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不思議な月の輝く世界で  作者: 千東風子


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第三十六話 兄弟ゲンカ


 不意にアーシェは顔を上げ、あたりを窺った。

 誰かに呼ばれた気がしたのである。


「どうした?」


 トーマに聞かれるも、アーシェは周囲の気配を探りながら、息を吐いた。


(気のせい、か?)


「いや、何でもない」


 少女の姿が見えなくなってからずっと気を張り詰めているアーシェは、再度深い息を吐いた。


 金獅子の庭を出発したアーシェたち一行は、目的地の王立図書館に入ると、会議をするための個室を借りた。

 そんなに広くはないが、会議の他、集中して本を読んだり勉強したりするためのもので、誰でも借りることが出来る場所だ。


 部下たちは周りを警戒するため、図書館の要所要所に散っている。この部屋にいるのは馬車の中にいたのと同じ四人だった。


「ここでしばらく待機しよう。リクは休んでくれ。また合格発表を見るために精霊を使ってもらうことになる」


 アーシェがリクに長椅子ソファーで横になるように勧めた。

 王立学院の合格発表まであと半刻に迫っていた。


「いんや。休んでる暇、なさそ。『ロプス様』って人、敵? 味方?」


 三人の気配が一瞬で凍った。


「あ、答えなくていいや。もうここに来る。戦う?」


 リクは体力の消耗を承知の上で、精霊にずっと周りを探らせていたのである。


「まさか! 今ここに本人が来るというのか!?」


 アーシェが動揺を隠しきれずに聞いた。


「そ。そう呼ばれてた。十二、……十五人で来る。あおの精霊を使ってオレたちの居場所を把握してるよ。ひとまずここから逃げる?」


 一般市民が大勢いる中、まさか剣を抜き、ここで戦闘をするわけにはいかない。ここは戦地ではなく、万が一にもこちらに非を問われれば、入学自体が危うくなるかもしれない。


「……いや、今は逃げん。どういうつもりで今ここに来たかを確かめてからにする。向こうもあおの国で事を荒立てたくはないだろう」


 アーシェが不敵に笑った。

 赤い瞳がより鮮やかに燃えた。

 リクはこの輝きに何度も見覚えがあった。

 初めて会った厨房で自分と対峙していた時、幾度も刺客を追い払っていた時、少女を背に庇っていた時、それらと同じ、戦闘モード全開の輝きだ。


「アーシェ、あまり長引かせるなよ。アホと馬鹿じゃ話にならんぞ。バッファ、話の通訳は俺に任せてくれるな? リクの側へ。守ってくれ」


 普段ならトーマにへこまされるアーシェだが、こういった時は気にならないのか、反撃してこない。


(スイッチのオンオフが激しいこと)


 感心しているリクをよそに、部屋の外に慌ただしい気配が立ちこめた。


 神聖で厳粛な図書館に、ドカドカと踏み込んでくる団体がいれば、係員が止めるのは当然である。

 悲鳴にも似た勢いで係員が制止している声がした。


「お引き取り頂きましょう! ここは歴史あるあおの図書館です! どなた様もここでは只の一読書家に過ぎません! 無礼な立ち振る舞いはリーシェス王へご報告致します!」


 中心の男がギロリと係員を睨みつけた。見るからに偉そうな男である。その横の側近らしき男が係員を牽制する。


「我々は歩いているだけで、制止されるような事はしていない。黙って下がるが良い」


「ならばお答え頂きましょう。この図書館に何用でいらっしゃいましたか。本をお探しでしょうから、題名、内容、作者等分かる範囲で仰って頂ければ(わたくし)めがお探し致しましょう」


 明らかに本を読みに来ていない者に対する、痛烈な批判である。


 中心の男が、怯まない係員に対して侮蔑的な眼差しを送る。それは口答えされること自体に憤りを感じる傲慢で高圧的な目だった。よくもこの私にそのような口を、と怒りを隠さない。

 側近の男が係員に剣呑に告げた。


「自分で探すので結構。この図書館にて()()()()()をしているので、これにて失礼」


 なおも制止しようとする係員を尻目に、男たちはある扉の前で止まった。


 他でもない、アーシェたち四人のいる個室である。


「ここにいる。もういいだろう。下がるが良い」


 係員はその個室を一瞥いちべつして、納得がいかないながらも一礼して下がっていった。

 係員を下がらせた側近の男が、静かに扉をノックして、返事を待たずに開けた。


 扉を開けたその男にアーシェたちが愕然とした。


「なぜ、そなたが今ここにいる?」


「今はこの私に仕えている」


 その後ろから男が進み出てきた。団体の中心にいた男である。


「……どういうことですか、兄上」


 部屋の後ろの方に控えていたリクが目を見張った。


(兄上、ねえ)


 いよいよ焦臭きなくさくなってきた。

 トーマの兄の第三公子が色々な刺客を送り込んできて、アーシェの兄が今ここに来たということは、兄同士と弟同士がそれぞれ結託して対立しているという事になる。まさに骨肉の争いである。


「兄に向かって挨拶もろくに出来んとは、やはり傭兵上がりは育ちが知れるわ」


「お褒めにあずかり恐縮です。ところで、なぜ兄上と第一師団長がここにいるのですか」


 朱麗公国しゅれいこうこくの第一師団は、大公を守る近衛師団であり、精鋭中の精鋭である。大公不在の今、国を守る要とも言うべきその師団長が、今ここにいる意味が分からない。


「何を戯言を。お前が呼び出したのではないか。それをくんだり、ここまでやって来た私に対して、礼の一つも言えんのか!?」


「!?」


 呼んでなどいない。呼ぶわけもない。アーシェはどういうことかと更に問い質そうとしたが、リクがさせなかった。


「全員散れ!!」


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