05.生配信開始
「こんにちは、太陽です! 無事配信されていますか?」
英文字帽子を被り、サングラスとマスクで顔を隠しながら生配信をする影山。後ろは真っ白な壁にし、勉強机の椅子に座りながら愛想よく話す。
固定したスマホからは、ロボットの音声機能がコメントを拾う。
「無事配信されてるよ〜」
「配信大丈夫」
「ok」
「太陽くんの生声ばっちり」
「え? イケメンがいる!?!」
「スタイルよくない?」
「配信きたーー」
「顔も完璧とか人生勝ち組かよ」
「マスク外してー」
「いや、帽子wwwww」
「帽子ダサすぎ草」
サングラスとマスク、外を出歩けば不審者間違いなしの格好だったが、声に魅せられた盲目女子達は甘いコメントを書き込む。
口裂け女もマスクをすれば誰もが振り返る美女のように、ブサイクでもマスクさえすれば誰だってイケメンになれるのだ。
影山は言葉を発する。
「まずは自己紹介がてら雑談をしたいと思います。なにか質問ありますか?」
加速するコメント。あまりにも流れが速すぎるので、読み上げ機能がうまく起動しない。影山はノートパソコンからコメントを拾うことにする。
「太陽くん、大好き!」
「彼女いるの?」
「生配信嬉しい」
「何で帽子にDressing is a way of life(服装は生き方だ)って書いてあるのwww」
「帽子ネタですか?笑」
「帽子ウケるww」
影山は英文はカッコイイと思い込み、好んで英文が書かれた服や帽子を着ていた。ガキくさい浅はかな思考だが、ぼっちの影山はダサいと指摘してくれる友達は誰一人いなかった。GOOD LUCKと書かれたtシャツ、よれよれのジーパンを履いて生き方を語る姿はとても滑稽で面白かっただろう。
影山は語る。
「ええ……帽子カッコイイでしょう? 後、彼女はいないですね」
彼女はいない。その発言に盛り上がるコニ民。影山はチヤホヤされるのが嬉しく感じ、学校生活のことを話す。
「実は悩んでることがありまして、俺が教室に行くと必ず女子に弄られるんです」
女子から陰口を叩かれる、そう伝えたかった。だがコニ民は太陽がクラスのムードメーカーでチヤホヤされてると勘違いする。
「モテモテですね」
「歩くたび耳を孕ませる男」
「太陽のように輝くイケメン」
「私も弄りたいw」
「声で抜ける」
「彼女にして((」
流れるコメントをみて、影山は慌てて否定する。
「い、いや! そんなモテモテとかじゃなくて……」
そんな焦った姿にコニ民は嬉しそうにコメントする。
「え、可愛い」
「慌ててる〜笑」
「動く右手可愛いぃぃぃ」
「俺も太陽のこと好きだよ♂」
「焦った姿も可愛いです(*^^*)」
「結婚して!!!!」
「サングラス高そう」
そんな内容が相次ぎ、影山は苦笑する。普段から陰口叩かれる姿とは異なり、今は想像以上に持て囃される。恥ずかしい気持ちと嬉しさが入り混じる。
影山は口にした。
「サングラスは百均です。普段つけないので……」
遠慮がちに答えると、コメント欄は盛りあがる。
「有名ハイブランドだと思った」
「イケメンだと高くみえる」
「早くトケル歌ってほしい!」
「サングラスになりたい((やめいw」
「好きなタイプ教えて!!!」
「似合ってるよ(イケボ」
好意的な声が相次ぐ。だが、サングラスとマスクを外して素顔を晒せば正反対の中傷だらけになるだろう。コニコニ動画とはそういうものだ。
影山はコメントを拾う。
「好きなタイプですか? それ需要あります? とりあえず俺は、黒髪で優しくて気が利いてポニーテールの子とか可愛いと思います」
ふと頭に浮かぶのはムーンだ。明るくて毎日コメントをくれて、思い遣りがある優しい子。そんなイメージだ。
