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不思議な月の輝く世界で  作者: 千東風子


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第三十八話 黒幕


「……何が、どうなって、ドシン、なわけ?」


 十頭いれば一個師団にも匹敵する戦闘能力を持つ火竜が、アーシェ一人に倒されたのである。


 茫然自失のリクにトーマが解説する。


「竜は、腹と背中に弱点がある。背中の方は硬い鱗に阻まれているが、腹の方は鱗がない。そこを突くと、竜は気を失う。あとはトドメを刺すだけだ」


 力無くリクが返す。


「それ、オレでも知ってるよ……。そこを狙って、噛み裂かれたり、爪で裂かれたり、巨体につぶされたりして死んじゃうってことも」


「ああ、竜も素直に突かせてくれるわけはないからな。そこはあいつなりのコツがあるようだ」


 コツとか、そういう問題ではない。

 リクは脱力しながらアーシェを見た。何もないはずの空中を蹴り、空を駆け上がるように飛び、二頭目の竜に襲いかかるところだった。


「あれ、魔道具か?」


「そうだ。靴に仕込んでいる。空中に階段が出来るようなものだ。あれがあるから羽がある獲物も逃がさず仕留められるんだ」


 アーシェが竜の下に消えたかと思うと、二頭目の竜が気を失って墜落し、地面に伏した。

 弱点を突いた瞬間に共に墜落する危険を難なくかわして、アーシェは三頭目へと向かった。


(こりゃ、でたらめ、だ)


 リクはトーマの言葉の気持ちが分かった。コレは、大胆と無鉄砲と命知らずと強さをごちゃごちゃに混ぜ合わせて、ただ強いわけでもなく、ただ突っ走っているわけでもなく……。


「変態だなぁ……」


 リクがしみじみ呟いた。


「だろ? でも、あれ、死なないんだ」


 トーマがにっこり笑って言う。

 この主にして、この部下あり、なのか。

 リクがトーマに対する評価を改めていると、最後の竜が口から炎を盛大にくすぶらせた。火竜が激しい炎を吐き出す前触れである。火竜の炎は、直撃したら岩すら蒸発してしまう。図書館など、中の人間ごと一瞬で消し炭になってしまうだろう。


「急げ! アーシェ!」


 トーマは焦りを隠さずに叫んだ。炎を吐かれたら一貫の終わりである。

 アーシェが火竜に近付こうとするが、倒された二頭を見ていた最後の竜は、旋回してアーシェを避け、図書館に向かって炎を吐いた。


「くそ!」


 トーマが外套の留め具を引き千切り、魔道具で広範囲に結界を張った。炎を防げはしないが、無いよりは遥かにマシである。

 それを横目で見ていたリクが、ボソッと呟いた。


「……来た」


 全員の視界が真っ赤に染まる。リクの呟きは誰の耳にも届かなかったが、来た『迎え』は火竜が吐き出した炎を鷲掴みにし、遥か上空へと放り投げた。炎は上空で花火のように散っていった。


 何が起こったか、リク以外誰も理解出来なかった。

 火竜も眼をぱちくりしている。吐いた炎が何故空へ消えたのか、分からないのだ。


 その隙を逃さずにアーシェが襲いかかり、最後の竜も墜落した。


 それを見届けてから、リクが声をかけた。


「あんがと。間一髪」


 窓から部屋の中に突風が吹き荒れた。


 ポカッ!


「あてっ! 何すんだよ! オレ悪くないぞ!」


〈一体全体どうなってるのか説明しなさい! マセガキ!〉


「見ての通り、火竜に襲われてたんだけど」


〈なんで図書館で火竜が召喚されてるのよ? キースが泡吹くわよ!〉


 突風とともにやって来たのは、それは美しい精霊だった。精霊は総じて神秘的な美しさを持っているが、この精霊は別格だった。


「そこの威張りん坊とアーシェたちを殺すため。しかも徹底的にやっちゃって、生き残る予定の誰かさんがこう証言するんだろ。『威張りん坊が暴走してやってしまって、最後には火竜を制御できなくて回りを巻き込んで自滅しました』って。ねえ? 第一師団長さん?」


 入り口を背に黙って立つ男に視線が集中した。


「えげつないよな。きっとそこの威張りん坊はアーシェのことが気に食わなくて、色々嫌がらせはしてても命までは狙っていないんだ。でも、仲が悪い事は皆が知ってる。アーシェたちが狙われたら、真っ先に疑われるだろうよ。それで、一般市民をはじめあおの図書館までも巻き添えにしちゃったとしたら。『最低でも命を。あわよくばその名がタブーになる醜聞を』とはよく言ったもんだな。二度と歴史上に名前が出てこないだろうな」


