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同じ枝で鳴いた鳥  作者: 悠々遙
16/19

十六

 藤が房親と共に消息を絶ったのは、三日後のことだった。


 父は藤の邸に押しかけ、女房たちを問い詰めたが何も知らないという。そのまま五日調べさせ、何の収穫も得られなかった父は、桔梗にも邸に行かせたが、そこで初めて女房たちが口を開いた。


「兄上様がおいでになったら、この文をお渡しするようにと。中身は誰も見ておりませぬ」


 上質な紙にしたためられた文を渡されたとき、桔梗はとても嫌な予感がしていた。


 ゆっくりと紙を開き、文字を目で追う。そして読み終わったとき、桔梗は思わず文を取り落とした。


「あ……あぁ……」


 その文は、どう読んでも遺書としか思えなかったのだ。




『桔梗の兄上。今まで、申し訳ございませんでした。お許しくださいとは申しませぬ。しかし、あの桜の下の約束を思い出してくださりませ。私は、あの約束のために生きて参りました。ただ、約束をお忘れの兄上が恨めしくて、あんなことをしたのです。


 ただ、貴方を愛していました。それだけなのです。


 暫しのお別れとなることを、ご承知ください。この文は誰にも見せずに燃やしてくださりませ』




 文の後には、別れの詩と涙の染みがあった。桔梗は、文を握りつぶして、その場に蹲った。そして、それと同時に、文に記されていた桜の思い出が一気に目の前に蘇った。




 §§§




 藤が五つか六つくらいの頃、西対の庭の桜が綺麗に咲いたからと、母と三人で眺めていた。庭を駆け回る子供たちと、それを穏やかな笑顔で眺める母。とても幸せな時間だった。


 ひらひらと舞う花びらを捕まえようとして、宙に飛んだ藤を受け止め、小さな手の中に薄桃色の花弁があることに気がついた。


「すごいな、藤!」


「はい!ははうえ、はなびらをつかまえました!」


「まあ、私にも見せてちょうだい」


 しかし、花弁を持ったまま母の元へ駆け寄ろうとすると、不意に強風が吹き、藤の捉えた花弁が飛ばされてしまった。


「あぁっ、はなびらがありませぬ」


「風に飛ばされたか?残念であったな」


「せっかくつかまえたのに……」


 桔梗は、泣きそうな顔をする藤の前にしゃがんで頭を撫でた。


「泣くな。花びらとは散って消えるもの。お前がもっておいたとしても、いつかは朽ちてしまうのだから、綺麗な内に手放したのはむしろ良いことかもしれぬ」


「あにうえ!そのようなさみしいこと、ききたくありませぬ!」


「あっ、すまぬ、余計なことを言った」


 拗ねてそっぽをむいてしまった藤の頬に掌を当てて、こちらへ向かせる。


「……わかっておりまする。このよに『とこしへ』のものはないと、おききしました」


「ああ、そうだな」


「……では、あにうえは?」


「え?」


 藤の大きな瞳が瞬いた。



「あにうえ、あにうえはずぅっと私と一緒にいてくださりますか?」



 いじらしい声に、桔梗は弟が愛しくなって、その丸い頬をつつきながら約束した。


「当たり前ではないか、私達は兄弟なのだから」


 大好きな兄の言葉に、弟は歓喜の声を上げながら兄の首に抱きついた。鬱陶しいくらいの桜の花びらが、二人の周りを飛んでいた。




 §§§




 何故、忘れていたのだろう。先に約束を破ったのは自分の方だったのだ。ずっと一緒だと約束したのに、元服してからは会いにも行かず、久しぶりに会ってから後は、拒絶してばかりだった。挙げ句の果てには、「お前が憎い」と言って逃げ出した。


「……ふ、じ」


 何故、何も返してやらなかったのだろう。二人きりのときに、誰も聞いていないときに、一言だけでも、本心を伝えていれば。


「……藤……っ」


 今更後悔しても、もう遅いのだ。


「――桔梗様はおいでか!」


 突如、聞き覚えのある声がした。女房をかき分け、ばたばたと騒々しく入ってきたのは――房親だった。


「房親?そなた、今までどこに……!」


「桔梗様!あぁ、良かった、貴方様に真っ先にお伝えせねばと……」


 涙に濡れた桔梗の顔を見た途端、房親の顔も歪んだ。


「……っ、我が主、藤の、君、が」


 よくよくみれば、房親の目は既に真っ赤に腫れていた。房親が話し始めるのと同時にそれに気づいた桔梗は、瞬時に耳を塞いだ。


「嫌だ、聞きとうない」


「桔梗様!いいえ、最後まできちんとお聞きくださりませ!」


 涙声の応酬に、その場にいる女房たちも一歩も動けずにいた。


「貴方様だけは、受け止めていただかねばなりませぬ!」


 腕を捕まれ、耳に蓋をするものがなくなった。目の前に迫った房親の顔は、涙と砂で薄汚れている。



 ――嫌だ、嫌だ、聞きたくない。聞いてしまえば、あの文に記されたお別れが本当になってしまう。



 そんな桔梗の祈りも虚しく、房親の口から発されたのは、この世で一番残酷な報告だった。




「――我が主、藤の君は、三日前に、この私、房親の目の前で、自ら……鴨川に御身を投げられました」




 女房たちが口々に騒ぎ出し、動揺が邸中に広がる。桔梗はその中心にいながら、一言も発することができずに、泣き崩れた房親の背中をただ呆然と見つめていた。

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