婚約破棄され、売られた伯爵令嬢
ようやく孤独から抜け出し、辺境伯ロキと婚約を結んだ。もうひとりぼっちじゃない。彼から必ず幸せにすると約束してくれた。
ロキは辺境伯であり、その人柄の良さも十分に理解できていた。これだけ誠実な人なら、きっと上手くやっていける。そう思った。
けれど、ロキはある日、わたしを呼び出してこう言った。
「……婚約破棄するよ、エニス」
「はい? なにをおっしゃるのですか? 御冗談でしょう?」
「冗談なものか。俺は至って真面目。悪いんだが、俺の為に“金”になってもらう」
「……は? は? 金? どういう意味ですか」
問い詰めると彼は嫌そうな顔をして、手を叩く。奥の部屋からゾロゾロと衛兵が現れてわたしを取り囲む。
「悪いな、エニス。お前を信用させるのに苦労しなかった」
「意味が分かりません!」
「意味? 意味などないさ。エニス、お前はな……俺の借金返済の為に“売られる”んだよ」
「売ら……れる?」
「ああ、お前は美しいからな、それだけの価値はあるという事だ。つまり、俺は最初から君を愛してなどいないし、金にしか興味がなかったというわけさ」
うそ……うそよ。
だって彼はお金に困ってないって……お屋敷だって立派なのに。も、もしかして……わたしの他にも騙して……そういう事なの?
「わたしをどうする気ですか!」
「言ったろう。売るとな。大国アトリーズの奴隷商人は美しい女性を高く買ってくれる。お前ほどなら一生遊んで暮らせる額かもな。あはははは!!」
高笑いして見下すロキ。
ひどい、ひどいわ。
「放してっ!!」
「そうはいかん。ここでお前には眠って貰うぞ」
――それから、わたしは意識を失った。
◆
目覚めたとき、わたしの首と手足には鎖が繋がれていた。重くて、キツくて、痛い。……わたし、本当に売られたんだ。
今は馬車らしき中にいた。
「……大国アトリーズへ向かっているの?」
しばらくして馬車は止まった。
馬車を操る『御者』が現れ、わたしを鋭い目つきで睨む。……彼はいったい。アレ、しかも鎖を外してくれている。
「どうやら気づいたようだな、エニス」
「あ、あなたは……?」
「僕は“ジークムント”という帝国の聖騎士さ」
「ジークムント……帝国の聖騎士様!? わたしを大国に連れて奴隷にするんですか……」
金の髪を爽やかに靡かせるジークムントは、鋭い目つきを一転させ、優しい穏やかな表情をした。よく見ると腰には剣を携えていた。その格好も立派で、騎士そのものだった。
「そんな事はしないよ」
「え……」
「僕はね、ちょうど大国アトリーズの奴隷商人共を壊滅させてやったところでね。その帰りにたまたま残党と君を発見したんだ。ほら、見てご覧、あっちにボロボロになっている馬車があるだろう。
この馬車も含めて奴隷商人のものさ。だから、二つある内の一つの馬車を奪って、奴隷商人に変装してロキと取引をして君を連れ出したわけさ」
草原の向こうに滅茶苦茶に破壊された馬車があった。このジークムントという騎士は、助けてくれたのね。……良かった。わたしは安心して思わず涙が出た。
「ありがとうございます、騎士様」
「いいよ。僕はどうしても奴隷商人が許せなかった……。三年前、僕の妹も売られてしまってね……辺境伯ロキが特に許せないんだ」
「……ジークムント様の妹さんも騙されて……」
「そうだ。妹はアトリーズで散々な扱いを受け……この世を去った。だから僕は妹の無念を晴らすために聖騎士となった。もうこれ以上、被害者を出さないためにね」
それを聞いてわたしは、ショックを受けた。ロキそんな悪魔のような人だったなんて思わなかったからだ。あんなにも優しくて温厚な人が……実は、奴隷商人と繋がりがあって……女性を騙していたなんて……あまりにも酷い。
「お願いです、ジークムント様……ロキを……、あの人でなしに制裁をお願いします」
「ああ、今から戻るところだ。どうする? エニス、君も来るかい?」
「はい……この目であの男が罰を受けるところを見届けたい。そうではないと……許せないんです」
