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31.溢れる愛


 雨音のような細かい音が反響する。薄い扉の向こうには、シャワーを浴びているひとりの女性。影山はそんな思いに耽けていると、やけに波立つ心。

 一歩足を踏みこめば、そこには生まれたままの姿をした女性がいる。たったそれだけで燃え盛る炎。影山は必死に平衡心を保とうするが、邪な心が邪魔をする。

 悶々としたやましい気持ちを抑えるように、ベッドの上で手を組んでいると、突然シャワーの音が止まった。

 思わず立ち上がり、意味もなく部屋を行き来すると、真っ白なバスローブ姿の彼女が近づいてきた。


「おまたせ」


 身体から湯気が立ち、濡れた緑髪から滴る雫が頬を濡らせば、彼女の色っぽさを存分に惹きだしている。

 影山は生唾を飲み込み、挙動不審になりながらも告げる。


「お、俺も浴びてきます」

「うん。待ってる」


 影山は浴室で衣類を脱ぐと、鏡で己の裸体を凝視する。

 不健康的で痩せこけた身体、細い瞳と蛙のような口元は、お世辞でもカッコいいとは言えない。

 そんな男があんなに可愛い子と繋がってもいいのだろうか。

 そんな悶々とした思いを抱えながらシャワーを浴び終わると、真っ白なバスタオルを腰に巻いてベッドへと急ぐ。するとベッドの上で不機嫌そうに毛布を独り占めするムーンの姿。

 

「遅い」


 拗ねたように口元を膨らませ、続け様に告げる。


「湯冷めしちゃった。本当は一緒にお風呂に入りたかったのに」

「いいい、一緒にお風呂!?」


 思わず吃る影山。そんな姿をみて、ムーンは悪戯げに口元を緩める。


「最後は一緒に入ろうね?」

「ふ、ふぁいっ」


 耳まで真っ赤にし、動揺してる影山にさらなる追い打ちをかける。


「太陽くん、寒い」


 雨に打たれた仔猫のように身体を震わせ、チラリと見つめる熱っぽい瞳。庇護力擽る仕草と痺れるような甘声は、一瞬で影山の思考を奪われる。

 思わず生唾を飲み込むと、プールに飛び込むように彼女に抱きついた。



 凸凹(でこぼこ)のパズルピースを組み合わせた瞬間、二人の熱はピークに達した。


 夢心地のまま、大人の真似事をし合えば、二人の愛は深まっていく。不透明な愛を確かめるように唇を何度も重ねれば、脳は心地よさを求め、正常な判断を鈍らせた。


「太陽くん、一緒に写真撮ろう?」

「いいよ」


 蜃気楼のように歪んだ世界。ボンヤリとした脳内は、全てが歪んでみえる。あれほど拒絶していたオフパコと写真も、二人の世界観に浸れば、流されるようにこの身を任せてしまう。 

 甘っとろく、ゆったりとした時間が流れていくなか、ふと目と目が合う二人。

 擽ったい瞳が影山の瞳を見据えれば、次第に熱い抱擁をすると、絡みつくような甘いキスを交わした。


「好き」

「……俺も」


 鳴り響くリップ音。無音の部屋で鳴り響く口づけが、秒針のように音を奏で、己の欲求を少しずつ満たしてゆく。

 彼女の紅色の唇が次第に影山の口から頬に滑り込めば、薄っすらと残る赤い跡。

 そんな愛の余韻を、悪戯げな笑みで見つめれば、徐々に不敵な笑みに変化(へんげ)する悪女の唇。

 悪女(ムーン)は表情を隠すように、口元を薬指で拭えば、ほんのり指先に移る口紅の跡。


「写真撮っちゃった」


 色気溢れる声が影山の耳を掠めれば、彼女の潤んだ瞳が物欲しげに何かを求めている。

 影山はそれに応えるように、優しく髪を撫でた。


「見せて」

 

 スマホを握る手を強引に引き寄せれば、そこには男女の生生しい関係が写っていた。 

 頬に残る口紅の跡と、ディープなキスを交わし、二人の唇から滴る細い糸。一目見れば、男女の仲になったことが一目瞭然となっている。  


 ムーンは、そんな如何わしい画像を見るとほくそ笑む。この世には運命なんて存在しない。全ては仕組まれた意図的な出会いだと。

 ツイツイターで太陽好みの女を演じたことも、炎上に乗じて印象に残るような内容を残したことも、純粋無垢に見えるように髪色を変えたことも全てが計算だ。

 

 過去に関係を持った、クリエイターもそうだ。何気なく載せた菓子袋、それに記載された製造所固有記号で都道府県を特定し、ゲリラ豪雨のツイートをすれば、現在地の雨雲を調べあげる。停電や地震のツイートをすれば、呟き検索で居場所を確実に狭める。


 そんなこんなで住所付近を特定すれば、ターゲット好みの行動を心掛ける。最近ハマっているコンビニ限定商品があれば近くのコンビニに足を運び、好きな映画があれば公開初日に行かせるようにリプ欄で「ネタバレするから覚悟しろ」と、サブアカで大量にけしかけ、公開初日に近場の映画館に足を運ぶように誘導した。


