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不思議な月の輝く世界で  作者: 千東風子


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第二十八話 暗雲


 リクが一人で待っていると、程なく馬車に乗ったアーシェたちがやって来た。


 その馬車を見てリクは驚いた。貴族はそれぞれ家紋の入った立派な専用車を持っているが、公子ともなればそれは立派な車両のはずである。


 しかしアーシェたちが乗って来た馬車は、ごく庶民が目的地までお金を払って乗る辻馬車のようだった。専用車と違って車内も広くはないだろう。公子たちの荷物だけで人が乗るような広さがあるとは思えなかった。


「あー……狙われてるから家紋入りじゃないのは分かるけど、アーシェたちの荷物と、オレたち入れて九人乗れんの?」


「荷物はそれぞれが持つだけだからな。御者台に二人、後部に二人、ちょっと狭いが車内に五人乗れるだろ。リクとスズはちっちゃいし。立派じゃなくてがっかりしたか?」


 リクは目を見開いて驚いていた。


「いや、驚いたのはな、アーシェ、あんたの荷物はそのズタ袋一つか!?」


「ああ? ああ、受験の参考書などは受かれば寮へ、落ちれば国へ送ってもらうように手配したしな。これ一つだが?」


 その他の人を見ても、全員鞄一つだけだった。


「公子様が鞄一つかよ。……逃げて来たみたいだぞー」


 リクの呟きに、アーシェは笑った。


「ハッ、似たようなものだ。……追いかけてもいるがな。スズは?」


 狙われているが狙ってもいると、サラリと言ったアーシェの言葉をリクは聞こえなかったフリをして、のほほんと答えた。


「あー、ごめんなー。忘れ物して取りに行ってんだ。走ってた行ったからもう来ると思う」


「そうか。では先に会ったことがない者を紹介しておこう。これから……たぶん、寮に入るのだから名前だけな。こちらはトーマだ」


 少女が公子様かな、と予想していた人物をリクは紹介された。近くでよく見ると一人茶色の髪は巻き毛で、目は茶に少し金が入っているような不思議な色をしていた。

 少年と青年の間の男は、心底申し訳なさそうにリクに言った。


「トーマです。もっと早くにお会いしたかったが、この馬鹿の後始末に明け暮れていたので申し訳ない。バッファと一緒にこの馬鹿のお守りをしてくれて本当に助かりました。もし、この馬鹿が無事に合格していたら、この馬鹿ではなく、バッファとあなた方を胴上げしてあげたいくらいです。心から感謝します」


 リクも真摯な顔で応えた。


「ご丁寧にどうも。リクです。ボロッボロに言いますが、まったくもってその通りです。是非スズもねぎらって下さい」


「無論です」


 二人はがっしりと握手を交わした。

 最初の挨拶で意気投合した二人をアーシェが引き裂いた。


「二人とも本当に初対面か?」


「さて」


「初めて会った気はしないな」


 アーシェに振り回され苦労をかけられている身として、瞬時に一致団結した二人を見て、珍しくバッファが笑っていた。


「アーシェとトーマは幼馴染でしてね。昔からこんな感じなのです。同じ寮に入ることになるのですから、リクとも仲良くてよいことではありませんか」


 リクが一瞬だけ「ん?」って顔をしたが、アーシェたちは気が付かなかった。


 アーシェが拗ねたように言った。


「トーマに感じが似ているとは思っていたが、これではトーマが二人になったみたいだ!」


 トーマが大げさに頭を振ってアーシェを指差した。


「似てる? いいや、違うね。お前に苦労かけられている同志、みたいな感じだ」


「ん。そうそう」


「なにが違うんだ!」


(公子様と幼馴染ということは、アーシェは相当の大貴族だろう。でも、金銭感覚や生活感覚は庶民に近いものがある。いや、庶民とも何か違うな。なーんか違和感があるんだよな)


 リクの知る大貴族というのは、一族以外は人と思わないような人種が多い。アーシェは人間としてもだか、貴族としても、リクの知る枠外だった。


「そう怒るなー。スズ遅いな。便所でも寄ってんのかなー」


「む。そうだな。女性は長いからな」


「それ、スズに言ったら怒られるぞ。言ってやろー」


「なに? スズが怒ったら怖いからやめてくれ!」


 リクとアーシェがじゃれている間に宿の主人が見送りに出て来た。


「遅くなり申し訳ございません。別棟の倉庫に急ぎの用がありましたもので。皆様、何卒お気をつけて……」


 そう言って宿の主人が深々と頭を下げた。


「色々迷惑をかけて済まなかった。感謝する」


 先程までじゃれていたのとは打って変わって、アーシェが答える。


 そこにリクが割って入った。


「すみません、ご主人。倉庫とは食堂棟の隣の?」


 その勢いに少し驚きながら、「ええ、そうです」と答えた主人に、リクが更に詰め寄った。


「スズを見ませんでしたか? 食堂に忘れ物があると言って取りに行ったんですが、ちょっと前に走って行ってまだ来ないんです」


「おじょうさま? ……いいえ。食堂の中は生憎分かりませんが、行きでも、こちらに来る道でもお見かけしませんでしたが」


 リクとアーシェが顔を合わせた。


 悪い予感がした。


 悲しいかな、戦いに身を置く者のこういう予感は外れることは滅多にない。


 すれ違いにならないように、トーマたちが正面玄関に残り、リクとアーシェ、バッファが少女を探したが、少女は食堂にも部屋にもおらず、また、少女を見た者もいなかった。


 そしてどんなに待っても、少女は正面玄関に現れず、リクが精霊を捕まえて宿の敷地内を探させても、どこにも少女はいなかったのである。


 正午の鐘がなるまで、あと二刻。


 合格発表後、学院の正門が閉まる夕方五つの鐘が鳴るまでに入寮しなければ、入学は辞退とみなされる。


 緊張が走った。


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