ポニーテールは影山の個人的な趣味だったりする。昔、美園花恋が隣の席になったとき、黒髪ポニーテールをしていたのだ。揺れるたび仄かに香るシャンプーの匂いが堪らなく唆った記憶がある。そのときは挨拶をしてくれる優しい子だったが、今は影山の顔を見ると顔を顰めるほど嫌われてしまった。
「私、黒髪ポニーテール。彼女になっ((ry」
「太陽くんは清楚な子が好きっとφ(..)メモメモ」
「【悲報】俺氏、ハゲでフラれる」
「ホモコメ消えろ!」
「太陽くん、前髪パッツンだ!可愛い」
「ホントだ!自分で切ったのかな?」
「パッツン似合ってるよ」
「私もパッツンにしようかな?」
このコメントには、普段から影山の陰口を叩く二人もいた。淡い恋心を懐きながら、応援しているイケメン太陽があの影山だとは一切知らない。
そして美園花恋も太陽が影山とは露知らず、ニマニマ微笑みながら生配信を視聴していた。スマホから流れるコメを見ては自室で独り笑いする。
「太陽くん、男からも好かれるなんて可愛い〜。私も同じ空間にいられたら幸せなのになぁ」
ベットに横になりながら、楽しそうに足をバタ足させる。
「ポニーテール私もしてたけど、影山に似合ってると言われてからしなくなったんだよねぇ」
ふと思い出すのは、影山が今ほど嫌われていなかった頃だ。入学当初、影山と隣の席になった美園花恋は愛想よく挨拶をした。
どもり声ときょどる姿。不審で違和感を覚えたが、次第に心が通じ合うとそんな違和感もなくなった。美園花恋が忘れ物をすれば、自分の教科書をさり気なく渡し、影山は自分が忘れ物をしたと教師に借りに行く。
そんな優しい姿に美園花恋は心を許していった。だが、そんな日常は長くは続かなかった。美園花恋がブランドの雑貨を持っていることでよくつるんでいた友達に目をつけられてしまったのだ。
「このキーホルダーって3万もするやつじゃん? 金持ちっていいね。ちょうだいよ、お前にとっては三百円くらいでしょう?」
美園花恋はあまりの出来事に言葉が詰まる。沈黙がはしると友達は言う。
「つか、目障りなんだよね? みんなお前が校長の孫なのと金持ちだから近づいてるって気づかない?」
完全な言いがかりだが、美園花恋は信じてしまう。心許した友達だったので、友情を失うのを恐れてキーホルダーを渡してしまう。
「えーマジでくれるの? ありがとー花恋。やっぱり私達は親友だよねぇ」
機嫌よくキーホルダーを指で回しながら去る友達を無言で見つめる。
美園花恋が教室に入ると、浮かない顔をした姿に気づく影山。
「どうしたの? らしくないね」
美園花恋は、いつも笑顔なイメージがある影山は疑問に思う。
「別に影山くんには関係ないでしょ?」
やさぐれた美園花恋。どこか素っ気ない。
影山はそんな美園花恋の顔を覗く。
「今日はマイナスイオン流れてないね」
「なにそれ?」
「美園さんは、僕と違って周りを和やかにする空気があるんだよ。太陽みたいに輝いて、僕はそこらへんの影みたいな?」
「なにそれ、面白いよ影山くんっ」
美園花恋は先ほどの落ち込みが嘘のように腹の底から爆笑する。そんな姿にほっとする影山。
「美園さんは笑ってた方が可愛いよ?」
「それって落ち込んでたら可愛くないってこと?」
美園花恋は意地悪そうに言う。
影山は慌てて否定する。
「ち、違うよ! 美園さんはどんな姿でも可愛い……って、あっ」
大それた発言に顔を俯き、顔を真っ赤にする影山。そんな姿を美園花恋は弄る。
「可愛い〜照れてる! 影山純太、本当に名前通り純粋なんだね」
「か、からうのはやめてください……」
「やめないよーだ」
そんな記憶を思い出す美園花恋。
ーー何故今、思い出したんだろう?
再び美園花恋は太陽の配信に聞き入るのだった。