第三十九話 スズの、中に
「刺客に連れ去れられたわけではなかったのか!?」
トーマが呆然として叫んだ。想定外もいいところだった。
「なぜ、スズが光の精霊のところへ? 光の精霊は眠っている? だから伝説になる程長い間姿を見た者がいないのか?」
アーシェも疑問しかない。トーマ共々話が飲み込めず困惑していた。
そんなことはお構いなしに、ラーイは実にあっさりと続けた。
〈光の精霊の代わりに、眠りにつくためにね〉
三人の衝撃は計り知れなかった。
「スズが身代わり!?」
リクが鋭く聞く。
話が嫌な感じに転じているのをひしひしと感じながら。
〈そうよ。だから誰も起こせなかったの。光の精霊と同じくらいの魂を持つ者でないと。私でも足りないわ。代わりになれる誰かが、光の精霊が眠る水晶で代わりに眠ってこの世界を支えなければ、光の精霊は出て来れないの〉
「そんな!? あんたでダメならスズなんかもっとダメだろ!? 月の加護も受けていない、異世界の人間なんだぞ!!」
リクがラーイに食ってかかるが、ラーイは気にも留めずに続けた。
〈あの子は、今、黒竜だから〉
リクですら、何を言っているのか分からず、食ってかかった勢いが急激に沈んでいった。それくらい、ラーイの話を荒唐無稽だとリクは感じていた。
「黒竜って、『黒竜の呪い』のこと? 何言っちゃってんの?」
〈精霊は嘘吐かないの知ってるでしょ。私も気が付かなかったわ。正確にはあの子の中に『黒竜の呪い』がいるのよ〉
「な……んだと?」
アーシェが声を絞り出す。
黒竜の呪いは流行病でたくさんの命を奪った。
あまつさえ具現化し、月鍵七国としての存在意義である月の扉の鍵を奪っていった。
「スズの中に、父を、兄を、鍵を奪った、国を混乱に陥れた元凶がいると、あなたは言うのか……?」
スズの、中に。
〈ここでこうしていてもしょうがないわね。行く? 光の泉へ? 早くしないと、あの子は今にも眠りにつくはずよ〉
アーシェが真っ先に答えた。
「行く」
赤い瞳がこれ以上無い程輝いていた。
アーシェが燃え盛る瞳を向けてラーイに聞いた。
「スズを失わずに、朱麗が『黒竜の呪い』に奪われた朱麗の鍵を取り戻す方法を教えて欲しい」
〈あら、良い瞳。……なあに? まあ? そういうこと? あらヤダ、マセガキ、ピンチじゃないの!〉
急におどけた風の精霊にアーシェはたじろぐも、目を離さなかった。
リクが慌てて突っぱねた。
「そんなんじゃないっての! いいから、どこか早く教えてくれってばよ!」
トーマに「へえ?」という顔をされて「違うってば!」と泥沼の言い訳を始めたリクをよそに、アーシェが首を捻る。
「そういうこととは、どういうことだ?」
〈なあに、なあに? あなたまさか、自分があの子のこと、ものすごく、ものすごーく好きなこと、自覚していないの?〉
「な……? お、俺は、友として」
目に見えてしどろもどろになってアーシェが言った。
〈なら、あなたのとるべき道はスズを助けることではなくて、学院にこのまま入学する事じゃない? それから光の精霊に会いに行って、新しい鍵を作ってもらって、朱麗月まで勉強しながら備える事じゃないの? そして朱麗試合に勝って、大公になることじゃないの? 友人一人と、国民と、どっちを取るの? それこそまさか、鍵の問題さえ片付けば、大公は自分じゃなくて良いとでも思っているの?〉
トーマが脂汗を流しながら、なんて的確に痛いところを突き刺すのかと、感心を通り越して快感を覚えていた。
(師匠……!)
トーマはラーイを師匠認定した。
リクも拍手を送る。
「そんなことは出来ない! スズだけを犠牲にするなど、論外だ!!」
〈犠牲はスズだけではないわよ。『黒竜の呪い』は、命を奪った人の魂を持っていくわ。あなたのお父さんもお兄さんも黒竜の中よ。そうやって数多の魂を貯めて、スズがプラスされてようやく光の精霊の身代わりになれるんだわ〉
「な、んだと!」
トーマがラーイに詰め寄る。
「それを知っていて、あんたたちは何もしなかったのか!? 力ある精霊が止めてくれたら! ……止めてくれていたらっ!!」
唇から血が滲む。どれほどの人が死んだか。どれほどの悲しみを生んだか。
〈私たちにはどうすることも出来なかった。月の扉が閉じられてから生まれたこちらの精霊には『黒竜の呪い』と呼ばれる精霊の姿を見ることは出来ないし。あの子も、最初は小さな精霊で、誰も気に留めていなかったし。……それがいつしか、人の魂を集め出した。探して止めさせようとしたわよ? でも、探し出そうにも、あの子の姿を見ることが出来る月の精霊……起きている数少ない精霊で探し回ったところで、隠れてるあの子を見つけられなかったわ〉
今、この風の精霊が言ったことが、アーシェとトーマには信じられなかった。
「姿を見られない……精霊?」
〈そうよ。月の加護を受けていない精霊。光の精霊と同じ太陽の加護を受けた精霊よ。……遥か遥か昔に、私たちが扉の向こうへ追いやった、太陽の一族よ〉
アーシェとトーマは、完全に話についていけなくなっていた。




