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不思議な月の輝く世界で  作者: 千東風子


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第二話 月が支配する世界

 

 少女はゆっくり瞳を空へ巡らした。そこには茜色に染まりつつある空に満月が出ていた。


 初めて見た時の感想を少女は今でも鮮明に覚えている。


(メロンソーダフロートみたい)


 しかもアイスをかき混ぜた後の色。

 少女はおいしそうな月を見上げて笑い、やがて真顔で呟いた。


「すべては月の光のもとに、か」


 少女はここの言葉を理解しはじめた頃に教えられた『月語り』を口ずさんだ。





 すべては月の光のもとに


 白輝月(しきづき)は精霊を讃えよ

 紫深月(ゆみづき)は魔法を讃えよ

 朱麗月(あかうるづき)は戦乱を讃えよ

 橙宰月(とうさいげつ)は動物を讃えよ

 黄極月(きつきづき)沙漠(さばく)を讃えよ

 碧環月(みかづき)は植物を讃えよ

 蒼究月(そうきゅうげつ)ことわりを讃えよ


 この美しい世界を閉じよう

 月の彼方の世界と交わらぬよう

 扉をつけて鍵をかけ

 この美しい世界を守ろう


 鍵を守れ 月鍵国主(げっけんこくしゅ)

 扉を守れ 光る翼よ

 鍵を守る国に月の守護を

 月が輝くこの世界の命すべてに月の加護を





 段々と暗くなる空に輝くのは緑の碧環月みかづき。明日からは青い蒼究月そうきゅうげつが空に輝く。


 今日は年に一度の色代祭しきたいさいの日。

 毎年この日を境に月は交代し、がらりと色を変えるのである。

 碧環月みかづきの守護を受けるこの国をはじめ、碧環月みかづきが輝く年に生まれた人たちが中心となって、世界中の至る所で祭事が行われる日。この世界に生きる人たちにとって、とてもとても大切な日なのである。


 実は少女は未だに半信半疑だった。


 この世界の月はとても不思議な力を持っていて、信仰の対象でもあるが、少女の知る月は太陽の光を受けて輝くもので、多少色は変わっても、緑だの青だのそんなに色を変えることはない。

 ここの月は緑色だけれども、月の満ち欠けや新月もある。色以外は少女の知っている月とあまり変わらなかった。


 この空の向こうには宇宙が広がっていて、この星も地球みたいに太陽を回り、月がつかず離れず回っているのだ。

 なのに、明日から月が入れ代わるというのである。少女はにわかには信じられなかった。


 しかも、月の交代だけではなく、碧環月みかづきの加護を受けるみどりの精霊たちが眠りにつき、蒼究月そうきゅうげつの加護を受けるあおの精霊たちが目覚めるという、世にも美しい光景が見られる、らしい。


 碧環月みかづき本体はもちろんのこと、眠った精霊たちは次の碧環月みかづきの年まで世界のどこかで眠りにつくというのだ。


 日常と信仰の要である月と精霊に感謝を捧げる祭りが、色代祭しきたいさいなのである。


 要は『碧環月みかづきさーん、今年一年ありがとう! 六年眠ってまたよろしくね! 蒼究月そうきゅうげつさーん、六年ぶり! これから一年よろしくね!』というわけである。


 色代祭しきたいさいは毎年行われるが、月の色によって祭りの形が違うため、それぞれが七年に一度の貴重な祭りとなる。


 人間を含めて、この世界のすべての命は生まれた年に輝いていた月の加護を受け、それと同時に同じ月の色の精霊からも加護を受ける。

 肉体を持たずに(そら)を泳ぐ精霊のその姿が普通に見え、会話をし、加護を与えてくれる精霊を時には使役するのである。


 少女は目を閉じた。


(あたしには、何の力も無い。月の色とか関係なく、そもそも……)


 精霊は同じ色の加護を受ける人の「お願い」をよく聞き、逆に、違う色の加護を受ける人の「お願い」は、ほとんど聞いてはくれないのである。

 しかしながら、世界の中には空に輝く月の色に関係なく精霊を使役出来る者がいる。どの色の精霊も使うことができる不思議な力を持つ者を『魔法使い』と呼び、魔物や妖精など、精霊と違って肉体を持つ『人ではないもの』の声を聞くことが出来るのも魔法と呼ばれていた。


(なーんにも、見えないし、聞こえもしないもんなぁ)


 少女には精霊の姿が見えない。気配すら分からない。もちろん精霊に何かを「お願い」することも出来ないし、魔法なんてもってのほかだった。

 少女の生まれた所では、そういう生き物や人たちは、空想や想像の世界の話だった。


(気配くらい感じてもいいのに、ちっとも何も分からないし)


 見えないものはおばけと一緒でいないのと同じ。少女の中にそう思う気持ちは(くすぶ)っている。

 けれども、どんなに疑って信じないとしても。少女は現にここにいる。一年もいて認めないわけにはいなかった。


 ここは、月が支配する世界。

 精霊がいて不思議な力が日常的な世界。

 誰にでも使える科学はほとんどなく、農作業に汗をかき、狩猟をして肉を得る。着る物は糸作りから始まり、自分たちで布を織り、縫い上げる。


 ここは別世界。

 自分のいた世界とは全然違うところ。


 少女はどの月の加護も受けてはいない。

 それが、少女がこの世界の『命』ではない動かしようのない証拠だった。


 ここでの暮らしは、少女にとって居心地の悪いものではなく、むしろ心地良かった。働くことも学ぶことも、少女にとって何の苦でもなかったからだ。


 心に振り積もる拭いようのない孤独感を除いては。


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