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30.先走る愛


 東京の人混みを通り抜け、やっとの思いでたどり着いたのは東京都渋谷区の忠犬ハチ公像前だった。

 東京とは無縁の影山は、待ち合わせ場所の知識はないので、無難にハチ公前を指定した。

 人気ひとけが少なく、待ち合わせ場所にピッタリだと思っていたが、案外人は多く、混雑している。

 影山は鉄パイプのベンチに座ると、ビルに備え付けられた巨大テレビを見つめる。うるさく流れる音と映像を眺めては、スマホで時間を何度も確認する。

ーー遅くないか

 待ち合わせの時間が過ぎても、一向に来る気配はない。思わず立ち上がり、ハチ公の周りを見渡してみるが、写真の子はどこにもいなかった。

 影山は、試しにRAISOでメッセージを送る。


「着きました。連絡ください(^^)」


 だが、一向に既読になる気配はない。

 影山はもう一度送る。


「事故に遭っていないか心配です(泣)」

「約束の日は今日ですよね……?」

「連絡まだですか?」

「もしかして寝坊とか?(-_-;)」


 メッセージを送り続けて一時間。そして影山は気づく。

ーーあのアマ、謀ったな

 心の底から燃え滾る怒り。顔に熱を感じ、怒りで真っ赤になっているのを感じる。

 影山は、今日の為に色々と準備をしてきた。わざわざ匿名掲示板にスレをたて、「デートするので、コーディネートを伝授してくれないか?」と、相談したほどだ。

 質問は至って単純なもので「ボクサーパンツより白いブリーフの方が好みなのですが、女性的にどうですか?」というものだ。すると、女性と名乗る書き込みが相次いだ。


「ァタシ女だけど、いいと思う」

「古ブリーフの匂い嗅ぐの好き(。・//ε//・。)ヘン?」

「ボクサーパンツは論外」

「お母さんを大切にしてそうで好き♡」

「マザコン感がいいよね♪」


 股に(せがれ)を挟んでいそうな声が目立つが、ネットに不慣れな影山は気づかない。

 ネット民の指示通りに服も新調し、普段のコーディネートをアップすれば、今までに見たことがないほどにセンスがいいとお褒めの言葉をいただいた。正直、涙がでそうだった。

 履き潰したヨレヨレのジーパン、謎の英文字が書かれたイケてるトップスを着た姿をアップすれば、絶賛の声が相次いだのだ。


「センス良すぎワロタwwww」

「デート、マジでそれでいけ」

「次世代先をいく男」

「ぁたし女だけど、こうぃうオトコの人って濡れる♡」

「俺達のセンスがまだまだだと思い知らされたな」


 その後、何だかんだ指摘され、最終的には黒いトップスと黒のスキニーパンツになった。ネット民からは「デート頑張れよ!」との、温かい声援をもらった。

 だが匿名掲示板ほど、陰湿で性格が悪い輩が多いものはない。純粋(アホ)な奴をカモにし、人の失態で飯を食う。すでにお通夜モードだなと、去った後に馬鹿にされたことは言うまでもない。

 

 影山は途方に暮れる。スマホに目線を移し、東京の観光地を検索する。徒歩圏内で暇を潰せる場所を調べていると、突然視界に影ができる。


「あのう、もしかして太陽くん?」


 顔を見上げると、黒い帽子とデニムサロペットを着た女性の姿があった。

 その瞬間、影山の鼓動が速くなる。


「ムーンさんですか!?」


 思わず張り上げる声。そんな声にも気にせずに、気さくに話しかける姿。


「やっぱり太陽くんだ。もしかして彼女さんと待ち合わせですか?」


 小さな蕾が花を咲かせるような優しい笑顔。彼女が笑うたび、ふわりと甘い香水の匂いが影山の鼻をかすめる。

 

「い、いえ! 彼女いないので違います。友達にドタキャンされて途方に暮れていたところです」


 キョドりながらも賢明に伝える影山。

 ムーンは拗ねたように口を尖らせる。


「わたし、ずっとホテルで待ってたんですよ? 太陽くんと、心が通じ合ったと思ってたのになぁ……」


 影山はオフ会での出来事を思い出す。愛しのムーンから「私の感じる想いが勘違いじゃなければ、ここに来てくれませんか……?」と、潤んだ眼差しで迫られたが、つまらない意地を張って会いに行かなかったのだ。

 あの頃は純粋だった。くだらない見栄を張り、せっかくのチャンスを逃してしまった。自分好みの美女が好意をもってくれる、そんな奇跡など二度と訪れることはないのに本当に愚かだった。

 思い焦がすように迫る姿に、影山の灯火が反応する。早く欲求を満たしたい、そんな感情で頭がいっぱいになる。


「もう時効ですか?」


 影山は冗談半分で告げれば、ムーンは恥じらうように目線を下に向け、手をモゾモゾと動かす。


「有効って言ったら、連れてってくれますか……?」


 潤んだ瞳と共に上目遣いする姿。影山の鼓動はピークに達する。全身に血液が這いずり回るかのような感覚が襲い、徐々に身体が火照ってゆく。まるでお風呂でのぼせたかのような熱に戸惑いを隠せない。


「行きましょう」


 熱い吐息と共に、彼女の腕を掴む。彼女の華奢な身体を搔き乱すことが出来る、そんなことを思うと自然と息が荒くなる。

 行く当てもなく歩いていると、金額表示がされたホテルが見えた。影山は手慣れたふりをしながら入ると、タッチパネルをタップする。 


「勝手に決めちゃったけど、大丈夫?」

「太陽くんと一緒なら、どこでもいいよ」


 ムーンはしおらしく告げれば、影山は悪戯げに笑う。


「多目的トイレでも?」

「けん、はイヤ」

「そっか」


 そんな他愛もない話しを続ければ、エレベーターのボタンを押す。影山は、下ってくるエレベーターの階数を見つめるたびに、口から心臓が飛び出そうだった。もうすぐ成し遂げることが出来る、そんな男の欲求が全身に燃え広がる。

 エレベーターが到着すると、二人は中に入る。影山は震えた指で階数を押すと、ムーンは手慣れたように身体を抱きしめた。


「やっと二人っきりになれたね」


 ふわりと髪から香る甘い匂い。彼女の体温が指先から伝わり、心臓の脈が速くなる。呼吸の仕方さえも忘れてしまうような胸の高鳴りが心地よく感じ、自分を見失ってしまう。

 身体に当たる、彼女の胸の感触は想像よりも遥かに刺激的でクラクラした。

 次第に軟な生き物が鉄の塊に変化へんげすると、ムーンは照れくさそうに笑う。


「太陽くん、当たってる」


 耳元を擽る甘い声。それだけでラストスパートまで駆け抜けそうな漲る力。

 影山はムーンの背中に手を回す。片手でマスクをずらし、唇を合わせようとすれば、エレベーターのドアが開く。


「ふふ、着いちゃったね」


 ムーンは名残惜しそうに告げると、二人は部屋に入る。

 初めて見る戯れホテルの室内。思わず影山は周囲を見渡す。本当に致す場所なのだなと、しみじみ実感していると、ムーンは恥ずかしそうに目線を逸らした。


「先にシャワー浴びてきます」 

 

 今、影山に穴兄弟が誕生しようとしていた。

 

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