 実ればこちらのもので、偶然を装って話しかける。リサーチした相手好みの服装、持ち前の美貌とコミュ力は相手の心を鷲掴みにすることは容易いことだった。

 一度、連絡先を拒絶されても、再度偶然を装って出逢えば、不思議と導かれるように連絡先を交換してくれる。それは彼女のつくられた愛想の良さとコミュ力が為せる技。


 いとも簡単に運命の赤い糸をつくりあげ、クリエイターと裏で繋がり、肉体関係を持つことが出来るムーン。彼女にとって男を誑かすことなんて朝飯前だ。

 思わずムーンは、不敵な笑みを浮かべる。シュウから太陽の情報を得たことも、半裸写真を弱味につけこんで、男を手のひらで転がしていること全てが楽しいのだ。 

 ムーンは悪戯げに笑う。


「この写真、ネットにアップしたらどうなるんだろうね?」


 漏れる含み笑い。隠しきれない高揚感が心地よくて仕方がない。

 影山は少しずつ血の気が引くのを感じる。


「今すぐ消してほしい」


 彼女の瞳を見つめ、必死に頼み込む。そんな太陽に対し、ムーンは口元を緩める。


「晒さないから安心して?」


 色気溢れる声が影山の耳を掠め、次第に彼女の妖艶な微笑みがこぼれおちる。

 まるで獲物を(とら)える蛇のように、じっと()える瞳に冷や汗がでそうだ。

 影山は絞り出すように声を出す。


「……からかうのはやめてください」


 そんな太陽を見て、ムーンは勝ち誇るように鼻で笑った。


「なら、コラボして?」

「コラボ?」

「うん。歌ってみたをコラボしてほしいの」

「そ、そんなことで? 別に俺は構いませんけど」

「ホント? 好き!」


 その瞬間、ムーンはわざとらしい笑みを浮かべると、思いっきり影山に抱きついた。彼女の程よい2つの果実が揺れると、肌に密着する。


「ち、近すぎます」

「でも好きでしょう?」

「そ、それはもう……っ」

 

 影山は、散歩帰りの犬のように鼻息を荒くする。

 そんな男とは裏腹に、ムーンは悪戯げな笑みを浮かべていた。

ーーチョロい男 

 ムーンは思う。脳みそが綿あめで出来ている乙女達。太陽の甘い囁き(歌声)で日々砂糖を構成させ、あのお花畑の脳みそをつくりだしている。


 そんな握れば一瞬でスカスカになる、綿あめみたいな脳みそを持つ、乙女達のお陰で人気を得ている太陽。そんな男がベッドの上で愛に耽ける姿を晒されたら、乙女達はどんな反応を示すのだろうか? 

 嗚呼、想像しただけで興奮する。

 妄想の世界で生きている乙女達。そんな彼女達の感情を真っ赤に焚き上げる突然の現実(写真)。しかもそれが同じ立場にいるネット上のファンときた。

 思わず舌なめずりをする。シュウの相棒だったケントはよく燃えた。あの心躍る快感を早く味わいたい。全てが物足りないのだ。


 ムーンは不敵な笑みを浮かべると、太陽の首に手を回す。そのまま唇を耳元近づけるとそっと囁いた。


「ねぇ、もっとしよ?」

「も、もっとですか……!?」


 掌で踊らされている、影山はそう自覚しても逃れることはできない。口から放たれた言葉は、心をいとも簡単に鷲掴みにし、蜘蛛の糸のように身体を拘束する。

 気づけば影山は、複数の糸で繋がれたマリオネットのように操られていた。


 その後、夢心地のままワンナイトが終わると、二人は衣類に身を包む。ベッドの上でYシャツのボタンを揃えていると、ムーンは悪戯げに笑う。


「背中洗い流しごっこ、楽しかったね」


 その声が影山の記憶を鮮明に蘇らせる。

 彼女の吸い付くような白い肌、そして悪戯げに背中から抱きしめられた胸の感触は脳裏から消え去るものではない。気付けば影山のなかに宿るコウノトリが、流れ星のように散ったほどだ。

 ムーンは、そんな情けない姿を見て楽しそうに笑っていた。


「純粋でかわいいね」


 そんな甘い言葉に翻弄されると、影山の熱は高まるばかりだ。

 ホテルから出ると、ムーンは口にする。


「連絡先交換しない?」

「RAISOで良ければ」


 影山はスマホを取り出すと、QRコードを表示する。友だち登録をし合うとムーンは画面をじっと見つめた。


「純太って本名?」

「ご想像にお任せします」

「ふぅん? 私の名前は月って言うからよろしくね。それよりカラオケで生放送しない?」

「今からですか!?」

投稿が遅くなって申し訳ありません。

少し危うい描写があったので、色々悩んだ末に一部文章を修正して投稿しました。

個人サイト(ナノサーバーをお借りしています)をつくり、本文を載せたので気になる方は覗いてやってください。

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