「分かった。馬車に乗ってくれ」
◆
辺境伯のお屋敷に戻った。
異常を察知した衛兵十人と、ロキが現れた。
「何事だ!! ……って、さっきの奴隷商人ではないか。何をしに――なッ! なぜだ! なぜエニスが戻って来ている!!」
静かにジークムント様が前へ出る。
「辺境伯ロキ。僕はランゴバルド帝国の聖騎士・ジークムントだ。三年前、妹のエマを騙し、売ったな! そして死に至らしめたこと……今日までずっと忘れなかったぞ」
「き、貴様……あの没落貴族のバーレイグ家の長男か!! 貴様は価値のない奴隷として売り飛ばしたはず!!」
「ああ、大変だったよ。この三年間……血の滲むような毎日。僕はずっとこの日の為に剣技を磨き上げ、聖騎士にまで上り詰めた。悪漢ロキ、ここで沈め」
「ふ……ふざけるなあああああ……!!!」
発狂するロキは、衛兵十人を差し向ける。さすがのジークムント様でも、あの手練れを相手に――え。
鞘から剣を抜かれるジークムント様は、刃を赤く光らせ、力強く振った。その力は暴風に匹敵。衛兵十人をまとめて吹き飛ばし、戦闘不能にした。
「す、すごい……」
刹那の出来事に、わたしはただ驚くばかりだった。これが聖騎士の力……。
「……ば、馬鹿な。……ありえん……ありえん!! あの奴隷が……どうして、どうしてだァ!!」
「ロキ、罪を認めて観念するがいい」
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなあああああああああああああああああああ…………」
護身用に持っていたのだろうか、ロキは剣を抜いた。でも、ジークムント様はあまりに強かった。目にも止まらぬ動きでロキの両手を吹き飛ばしてしまった。
「へ……ぎゃああああああああああああああああああ!!!」
ジークムント様の攻撃はそのま続いた。更に両足すら簡単に切断。
「ぬおぉああああああああああ…………」
ロキは情けなく絶叫し、地面に倒れた。
「罪を認めるか、ロキ」
「……お、おれのてぇがぁ、あしがぁ…………」
「分かった、もういい」
剣の刃を真っ赤に染め、ジークムント様は思いっきり剣を振り下ろした。次の瞬間には、爆風が飛んでいき、ロキとお屋敷を跡形もなく消し飛ばしてしまった。
な、なんて衝撃なの……目の前に雷が落ちたみたいな物凄い力。こ、ここまでとは思わなかった。でもこれでロキは消え去った。
「……ジークムント様」
「終わったよ、エニス」
「しかとこの目でロキの最期を見届けました。わたしも含め被害者の方々は、ジークムント様に感謝しております」
「そうだといいな。でも、ありがとう、エニス」
ようやく笑顔を見せて下さった。
わたしも彼に笑顔で感謝を示した。
◆
一週間後。
ランゴバルド帝国・バーレイグ家。
ジークムント様に抱きかかえられ、ベッドに押し倒されていた。わたしと彼は婚約を結び、永遠を誓った。
「愛しているよ、エニス」
「ジークムント様、嬉しいですっ」
あのロキの一件から、ジークムント様は英雄視され、帝国の民に留まらず周辺諸国からも絶大な人気を得ていた。狙う女性も多く、わたしは焦っていた。けれど、わたしに振り向いてくれた。
「君のような心の強い女性が好きなんだ」
「わたしなんて……」
「いいや、エニスは最後まで僕を信じてくれて、ついて来てくれたじゃないか。ここまでね。もうこの焔の瞳には、君の姿しか映っていない」
宝石のようなルビー色の瞳には、わたしだけが映し出されていた。それが嬉しくて、たまらなくて、瞼を閉じた。
唇にそっとキスをしてもらい、わたしは涙が零れ落ちた。わたしはもう、ひとりぼっちじゃない――。
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亡国の大聖女 追い出されたので辺境伯領で農業を始めます
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