第二十四話 朱麗公国の事情
「スズの国のことをもっと詳しく聞きたいが、また今度聞かせてくれ。非常に興味深い」
アーシェがきちんと意を汲み取って、少女の話を終わりにしようとしたが、少女本人が話を引き取った。
「うん。いいわよ。話しついでに少し聞いていい? 朱麗は大公様が亡くなって、後継ぎが決まってないっていうけど、それこそ、どうやって国が成り立ってるの? 今、大公様いないんでしょ?」
アーシェはちらりとバッファを見たが、別段止める風でもなかったので話を続けた。
リクも少女から話しているので止めはしない。
フェーデレック王国からもリーシェス王国からも遠く離れた国であっても、月鍵七国には違いない。リク自身も情勢が気になっていた。
「ああ。大公と言っても全権力を持っているわけではないのだ。大公は大貴族から成り立つ議会と協議して物事を進めていく。今は議会が内乱などを押さえて躍起になって国を治めているだろうな」
「そもそも、なんで後継ぎ問題が起っているの? 一番目の公子様が継ぐんじゃないの?」
「そうだな。だが今回はことが単純ではないのだ。朱麗は強い者に従う気風が高い。第一公子だろうが、弱ければ国民が大公と認めない。しかし、第一公子は気質、武術ともに非常に優れており、誰も文句の付け所が無かったんだ。……だが、『黒竜の呪い』で命を落とされてしまわれた。次の後継ぎが決まる前に、今度は大公が崩御されてしまった。大公にはあと三人の公子がいて、どの公子を大公にするのか、それとも朱麗試合を行うのか、未だに議会は揉めているのだ」
「黒竜の呪いって……」
長の奥さんと娘さんが亡くなった原因。一度だけ、長から「妻と娘は黒竜に連れて行かれてしまった」と聞いたことがある。
少女は長のことを思い、胸が痛んだ。
「かかったら治らないっていう流行り病よね」
「そうだ。不定期に流行する死の病だ。今回の流行でも大勢の命が失われた」
「そう。……朱麗試合ってなに?」
「強い者が大公になる。朱麗試合は古来より、大公が決まらない時や大公に後継ぎがいなかった時に行われる試合で、朱麗国民なら誰でも参加できる。勝った者が大公だ」
「まだ公子様がいるのに?」
「大公たる資質に疑いがあれば、朱麗試合は行われる」
リクが頭の後ろに腕を組んで話に入ってきた。
「厳しーよなー。大公になりたければ、公子といえども、国民の前で勝って見せろって事だろ」
「そのとおりだ。そしてそれが出来なければ、やはり大公の資格などないのだろう」
「ねえ、ちょっと待って。じゃあその試合が開かれることになったら、もう狙われないって事なんじゃない?」
公子を狙っても意味がない。その試合に勝たなければ大公になれないのだ。
アーシェは少し笑って「その通り」と頷いた。
「まあ、試合参加者への妨害工作はあるだろうが、ここまであからさまな狙われ方はしないだろうな。他者を蹴落とす工作よりも自分が勝つ様に鍛錬する方が早いからな。試合が開かれるとすれば、三年後の朱麗月の年だ。それもあって学院へ入り、備えたいのだ」
リクが怪訝そうな顔をして聞き返した。
「それもあって? じゃあ、他に何があるんだ?」
「するどいな。実はもう一つ大事な目的がある。でもそれは秘密だ」
笑顔で言われると、さすがのリクもそれ以上は聞けなかった。逆にアーシェに尋ねられる。
「リクはフェーデレックで学校は?」
フェーデレック王国をはじめ、月鍵七国では同じ基礎教育制度を採っている。
六歳から九歳の間に入学し五年間、基礎教育を受けるのである。ただし、これは義務ではないので、通うのは裕福な家の子や一部の貴族の子であったし、庶民は読み書き計算が出来ればよいので、通ったとしても、途中で自主的に「卒業」することも多かった。
一定以上の上級貴族は家庭教師をつけるのが通常で、基礎学校に通わない者もいるが、王立学院入学は社交界デビューと同じ意味を持つので、貴族は皆王立学院へは通うのである。
リクは一瞬考えて、ちょっと行ってた、とだけ呟いた。それ以上は何も聞いてくれるな、という気持ちを込めたつもりなのだが。
「はあ? ちょっとって?」
少女が乗り出して聞いてきた。思えば、少女はリクの学歴など気にしたことが無かったのである。
リクは村では神童と呼ばれて、特に薬草などの植物に詳しかった。あんなんでも博識の長の邸には、ものすごい蔵書の部屋があり、よく二人で入り浸って時間も忘れて読んでいたのである。リクの知識はそうやって身につけたものだと少女は思っていた。
「短い間だけ行ってたってこと」
「村に学校無いじゃないのよ。どこの学校に行ってたの? 隣村だって学校無いじゃない」
空気を読まないツワモノが突っ込んできた。リクはぽりぽりこめかみをかきながら、さて、どう答えようかと迷っているようだった。
「なに隠してんの?」
こういう時の少女の勘は本当に侮れない。
「んーあー。(観念)オレ、村に来る前は碧斗に住んでたんだ。そこでちょっと行ってた」




