十二
翌日は大納言家に泊まったが、二の姫を前にしても昨日のことが思い出されて、指一本触れられずに眠りについた。
そのことを不安に思った姫が、夫の様子を注意深く観察し、一つの仮説を立てて、桔梗の女房頭たる中将に迫ったことを、桔梗は知らない。ほぼ真実と同じといえる説をまくし立てられ、困った中将は一つだけ助言した。
「様子のおかしな夜には、そっと殿方の体を観察してみると、何か証拠があるかもしれない」
勿論、中将としては、秘密の関係なのだから、そんなものが残っているはずがないと思った上での発言だった。
しかし、うら若い姫が助言の通りにして、夫の体にその証拠を発見してしまい、傷心のままに夫が外泊する場所まで調べ上げ、すべてを記した文を送っていたとは、さすがの中将も思わなかっただろう。
たった十四歳の新妻には、この事実は耐えられなかった。文を出し終えてすぐに彼女は倒れ、しばらく床につくこととなってしまったのだった。
「おお、姫や……俄にわかに倒れたと聞いて様子を見に来たが、枕もあがらぬ容態とは!」
枕元で騒ぐのは姫の父、大納言だ。可愛い娘が病に倒れたとなれば、なりふり構っていられないのだろう。医師くすしは大事ないといったが、心配で仕方ないといった様子だ。
「父上……私は平気ですから、ご出仕なさってくださりませ。皆がついておりますから……」
「こんなに若い娘が病など……まさか、呪詛などをしている者がおるのではあるまいな!陰陽師を呼べ!」
「……!」
二の姫は目を見張った。呪詛などされる覚えは全く――いや、心当たりはあるが、あの方はそんなことをする人ではない。
「姫、儂は必ずそなたの病の元を突き止めるぞ。待っておれ」
「父上……まだ、そうと決まったわけでは――ああ、行ってしまわれた……」
鼻息荒く出て行く父の後ろ姿が見えなくなってから、二の姫は無理矢理起き上がった。女房に止められたが、きつく命じて筆と紙を持ってこさせ、とある文への返事を書き始める。
「私は……負けるわけにはいきませぬ、桔梗様……」
翌日、知らせを聞いた桔梗が姫の元へ飛んできて、手ずから看病を始めた。その甲斐甲斐しい様子に大納言家の女房たちも感心し、ともに病の快癒を願っている。昼過ぎ、姫が眠っているときに一通の文が届いた。
「姫様へお文が届きました」
持ってきたのは二の姫付の若い女房だった。まだ独身で、蓮っ葉なところがあり、年嵩の女房によく注意されているのを桔梗も目にしたことがある。
「姫はよくお休みだ、私にみせておくれ。ご友人からか?」
「はい、近頃よく文を交わしておいでです」
「何処の姫君だろうか。お手蹟を拝見してみよう……ん?これは、男の文字ではないか、それに」
桔梗は息をのんだ。見間違えるはずがない。これは何度も目にした、藤の手蹟だ。
「中はなんと……?」
さっと目を通したところ、二の姫の文への返事、という感じだった。
しかし、『貴女が仰るようなことはございませぬ。私の想いがどんなに貴女を怨んでいたとしても、神仏のお守りのあつい貴女に届くはずもない』とはどういうことなのか。
怨みの理由は容易に想像がつくが、二の姫自身が知るはずはない。そもそもこの二人が文を交わしていること自体がおかしい。
「殿、どうなさいましたか?お知り合いのお文で?」
「……少し出かけてくる」
文を女房に押しつけ、足早に室をでる。本当は行きたくないが、向かう先はただ一つだ。