 リクは第一師団長とやらを怒らせるつもりで言ったが、男は挑発には乗らずに沈黙を守った。

 思惑がばれることも予定の内なのかもしれなかった。ばれたとしても、皆は黒こげになる予定だったのだから。

 憤慨したのはその横の威張りん坊だった。


「何をごちゃごちゃと! このハンスは心からの忠誠を私に誓ってくれたからこそ、今ここにいるのだ!」


〈あら、評判通り本当にアホなのね。ねえ、そこのあなた。この国を巻き添えに選んでくれてありがとう〉


 ラーイは威張りん坊を一瞥した後、ハンスに対して実に美しい微笑みを向けて続けた。


朱麗しゅれいまで飛竜で行けば一週間ってとこかしら? 今回のお礼として、五日後にあなたが忠誠を誓っている人の目の前へ、この三頭の火竜を出してあげるわ。あなた、間に合うと良いわね? 精霊に伝言を頼むのはムリよ? 私が許さないから〉


 そう言って右手をそっと上げると、火竜は風に包まれて跡形もなく消えてしまった。


〈私は蒼究月そうきゅうげつの加護を誰よりも受ける風の精霊。よくも我が主(キース)の仕事を増やしてくれたわね。これは怒ったわよ〉


 圧倒的な力の差に、人間はただ引き下がるしかない。

 跡形もなく竜が消えたのを見て、ハンスは一礼して部屋を出て行こうとした。


「待て! なぜ、そなたが……」


 駆け戻ったアーシェが声をかけたが、ハンスは振り向かずに呟いた。


「またお会いしましょう」


 足早に部下を連れていく。このまま急いで朱麗しゅれいへ向かうのだろう。

 一人残った威張りん坊の男は展開に付いていけず、ただ呆然と立っていた。部下は誰も残らなかった。


 バッファが去り行くハンスと入れ違いに部屋に入って来た。


「今ハンスたちが」


 バッファが言い終わらないうちにアーシェが畳みかける。


「けが人や建物の被害状況を確認しろ。召喚されたのが火竜だけとは限らん。それから、それから……タジを捕縛し、スズの居場所を聞き出せ」


 アーシェの命令にバッファが頷き、再び部屋を後にする。


「タジは第一師団出身だ。内通していると疑うべきだろう」


 ずっと共にいた部下を疑わなければならないアーシェに、トーマはそっと声をかけた。


「だが今は私情を挟むな、アーシェ。目の前にずっと探していた御方おんかたがいるんだぞ」


 一度だけ、瞑目し、アーシェはリクに向き直る。その横には世にも美しい精霊が佇んでいた。


「リク、ブレスは吐かれてしまったが、三頭全部地に墜としたこいつの変態さに免じて、紹介してくれるか?」


 トーマがリクを見る。言葉とは裏腹に、真摯な光を眼に讃えている。


「ん、あんたの苦労に免じて。こっちはアーシェとトーマ。朱麗しゅれいのひと。光の精霊を探してるんだってさ。どこにいるか教えてあげてよ」


 明らかに面白そうな顔をしてラーイが目を見張った。


「アスレイ・レリーダと申す。お目にかかれて心から光栄に存じます。風の精霊よ」


「私はトーマ・ヨーハン。ご助力を是非お願い申し上げます」


 今度はリクが目を見張った。


〈アスレイ? それともアーシェ? 私も会えて嬉しいわ。実は私もあなたたちに会いたかったのよ? 事情は既に知っているわ。私は今、朱麗しゅれいから飛んで来たの〉


「アンジル・レリーダ……」


 リクが呟いたのは、先の朱麗しゅれい大公の名である。


「亡き父の名だ」


 アーシェが答える。


「まー、じで? オレもスズもトーマが公子様だと思っていたぞ。……詐欺だ」


「よく言われる、な? アーシェ?」


 トーマが苦笑いする。


「俺は俺だ。確かに、らしくないのは自覚している。俺は里子に出されていたから、公子なったのはつい最近なんだ」


「里子って、なんか色々事情がありそうだな。はー……スズもぶっ飛ぶぞ」


〈そのスズのことなんだけど〉


「なに? 呼ばれた? もう合格発表だから、何事もなかったかのように学院の門をくぐりたいんだけど。で、どこ?」


〈呼ばれたわ。でも、遅かったの。ねえ、マセガキ〉


「オレはリクだっての! ったく! 遅かったってどういう意味だよ?」


 ポカッ! と鉄拳を入れてからラーイが続ける。


〈あの子は、あなたたちの運命を、この世界の運命をも握っているのね。何の力もない子なのにね〉


 アーシェとトーマを見て優しく微笑んで言った。


「それはどういう意味で……?」


〈あの子は水魔に連れられて、光の泉へ行ったわ。光の精霊を起こすために〉


「!?」


 三人が息を呑んだ。


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