリクの顔が苦渋に歪んだ。

 子は親を選べない。親の兄弟も選べないのである。


「いい……。実にいいお友だちだね、リク。さあ、伯父上って呼んでごらん!」


「ムリ! ヤダ……って、事情を知ってるなら、今スズが一刻を争うってこと知ってんだろ!? オレたちはもう行くぞ!」


「まあ、待て。私のかわいスズが無事戻って来られるように、お守りをやるから」


 ライレットがくるりと背を向けた。


「ぎゃあ!?」


「!!」


「ほう」


 その背に背負われていたのは、精巧な刺繍のドレスを着た『リアルスズ人形』だった。

 ドレスは膨らみのないシンプルな形で、白く滑らかな生地に光り方の異なる白の刺繍がされていた。袖口、胸回り、裾に流れる蔦のような柄だが、よく見ればその蔦の中に何かの文字が組み込まれているようだった。


 まるで花嫁衣装である。


 眼も口も閉じているが、頬はうっすらと色付き、少女が穏やかに眠っているかのような出来映えである。

 赤子の背負い紐のようなもので人形はライレットに背負われていた。


「キモっ!!」


 リクがもしも猫だったならば、全身の毛を逆立てて「キシャアー!」と威嚇しながら逃げ出しただろうが、リクは人間である。全身鳥肌を立て、トーマを盾にしたまま踏みとどまった。


「何を言うか。見ろ、お友だちのトーマ君はこの人形の良さが分かるようだぞ!」


「すばらしい刺繍です! 見たことのない意匠ですが、なんて美しい!(人形についてはスルー)」


(精神力の必要な精霊使役をずっと行うことの出来る世界一の変態で、素晴らしいこの刺繍……まさか、な)


 トーマが思い当たる人物だとしたら、碧斗へきとから遠く離れた村のおさとしてここにいる理由が分からない。ましてや少女の後見人など考えられなかった。


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