第十六話 精霊と祈り
取り残された二人は顔を見合わせて苦笑いした。
「あらー……まずった?」
少女は、自分の話が「嘘」だと思われた上に、対応が客への失礼に当たったのかと心配になった。
「希少生物だって良く考えたら失礼だよなー。気にすんなよ。あいつ、お前を泣かせた詫びも入れてかなかったしなー。失礼は向こう」
「それはあたしが勝手に驚いたから。あんたやりすぎよ。壁とテーブルの穴、どうするのよ」
短剣を引っこ抜きながら、言われたら直すー、とリクののんきな声が返ってきた。
「あんたって、さっきみたく、ちゃんとちゃきちゃきしゃべれるのに、何でいつもあほ全開なの?」
「あほって言うな。キリッとすると、あれはな、……疲れるんだ」
「そんな理由? あほリク」
「使い分けと言ってくれ」
「っていうか、リク、先に部屋に帰ったんじゃないの? 何でタイミングよく現れたのよ」
「はん? オレ蒼究月の加護受けてんだけど」
「知ってるけど。それが?」
「今年は蒼究月の加護を受ける精霊が起きてるだろ? 加護を受けてるってことは、精霊さえそこらへんにいたら、ちょっとお願いを聞いてもらえるんだ」
「色々やってくれるってことでしょう? リクのお願いって?」
「そ。今、食堂にスズいるかー? とか、どこかで見たかー? とか」
「へぇ。あれ? でもさっきの人、厨房には精霊はいなかったって言ってたけど」
「あのな、スズ。お前もしかして、そっこらじゅうに精霊がウヨウヨいると思ってないか?」
「違うの? だって、いるの普通なんでしょ?」
「村にはいっぱいいたけどなー。精霊は自然が好きなんだ。都会には村みたいにウヨウヨいないよ」
「そうなの? 都会には少ないんだ」
「そ。あんまりフヨフヨ飛んでたら目立つだろ? オレみたいのに使われちゃうし」
「じゃあ何であたしの居場所が分かったの?」
「簡単さー。草むらかき分けたり花の影とか見たりすると、精霊って良くいるんだ。オレに見つかってお願いされちゃった精霊がおまえを探しに窓からのぞいて見てまわったんだろ」
〈チュウボウでケンをモったオトコにナかされてるよ〉
そう精霊から聞いた時、リクは生きた心地がしなかった。手足が冷えて、心臓の音だけが異様に響いて。我ながら、我の失い具合に苦笑してしまう。
一方、少女は、精霊探しは夏休みの子どもの虫探しみたいだな、なんて思っていた。
草をかき分けてバッタを追いかけ、大きな石を持ち上げたらダンゴ虫かワラジ虫が出てくるみたいな。
「じゃあ、オレ祈らないとだから、もう一緒に部屋に帰ろうぜ。今日は働きすぎ。あとは宿の人たちが何とかするだろ」
「祈る?」
リクが少しげんなりして少女を見た。
「おまえって、本当に精霊に関しては右から左って言うか、興味ないよなー……。さっきみたく加護を受けたら……精霊にお願いをきいてもらったら、月に祈りを捧げるんだ。ま、ありがとうって祈るんだ。その祈りが月の光になって精霊の力の源になるんだよ。この祈りが終わるまで、オレに捕まった精霊はまわりをうろろして待っている。昼間ならともかく、月が出てるのにあんまり待たせるものじゃない。精霊だって怒っちゃうからな。三歳の子でも常識だぞ。覚えておけよ」
少女が目を見開いた。
「あたしラー……に散々助けてもらったけど、何にもしてないよ?」
「おっちゃんの精霊は、おっちゃんの祈りが源だから気にすんな。蒼究月の加護を受ける者が蒼の精霊にも加護が受けられるんだ。んで、月を通して感謝を捧げるんだ。スズが祈って、祈りが届くのかな」
ツンとしたリクの言葉は、少女の心にトゲを刺した。
「それ、きついよ」
「ホントのことだろー」
「何、怒ってんのよ」
「なんも?」
ただの八つ当たりである。
リクは、自分が来たのに、少女がいつまでもさっきの男の背中に隠れていたことが、どう考えても気に食わないのである。
(あの男、すっぽりとスズを背中に庇って、一分の隙もなかった。「俺の方が強い」は事実だろう。見るからの武人。剣を頼りに生きてきた人間の目をしていた)
武人といえば、月鍵七国の朱麗月の守護を受ける朱麗公国が特筆される。根っからの武人の国で、封建気風が強い一方で、弱い者には従うつもりもない下克上の国である。先程の男は黒い髪に浅黒い肌、赤い瞳という民族特徴も一致している。
(敷地内のどこかに朱麗公国のボンボンご一行様が学院受験のために滞在しているって、ソンドン爺さんが言ってたからな。大方その護衛の一人だろう)
少女は眉をハの字にしてリクを見た。
「……あたしを心配したの?」
「ん」
「……ありがと」
しょげる少女を見て、リクは息を吐き、気持ちを切り替えた。少女をいじめたいわけではないのだ。
「ま、ダメもとで祈ってみる? 精霊の加護を受けた後じゃなくても、何かにつけて月に祈りは捧げるもんだからなー」
少女の顔がばあぁっと輝いた。
「やる!」
ちょうど帰って来た調理師に、先程の男の用件を伝え(怒らせたことも)、二人は足早に部屋に帰った。
既に空には月と星が輝き、夜闇が深まっていた。




