第二十一話 友人、ってなんだっけ?
リクは溜め息をついて言った。
「能力受験のオレたちが、えっらーい貴族様と仲良くなってもしょうがないだろ。実力あるのみなんだから。振り回されて、ペースを乱されて、勉強に集中できなくなるとは考えないわけ? スズの話を聞きたいって、スズの勉強の時間を奪うことなんだぞ」
「俺も一緒に勉強したい」
この言葉に気を失いかけていた少女がはっとした。
「あなた公子様ご一行とやらで、仕事でここに来ているんじゃないの? あたしたちにかまけてる暇ないじゃない!」
こんなところで油を売っていないでこの男が職務に戻れば煩わされずにすむのだ。
アーシェは苦笑いした。宿には滞在そのものを伏せておくように徹底している。それでも半従業員のこの二人が知っているということは、皆知っているということだ。
「どんなに内密にしてもらっても漏れるものだな。そうだ。俺はあの棟の警備責任者だ。だが、向こうは心配ない。俺の部下は優秀だし、何とかするだろう。元々、俺は勉強だけしていろと言われているしな」
「つまりは、身分的に責任者だけども、お飾りってことか?」
アーシェはリクを見て少し情けない顔をした。
「傷付くな……。隠してもしょうがない、その通りだ。俺はまだ勉強が足りない。いくら身分受験でも筆記があるからな。皆が受かって、俺だけ落ちたら洒落にならない」
「そりゃ、警備の責任者が落っこちたら、面目ないよな。で、御大は何番目の公子様? お国大変だろうに、部下を引き連れて学院受験なんて、避難か追放じゃん」
「そうなの?」
王立学院は世界一の警備が厳しいことでも有名である。各国から王族貴族が入学するのだから当然と言えば当然である。学院内は関係者以外の立ち入りを何人たりとも禁じられており、護衛として主の側につくには、一緒に合格して同じく学院生になるしかないのである。
また、政変などで国が不安定な時、国外へ亡命するのではあまりに外聞が悪いため、世界一安全なリーシェスの学院に入学と言う形をとる要人もいる。
「それについては、俺からは何も話さない。合格後入学前の入寮時は身分を伏せるものだろう? 今ここで詳しく話すと差し支える」
全寮制の学院は合格発表後、すぐに寮に入ることになる。合格発表の日の正午に学院の門が開き、日暮れの鐘五つで門が閉まる。それまでに合格者は門をくぐり入寮しなければ入学辞退と取られるのである。
寮では入学式までの二週間、入学の準備期間としての授業が始まる。その期間は身分受験者も能力受験者もお互いの身分を伏せることが慣例になっており、身分を問わず、これからの学院生活における学友を見つける期間という位置付けなのだ。
もちろん、元々の顔見知りもいれば、おおよそどこの誰だか分かってしまうこともあるが、それを吹聴してはならないし、分かってしまった身分を理由に徒党を組んでもならない。
見るとすぐ身分が分かってしまう月輝石を入寮前に学院が預かる徹底ぶりである。晴れて入学式に、学院長から名前をフルネームで呼ばれ、月輝石が返却されるまでは公然の秘密なのである。
「まあ、狙われてるところを見ると、両方ってとこか。そんな大事な時期に責任者が勉強だけしてていいのかよ」
「仕方が無い。二人のおかげで、昨日の犯人は捕まえたからな。俺が落ちてしまっては最悪なのだ。今は部下が乗り切ってくれるだろう」
「じゃあ、オレたちに構っていないで勉強に集中したら?」
「三人寄れば何とやらだ。バッファも来ることだし。一人で籠ってやるよりも、一緒にやりたい。だめか?」
リクは少女に目でどうする? と聞いてみた。お前次第だ、と。
「いくつか、聞かせて」
アーシェは無言で話の続きを促す。
「昨日の毒きのこは本当にあなたたちを狙ったものなの?」
「そうだ。俺が宿にきのこが食べたいと言ったからな、間違いないだろう。捕まえた者からも供述を取っているところだが、あれは朱麗の者だ」
きのこが食べたい。お貴族様というのはなんという要求をするのか。そういう風に言われたら厨房も何を作っていいのか分からず、きのこづくしになるわけだ。
これくらいで脱力してはいけない。少女は気を取り直して続けた。
「朝、宿の主人の部屋で『優しくない』って言ってたけど、どういう意味?」
「あわよくば命を。最低でも、学院入学の阻止、ついでに名誉も地に落としておきたい、と一連の事件の犯人の意図を言っていたな?」
これはリクが頷いた。
「そんな優しい相手ではないな、という意味だ。最低でも命を。あわよくば、その名がタブーになるほどの醜聞をつけたいところだろう」
そこまで徹底して狙われているということか。
「昨日みたいなこと、朝みたいなこと、またあるってこと?」
「無いとは言えない。しかし、俺たちも手をこまねいているわけではない。ましてや受験の邪魔などさせない」
そう、とだけ少女は言った。
本当は断りたい。いくら自分好みの割れてそうな腹筋でも、この大事な時に面倒に巻き込まれることになる。集中して勉強出来なくなるかもしれない。だが。
「改めて、俺はアーシェ。朱麗公国の生まれで今年十八になる。長い名前は入学式の時に。もう知ってはいるが、名を教えてくれるか?」
少女はアーシェを見ながら確認した。
「友人は、対等よね?」
「普通そうだろ」
(この人から逃げることに労力を費やすよりも、今は勉強することを優先したい。使用人ではなく、友人ならば、対等な分、はるかにマシ、よね)
よし。と少女は小さく頷いて返事をした。
「私はスズ。たぶん十七歳よ。十六になる直前でこっちに来て、一年と三ヶ月くらい経ってるから。なんでか迷子になって、フェーデレックにいたわ。どうやってここに来たのかは分からない。だからそれは聞かれても答えられないわ。ただ、あたしの生まれたとこの話を聞きたいんだったら、それは知る限りは話せるけど、まずは受験、猛勉強でしょ。それでもいいなら、友だち、……なりましょう」
アーシェの顔が輝いた。一方、リクの顔が曇った。
(まあ、妥当か……)
スズの邪魔にならないように、リクは自分が気を付けて見ているしかないと息を吐き、渋々自分の名を告げたのだった。
「リク。もうすぐ十四」
こうして、真夏の空の下、へんてこりんな友人宣言がなされたのであった。




