十三
房親が止めるのも構わず、桔梗は邸内を闊歩し、文の送り主と対面した。藤はどことなく気怠そうな様子でくつろいでいる。
「これは兄上。どうなさいました、左様に切羽詰まったご様子で」
藤の姿を見ると、反射的に手が震えた。まだこの間の狼藉に体が怯えているのだ。しかし、ここは妻のためと思い、感情を抑えて静かに話しかけた。
「お前と二の姫がやりとりしている文について聞きに来た。お前、あの方の病に何か関係があるのではないか?」
「……何だ、そのことですか。私は何もしておりませぬよ。きっと、疲れがたまって、お風邪を召されただけです。兄上こそ、こちらへいらっしゃっていて良いのですか?ご看病は」
「お前に言われなくとも、誠心誠意努めておる。余計なことを申すな」
つい喧嘩腰になってしまったが、これでは文の内容が聞けないので、桔梗は、咳払いしてその場に座った。
「私は真のことが知りたいだけだ。接点のないお前と姫が、どんな言葉を交わしていたのか」
真剣に問うが、依然として藤の視線は床に落とされたまま、交わることはない。
「――申し訳ありませぬが、兄上にはお教えできませぬ」
「何故だ!私は姫の夫で、お前の兄であるのだぞ」
「それ故に、です。貴方にだけは、お見せできませぬ。私のためだけではありませぬ、姫と兄上のためにも、知られぬ方がよろしい」
静かに拒絶され、桔梗は狼狽した。いつもなら、声を荒らげていそうなものを。
また、少し面やつれしたように見えるのは気のせいだろうか。この様子では、本当に姫にあだなすようなことはしていなさそうに思える。
「……そうか、わかった。急に訪ねてすまなかった。お前も調子が良くなさそうに見える。もし気分が悪いなら、今日は休むと良い」
弟への気遣いとして優しい言葉をかけてから、桔梗は邸を出た。
残された藤は、一度も兄の帰った方を見ないまま、両手で顔を覆う。
「……何故、まだ私にあのようなお言葉をかけてくださるのだ。私はあれほど酷いことをしたのに……!」
藤の右手の親指の付け根には、痛々しい傷跡がある。つい先日、兄に噛まれた傷だ。母に気づかれないように口を塞いでいたら、いつのまにか噛まれていた。その傷がじくじくと痛む度に、虚ろな兄の瞳が、その端から流れ出る熱い涙の塩辛さが、鮮やかに蘇る。
「私は、一体何をしているのだ……?兄上の心身を傷つけ、あれほど私を気遣ってくれた女人を怨んで。私さえいなければ、お二人は何の障りもない仲睦まじい夫婦でいられるのに――」
「藤の君」
不意に呼ばれて顔を上げると、房親が心配そうにこちらを覗いていた。
「ご気分がよろしくないのですか?帝がお召しですが、お断り申し上げた方が?」
「い、いや……すぐに参る」
目の端に浮かんだ涙を拭い、乱れた衣を替えようと立ち上がると、房親に背を撫でられた。
「……御兄君のことで、お悩みでいらっしゃるのでしょう。私にできることなど微々たるものですが、私は何があっても貴方の乳母子でございます故、少しは頼ってくださりませ」
房親の優しい声に、藤の胸がつまる。自分には、まだ味方がいるのだと、そう思えるだけで心がいくらか軽くなった。
「そう、だな……では、房親」
「はい」
藤は、不器用に笑って言った。
「もし、私が姿を消すと言ったら、お前は手を貸してくれるか」
房親は、冬だというのに、眼前に桜の花びらが舞ったような気がした。




