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第一話 今、ここにいるから


あらすじをご確認ください。

本編全五十八話です。

最後までどうぞよろしくお願いいたします。


 

 忘れないで。

 ううん。

 たとえあなたが忘れても約束は約束よ?

 あなたがまたここに来たら。

 その時は……。





「スズ!」


 春の強い風に目を細めながら、少女は自分を呼んだ人影を振り返った。


「リク、どうしたの? 祭りの準備は?」


 今の季節を思わせる緑の瞳を持つリクがまっすぐに少女を見つめた。

 短い金髪は汗に濡れ、そばかすの残る頬に張り付いている。全力疾走してきたのが一目で分かるリクを、少女は不思議そうに見た。


「その祭りに出ないって、ホントかよ!」


「うん。そうだけど?」


「なんで、だよ!」


「なんでって。あたし、よそ者だし」


 リクが何かを言うよりも早く、少女は続けた。


「出ても何も分からないもの」


 あまりに当たり前のように言うので、リクはうまく言葉を続けられなかった。


「わ、分からなくたって、おまえは村の一員なんだし、よそ者なんて言うなよ!」


 少女は今日の今日まで、とても大切な祭りの準備を率先して手伝っていた。

 それがついさっき、「さて、あたしに出来ることはここまでね」と言って帰ってしまったというのだ。


 一緒に準備していた村人が慌てて引き留めたが、どこ吹く風で少女は行ってしまい、一番仲の良いリクに泣きついてきたという訳だ。


 リクは祭りの飾りつけ真っ最中で、その荷物を持ったまま慌てて(やしき)に向かい、途中で少女に追いついた。


「ねぇ、リク」


 急に真摯な顔つきになった少女に、リクは息を呑んだ。


「行き倒れのあたしを置いてくれただけで、皆には感謝のしようもないわ。死んでても、何もおかしくなかった。皆、優しすぎるわ。返すものは何もないのに、あたし」


 リクは黙って少女を見つめた。


 黒い髪と瞳。この国の者ではない顔立ちは、お世辞にも美人とリクには思えない。けれど、その瞳に映すのは芯の通った強い心の欠片かけら。決して愚かではない光が宿っている。


 そして、徐々に見せるようになったはじける笑顔に誰もが魅了された。あのおさが後見を進み出るくらいなのだから。


「リク?」


 リクはハッとして、何でもないと言った。つい見惚れてしまったなんて言える訳がない。


「出ろよ、祭り。ごちゃごちゃ考えてないで絶対だぞ! オレ、お前に言わなきゃならないことがあるんだ。渡す物もあるし。祭りが終わったら、白樺林の入り口で待ってるからな!」


 少女の返事を待たずにリクはきびすを返した。その両手に持っている飾りを付け終わった後も、まだまだやらなければならないことがあるのだ。


 少女はその後ろ姿を見送って、そっと溜め息をついた。

 返すものがない。自分はいつももらってばかりで。

 異質な自分を受け入れてくれた皆に、してあげられることは何もない。働いても働いても、ここの皆は自分以上に働き者だ。自分がいなくても、皆の生活には何の支障もない。自分の働きが助けになったことなど一つもない。むしろ、いつも手を止めてもらって何かを教えてもらいながら、自分はここに置いてもらっている。


 人が良すぎる、と少女が苛立つ時もあったくらい、この村は真綿のように少女を包んだ。

 感謝とともに、少女の心には日に日に無力感が募っていった。自分も何か役に立ちたい。けれど、何もしてあげられない。


 一つだけ、少女には考えていることがあった。皆に報いる多分唯一のこと。


「……ばか」


 リクが見えなくなってから少女もきびすを返し、世話になっている村長のやしきへと向かった。


 ここはフィトカ村。

 深い深い森が広がるフェーデレック王国の端っこにある村である。


 酷い嵐を越えた朝、少女は村と森の境に倒れていた。


 ボロボロの状態で村人に発見され、村長に養ってもらい、けがを治し、言葉を覚え、生活を必死に覚えた。

 それからおおよそ一年。


 温かな風が少女の黒髪をもてあそぶ。背中より少し長い髪はゆるやかに一つ結んだだけ。おしゃれには全く興味を示さない少女は、質素そのものの格好だった。唯一、ここに来た時に身に着けていた赤い髪留めだけ、前髪を斜めに留めるのに使っている。


 村長のやしきは小高い土手の上の一本道の先にある。

 少女はこの道がとても好きだった。厳しくて長い冬を越え、短い夏を迎えるまでのこの時期、一斉に色とりどりの花が咲き誇るこの道は、心が弾む色と匂いで溢れていた。


 その涼やかな香りを楽しんで、少女は村長のやしきへと入っていった。


「お帰り! スズ! さあさあ、着替えて行くよ!」


 少女を出迎えたのは、頭に花が咲いたよう……もとい、気の抜けた炭酸……もとい、笑顔垂れ流しのこの人こそ、行き倒れた少女を看病し、後見となり養ってくれているこの村のおさ、ライレットである。


 薄い金の髪に深緑の瞳。まだ四十いくらも超えていないその顔には、万年少年のような笑顔を浮かべる。妻子に先立たれており、このやしきに少女とリクと三人で住んでいるが、誰かしら村人がいつも居ついているので、三人暮らしという実感は少女にはない。


 なんだか一気に力の抜けた少女はぐったりした。さっきまで、なんか、こう、ものすごく深刻なことを考えていたような気がするが、ぱあああっと頭に花畑が展開された感があった。もちろん強制にである。


「早く! 早く! 私のかわいいスズが一番かわいいに決まっているんだけど、一番かわいくなるように衣装も飾りも作ったんだからね! さあ着替えて!」


 痛み出したこめかみを軽く揉み解しながら少女は言った。


おさ。祭りには行かない、と何度も言いました」


 長には前から言っていた。祭りに出る資格がないからと。


「うん、知ってる!」


 この一言が少女の怒りに火をつけた。


「知ってるとか知らないとか、そうじゃないでしょ!」


 言い返す暇も与えず、少女はまくし立てた。


「大体なんでここにいるんですか? 祭りの日は朝からお堂にこもって精神統一して、おさの精霊が眠るのを見守るんでしょ? 皆が一生懸命準備している祭りを何だと思っているんですか!」


 ライレットは首をすくめてちょっと笑って言った。


「だって、スズの準備」


「だってもクソもありますか! 早く戻りなさい!」


「クソ……って」


 一喝されて、ぽいっと(やしき)を追い出されたライレットは、なにやらブツブツ言いながらも、ぽてぽてとお堂に向かって歩き出した。


「まったく」


 怒り心頭、肩で息をしながら少女は呟き、息を整えてから自分の部屋に向かった。

 ちょっと気持ち悪いくらい自分にべたべたのライレットに対して海より深い溜め息をつくのは果たして何回目だろうか。


 改めて一つ溜め息をつき、少女は部屋の窓を開けた。少女に与えられた部屋からは、今歩いてきた一本道が見える。そしてその向こうには祭りの準備で賑わうというか、殺気立っている村が広がっていた。

 この村だけというわけではない。この国中、いや、世界中が祭りを行う日。もう数刻で七年に一度の祭りが始まる。


「信じるも信じないも、現に今、こうしていたらねぇ」


 ここは少女の生まれた国ではない。

 生まれた星でもない。


 そして、生まれた世界でもなかった。


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