第二十三話 少女、語る
「あたしの生まれたところは、大体皆、二十歳過ぎても学校に行くのよ。途中で働く人もいるけど、七歳になる年から最低九年間は義務。その後は希望制だけど、ほとんどの人が次に進んで三年、更に次に進めば二年とか四年勉強するの。その後はもっと専門的に勉強したい人が何年も勉強するわ。義務教育が終わった十五歳で働き出すことも出来るけど、少数派ね。次に進んで十八歳で働き出す人は一定数いるかな。大体は二十歳か二十二歳くらいまで学生なの。あたし程度のレベルは普通だし、大人になって、専門的な学校にまた入り直す人もいるし、働きながら通う人もいるわ」
少女が普通。
アーシェが唸った。では、少女の生まれた国は秀才、天才ばかりの国ではないか。最低でも九年、十六年以上も学生であることが主流とは、一体どんな国なのか。
「なんと……。スズは何年目だったのだ?」
「高校に入るところでこっちに来ちゃったから……九年の義務教育が終わって、十年目、結局進めなかったけどね」
「九年、働かずに勉強を?」
「ま、そうね。勉強が仕事よ。働いてもちょこちょこ小銭を稼ぐ程度ね。……考えてること分かるわよ。「皆」はお貴族様のことだと思っているんでしょう? 庶民はそうはいかないんじゃないかって。たしかに、どうやって食べているのか不思議でしょうね」
アーシェとリクは無言で頷いた。
「もう、根本が違うのよ。封建制度じゃないもの。階級が無いわ。王様もいない。貴族もいない。国民皆が労働者よ」
「王も貴族も、いない?」
アーシェもリクも驚いた。王制を取らず、議会が政治を行う国はこの大陸にもあるが、貴族がいない国は聞いたことがなかった。
「そう。ん? 王みたいな人はいるわね。でも大きな戦争で負けてから、王の独裁ではなくなったわ。貴族も昔はいたらしいけど、今はいないわ」
「戦争に敗北して、国が残っているのか? 傀儡の王か? 一体どんな国なんだ……。通常、勝者は征服したらそのまま君臨するだろう」
「んーそうね。征服するには、手間の割には旨味がなかったんじゃないかしら……? 勝った方の国はもう既に大きいし、世界的にも権威があったし。国の存続を許して子分にした方がいいとでも思ったんじゃないの?」
「しかし、取るものを取らんでは自国が納得しないだろう。戦には金も命もかかる。国民の負担は図りしれない。負けたとあれば怒りは自国の王に向かったとしても、勝ったのに得るものがないのでは、負けた以上に民に蜂起されるぞ」
「そうね。その辺はどうしたのかしらね? あたしにも分からないわ」
「いや、しかし、国民が皆労働者? ……想像出来ん」
「建前は皆平等。現実は、どうだろ。平等とは言いがたいところはあるわね。階級は無いけれど、貧富の差はかなりあるしね。それでも教育を受けることは出来るの。国民の義務の一つだからね。あたしみたく親がいないとか、経済的な理由で子どもを学校に行かせてあげられない時は、税金で国が行かせてくれるわ」
アーシェが申し訳なさそうに、聞き捨てならないことを聞いてみる。
「親御殿は、早くに亡くなられたのか?」
「ううん。二人ともどっかで生きてるんじゃないかな」
「その戦争とやらで生き分かれてしまったのか?」
ひとたび、国と国が戦になれば、戦地の混乱は筆舌につくしがたい。大陸ではここしばらく大きな戦はないが、月鍵七国が仲裁に入ってもなお、緊張が続く国々はたくさんある。戦は嵐のように、通り過ぎた地の人も作物も大地も汚していく。それこそ、草一本枯れ果てていく。
「戦争はあたしの生まれるずっと前の話。あたしは、いらなかったんだと思う」
鉛を飲み込んだような顔をしている二人に少女が続ける。
「やだ、気にしないでよ。そんな子はたくさんいるし、生きていけたら別にどうでもよくなっていくわ。あたしは幸せな方よ。とてもよくしてくれる人が面倒見てくれたから」
「……そうか。兄弟はいるのか?」
アーシェの問いに少女が静かに首を振った。
身寄りがないとは言っても、生まれたところに残してきたものは多く、大きなものに違いない。
「俺と同じだな。俺も養い親の元で育った。実の親もいたが、既に亡い。複雑な思いはそう割り切れるものではないな。詮無いことを聞いた。すまん」
アーシェが律儀にぺこりと頭を下げた。
少女は、本当に気にしないでいいんだってば、と呟いて小さく笑った。
リクが話題を変えて聞いてみた。
「なー、王が権力なくして、どうやって国が成り立っているんだ? 議会? と言っても貴族もいないんだろ?」
「こっちの議会は皆が貴族よね。生まれた家の大きさと自分の権力が比例する。向こうではね、親の仕事を継ぐも継がないも自由なの。職を選ぶ自由があるわ。国政を行う権力者は手を上げた人の中から国民が選ぶの。だから、ずっと権力の座にいられるわけじゃない。失策すれば降ろされるわ。建前はね」
「違う時も?」
「権力者が既得権益を守るために、それと何かの利益が結びつけば、置いてけぼりを食らうのは国民よ。それはこちらと変わらないわね」
「ふむ。面白い制度だな」
リクがコホンと一つ咳払いをした。バッファも目で「これくらいに」と言っている。アーシェも肩をすくめて了解した。




