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不思議な月の輝く世界で  作者: 千東風子


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第三十七話 変態の本領発揮


 リクは窓から身を乗り出し、逃げ身の体制から室内を振り返る形で、その場の全員に散れと『命令』した。


 悲しいかな、この場にいたのは全員戦士である。無条件に身体が動いた。


「違う奴だ! 一緒くたにオレたちを消すつもりだ! 来るぞ!」


 リクはそう言うや否や、「わ」と小さく呻いて、逃げようとしていた窓からくるりと部屋の中に身を戻し、パタリと窓を閉めた。


「……うっそ」


 脂汗を浮かべて逃げ道を自分で閉ざしたリクが、無言でアーシェたちに向き直った。


「……なんだ?」


 良い答えなど返ってこないのは分かっていて、トーマが聞いた。


「……ここから逃げるのはとてもムリ。この中にドラゴンスレイヤーがいない限り」


 さすがに全員が(アーシェも)意味を飲み込んだ。

 窓の外を急いで確認し、絶句した。


 真っ青な空を背景に、真っ赤な竜が三頭、バッサバッサと羽ばたき、口から炎をくすぶらせながら、まっすぐにこの部屋を見ていた。

 飛竜として人の近くにいる種ではない。気性が荒く、主に戦場で見る火竜だった。


 ここは他国の、しかも世界の智の宝物庫である。やって良いことと悪いことがある。暗殺に良いも悪いもないが、仁義というものがあり、どの国も体裁を整えることを必要最低限心がけていた。


「図書館ごと灰にするつもりか!」


「馬鹿な! 一般人も大勢いるぞ!」


 口々に罵倒が飛び出る。火竜を一頭狩るのには、手練てだれのドラゴンスレイヤーでも五人以上必要なのは、戦士の常識である。罵倒の中には絶望感が混じっていた。


「な、なぜこの私がいる時に!」


「いない時ならやるんだー、へぇ?」


 リクが堂々と突っ込んだ。


「貴様! 誰に向かって口を利いているか!」


「ゴタゴタ言うの、後にしてくれる? あと、ホントにあんた誰?」


「き、貴様ぁ!」


 男が憤死しそうなくらいに顔を真っ赤にして剣の柄に手をかけた瞬間、トーマとバッファがリクの前を塞ぎ、アーシェが男の前に進み出た。


「今はここをどう収めるかでしょう。どうやら、兄上をここへ来るように呼んだ『誰か』は、俺と兄上を一緒に消してしまいたいらしい」


「な? 私は人から怨まれるようなことは何もない! お前の巻き添えだろう!?」


「わざわざ兄上を蒼斗そうとまで呼び出しておいて? 一体なんと呼び出されてここまで来たんですか?」


「ユーリアのことで話があると、お前が呼んだんだろうが!!」


「ユーリア? 何故兄上とユーリアの話をするんですか。俺は呼んでません」


「嘘吐け!!」


 トーマがこめかみを押さえながら『通訳』しようとしたが、リクがまたも遮った。


「あの竜が先でしょが。ホントに話し進まないね……。偉そうなそっちの陣営にはスレイヤーはいるの? あとあおの加護を受けてる人とか、その他の廊下にはみ出てる人とか、とっとと一般人の避難誘導に向かってくれる? キリがないから」


「小僧! 引っ込んでおれ! 指揮はこの私がる!」


「いいけど? オレは言うこと聞かないよ?」


「いらぬ!」


「あそ。じゃあね。アーシェたち、行こうぜ」


 戦線を離脱するようにリクが促すと、アーシェが固い意思で断った。


「リク、駄目だ。一般市民を巻き添えにした以上、逃げることはしない」


 部屋の外の混乱も頂点に達していた。逃げようとする人たちで出口はごった返し、結局ほとんどの利用者が避難出来ずにいるようだった。


「でも、オレ死にたくないんだけど。スズを探さなきゃだし、オレは逃げるぞ。じゃ、ここでお別れだな。学院で会えると良いな」


 じゃあね、と言いかけたリクをトーマが止めた。


「そういう言い方する時は、何か策があるんだろ?」


「ん。分かっちゃった? 策というか、実は迎えが来るみたい。すんごく怒ってるから、ちょっとヤだけど、命には代えられないしな」


「お前が指揮をれば、丸々収めてくれる『迎え』なんだな?」


 リクとトーマの視線がかち合う。

 既視感というか、お互いの考えが手に取るように分かる。実に、話をしていてイライラすることがない相手である。


「いつ来る?」


「まもなく」


「その迎えが来る前に、俺たちが火竜を仕留められたら、迎えに来る()を紹介してくれるか?」


 リクは笑った。()()が来るかトーマは察した上で、この少数で火竜を狩って見せると言ったのである。


「そんな面白いもんが見れるなら、喜んで」


 トーマがアーシェを振り返った。


「風の精霊が来るぞ!! 一刻も早くあの火竜を狩って献上する。アーシェ、出来るな?」


 トーマの言葉にアーシェは驚いてリクを見たが、『迎え』が来ることを確信しているリクの様子に、より一層赤い瞳を輝かせた。


「……無論だっ!!」


 アーシェはそう言うや否や、笑みさえ浮かべて窓から飛び出して行った。


「ちょ、一人で行っちゃったよ!?」


「三頭くらいなら、あいつだけでいい」


「……火竜、だあよ?」


 軍隊で討伐に向かうような種族を、いくら何でも一人でとは、冗談が過ぎる。


「バッファたちは避難誘導へ回ってくれ。リク……あいつはな」


 トーマはバッファに指示をした後、親指を立てて窓の外を指した。


 リクはその光景を現実のものとして受け入れられなかった。


 ドシン。


「あいつは、強いを通り越して、もはや変態なんだ」


 窓の外では地響きを立てて火竜の巨体が地面に墜落したところだった。


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