06.生配信終盤
時計の針を見つめると13時30分を指していた。12時に生配信を開始したので、もう少しで2時間話したことになる。
「そろそろ配信を終わりにしようかと思います。要望が多かったトケルとパコリカを歌って終わりにする予定です」
影山がそう伝えれば、コニコニ動画では不満の声が相次ぐ。
「もっと配信してーー」
「時間はあっという間」
「……俺も寂しいよ♂」
「延長して」
「ホモコメ滑ってる」
「太陽くんに会いたい(切実」
「また生配信してほしい。。。」
「アーカイブ残りますか?」
そんなコメントに影山は優しく声をかける。
「また近いうちに配信することを約束します。アーカイブは残りますので、寂しくなったらいつでも見てください」
その発言にコニ民は盛りあがる。優男とのコメントが相次ぐ。
影山はパコリカを歌う。
「パコりーー」
影山は命の大切を彷彿とさせる歌を歌う。
コメントは絶賛する声が相次ぐ。
「うますぎ!!!」
「声がいいよね」
「【朗報】俺氏、子を妊む」
「嫌なことがあったけど、太陽さんのお陰で立ち直れる気がする」
「ホモコメ消えろ」
「本家より好き」
「本家否定は違う。どっちもいいよ」
実際越えられる実力はなく、本家の方がうまいのだが、臭いものに蓋状態のコニ民に真っ当な意見を求めるのは酷だ。
影山は絶賛のコメントに口元がモゾモゾと動く。マスクをしてるのでコニ民にはバレないが、僅かに声だけはテンションを感じさせる。
「ありがとう。みんな褒めすぎだから」
持て囃されて気持ちがいい影山は調子にのる。
「次はトケル歌います! ちょっとだけ踊ろうかな?」
影山はダンス未経験者だったが、心地よい感情が脳みそを腐らせてしまった。
影山は立ち上がると適当に手足を動かしながら、決めポーズやウケが良さそうな踊りをする。壊れかけたロボットのように不審な動きをすると、不健康な体に堪えたのか息が激しくなる。下手くそな歌声は更に醜く変化した。だが、信者は盲目である。太陽がどんな過ちをしようが庇ってくれる。
「息遣い荒くてエロいwww」
「ずっと見ていられる///」
「歌って踊れるなんてアイドルみたい!」
「太陽、またお前の子を孕みそうだ」
「やばい(//∀//)」
「孕んでも太陽くんは私のものでs((」
そんなコメントをじっと見つめる美園花恋。
「モテるなぁ太陽くんって」
ポツリと零す言葉。そして美園花恋は先ほどの影山のことを思い出す。
「美園さん、キーホルダーどうしたの?」
カバンに付けてたはずのキーホルダーに真っ先に気付く影山。
美園花恋は笑って誤魔化す。
「あー失くしちゃって?」
「じゃあ探さないと! 親から貰った大切なものだろ?」
以前、見たことがないキーホルダーを付けてきたので話題すると、満面の笑みを浮かべて親から貰ったと告げた美園花恋。影山はそのキーホルダーが特別なものだと知っていた。
影山は廊下に出ようと足を一歩踏み出す。そんな影山の姿に美園花恋は腕を強く握った。
「もういいって。探さなくても大丈夫だから」
強めに発する言葉。不安が見え隠れする姿に影山は真剣に問う。
「何かあった?」
「何もないって。そっとして」
「じゃあ何で泣きだしそうな顔してるの?」
確信めいた言葉。美園花恋は張り詰めた糸が切れたように思わず泣いてしまう。言い返せなかった悔しさ、親から貰ったキーホルダーを簡単に渡してしまったこと、そんな事実に耐えきれなかった。
影山は入れっぱなしのポケットティッシュを差し出した。
「僕の前では笑ってほしい。美園さんが泣いてたら、僕はどんな道化にだって化けてみせるよ」
「……ありがと、影山くんは優しいね。何でみんなは影山くんの良さに気づかないのかな?」
「僕がコミュ障だから?」
遠慮がちに答える影山。
美園花恋は恥ずかしそうに返す。
「……私、影山くんの良いところは誰にも知られたくない」
「えっ、それって酷くない?」
「だって、バレたら影山くんに好意を抱く人が増えるでしょう?」
顔を真っ赤に染めながら言葉にする美園花恋。そんな彼女に釣られるように、影山も顔を赤くする。心地よい鼓動が全身に駆け巡る。
お互い顔を俯き、暫く沈黙がながれると、耐えきれなくなった影山は照れくさそうに笑った。
「な、なんだよーこれ! なんか変な感じがするじゃんかー」
「なんか変に心臓の鼓動がドキドキする、なんだろうねコレ?」
「わからない。でも僕も美園さんと同じように心臓がうるさいや」
チラチラと伺うように見つ合う二人。これが恋じゃなければ、なんと言えばいい。奥手な二人は答えを見い出せないまま笑い合う。
その後、影山はキーホルダーの話を聞くと怒りを露わにした。いつも穏やかで、憤慨する姿を一度も見たことがない彼女は驚いた。影山は自分のことをコミュ障と自己卑下してるが、友達のためなら我が身を犠牲にするほど強い心をもっていた。
そして影山は迷いすらみせずにハッキリと言った。
「おかしいよ! そんなの無理矢理奪ったと変わらないし、都合のいいときだけ友達扱いするなら、それは本当の友達じゃない。本当の友達は口で言わなくてもお互い心でわかるものだろ?」
影山の言葉が美園花恋の心に刺さった。頭のなかでグジャグジャになった複雑な靄は彼の言葉で晴れた。都合のいいときだけ頼る友達は本当の友ではない。その言葉が心を浄化する。
勇気をもらった美園花恋は、キーホルダーを返して貰おうと行動を移そうとする。
「待って。僕が言いに行く。きっと彼女はうまいこと言って返さないだろうし、美園さんに酷いことを伝える恐れがある。僕は君が傷つくところはみたくないから」
ふと思い出す言葉。美園花恋は思う。
ーー何で私は影山を嫌いになったんだろう?
美園花恋は影山と顔を合わせれば、必ず顔を顰める。助けてくれたのに何故?
ーーそれに太陽くんを見ると影山を思い出す
彼はブサイクだ。それはそれは醜い顔をしている。分厚い唇と四角い顔。鼻は大きくて目は細い。でも彼は誰よりも優しくて親身になってくれた。もし心が顔に影響するなら、きっと彼は全身が眩く光り輝くイケメンだろう。
美園花恋は影山のことで頭がいっぱいになる。気づけば太陽の配信は終盤に差し掛かっていた。
「トケルどうでしたか? お気に召していただけたなら嬉しいです。次は動画が出来次第投稿します」
太陽は両手を広げながら、ゆっくりと手を振る。そんな姿を頬を緩めながら見つめる美園花恋。
ーーまっいっか。太陽くんは太陽くんだし
そんなことを思いながら美園花恋はスマホを切った。
生配信が終わると、影山はマスクとサングラスを外す。
「ふぅ、暑かったぁ。かなり蒸れるからマスクは疲れる」
そんな独り言を言いながらツイツイターをひらく。するとDMが一通届いていた。フォロワーはリプ欄に感想を残すことが多いので不思議に思う。
DMを開くとそこには有名ゲーム実況者からのコメントが寄せられていた。
「太陽さん初めまして。シュウと申します。主にコニコニ動画でゲーム実況を投稿している者です。太陽さんの人気はかねがねお伺いしております。実はコラボをしていただきたい思い、ご連絡を差し上げました。coniconi.syu ☆pacoru.com まで連絡いただければ嬉しいです」
影山はDMを呆然と見つめる。シュウのアイコンは顔写真だった。それは影山と違い、ファンが描いた無駄にイケメンな絵ではなく、生身の人間だった。マスクとサングラスはせず、誰もが認める整った顔だ。しかも女子ウケが良さそうな顔である。