03.一発撮り
影山はスマホで活気がある歌を探していた。難しい高音シーンがなく、人と会話するように簡単に歌える歌をだ。
コニコニ動画のランキングをチェックする。するとある歌が目に入る。
「トケル?」
それは麗しいツインテールのロボットに歌わせた恋煩いの歌だ。
ひとりの女の子が目覚めると彼のことばかりを思い出し、恋に溺れた少女は次第に胸の鼓動が激しくなる。このままだと恋煩いで死んでしまうという、乙女心を熟知した歌だ。
影山はトケルを歌うことを決定する。スマホを録音モードにし、プロでもないくせに「んっ、んっ」とわざとらしく喉を鳴らすと口をあける。
「恋に〜」
影山は女の子の歌詞を男っぽく歌うと一息つく。事前に一発撮りとツイツイターで呟いたが、満足するまで何度も歌った。
影山はコニコニ動画に投稿する「一発撮り!トケル歌ってみた【太陽】」一発撮りではないが、見栄を張る影山。だが何度歌えど何の変哲もなく、声だけが無駄にいい素人の歌唱力でしかない。ちなみにパコリカの再生数は1万から4万再生となっていた。
動画を投稿すると、コメント欄は一瞬で美声と歌唱力を絶賛する内容が相次いだ。
「息遣いエロい///」
「んっ、んっってベッドシー((ry」
「下手すぎワロタwwww」
「嫌ならみるな!!男の嫉妬見苦しい」
「太陽くんの歌声大好き!」
「草」
「神様ってあなたさまですか!?!」
太陽の声を聴いて、顔までイケメンだと錯覚した乙女からの盲目コメが相次ぐ。脳に靄がかかり、正常な判断が出来ない乙女達は現実世界では絶対に言えない恥ずかしい発言を書き込んでしまう。
そんな色づいた声は、次第に影山の心までも刺激した。
ーー嗚呼、なんで僕はブサ男なんだろう
スマホ画面に映る自分の顔。体格は痩せ型で太ってはいないが、顔はお世辞でもカッコイイとは言い難い。
「髪さえ切れば僕もーー」
僅かに宿る希望だが、いくら髪型を変えても焼け石に水だ。
初めて容姿を見つめ直すきっかけとなった影山はふと思う。伸びっぱなしでだらしない前髪、一年前に母に買ってもらったGOOD LUCKと書かれた黒いTシャツ、3年履きつぶしたよれよれのジーパンをそっと見つめる。
「服買うか」
影山はため息を吐くと寝床についた。
眩い光はまるでコニコニ動画でチヤホヤされる太陽のように気持ちのいい朝、影山は学校の席に座っていた。
昨夜の自分が夢だったかのように今日もぼっちだ。ネットでは陽キャを装っていても、現実ではコミュ障&陰キャの事実は否めない。
授業が始まるまで、いつも通り周りの会話に耳を傾ける。
「ねぇ、影山前髪切ってない?」
「うっわ! よく気づいたね? しかもパッツン前髪。キモ」
「男のくせに自分で切るとか……美容室行けよ」
影山の悪口でしか仲を繋ぐことが出来ない女子の会話。そして面白おかしく見つめる二人の目線。まさに天国と地獄だ。それでも影山はへこたれない。強メンタルを持ち合わせてる影山は、辛辣な言葉よりも前髪に触れてくれたのが何よりも嬉しい。思わず口元をニヤつかせる。
「影山ニヤついてる」
「少しだけ教室でよ?」
二人は教室から出るとコニコニ動画の話題をする。
「太陽って知ってる?」
「知ってる!! 超イケメンな大学生でしょう?」
実は影山、ツイツイターで自分を大学生だと偽っていた。大学の仕組みは知らないが「単位やべぇ」「小論で徹夜。だりぃ」と痛々しい呟きをしていたのだ。自己管理がしっかりしてる生徒なら単位を落とすことはないのだが、大学生=単位ギリギリと思い込んでいる影山は、それが格好良くて陽キャだと思っていた。リプ欄にはキッズ信者からの応援コメントが相次いだ。
「お茶どうぞ(/_;)_旦」
「同じ大学の人羨ましい」
「単位になりたい」
「いざってときは、イケボで先生の耳を孕ませて、気絶させちゃえ☆((黒笑 あ、でも男の先生だと無理?((汗」
後々、娯楽に飢えた人物がネット上でネタにするコメントが並ぶ。
極めつけは真っ青な空に浮かぶ太陽を手で捕まえようとする写真だ。細長い指と角ばった男らしい手を見たフォロワーは、最高の盛りあがりをみせた。呟きは痛々しくて見れないほどだ。
影山が歌い手の太陽だと知らない二人は大きな盛り上がりをみせる。そんな会話に気づいた美園花恋は満面な笑みで近づく。
「今、太陽と聞こえたけど?」
同じ太陽ファンを見つけた、そんな気持ちでいっぱいだった。だが、美園が予想した展開とはかけ離れていた。
「あー、花恋とは話が合わないやつだよー」
「そうそう。所謂オタクの会話。花恋はオタクとか無理なタイプでしょう?」
勉強とお洒落が完璧、そしてお金持ちで清潔感がある美園花恋はコニコニ動画は見ないとイメージされていた。勿論二人に悪気はないが、コニコニ動画というジャンルは表で話せる一般的な存在ではなく、こっそり家で楽しむオタク向けだと認知されている。周りはオタクとは小太りで清潔感がないキモイ存在だと思っていた。
美園花恋は自分のせいで母と父のイメージが崩れることを懸念する。
「ま、まあね? オタクとか無理だし?」
「だと思った。私が言うのもなんだけど、オタクってキモいよね」
「そうそう。清潔感がなくてコバエが集ってるイメージあるし? まるで影山みたいな?」
「あはは! なにそれウケる」
二人は盛り上がる。一応影山は、陰キャとコミュ障なだけで風呂には毎日入ってる。
話題は恋愛トークになる。
「ねえ? 花恋はどんな人が好きなの?」
美園花恋は心臓が高鳴るのを感じた。自分が好きな相手はネットにいる顔と名前も知らない人物。おまけにオタクと言われたコニコニ動画で活動してる人だ。
相手は言いづらいが、好きな人の話題になると饒舌になってしまう。それが大好きなコニコニ動画の太陽なら尚の事だ。
「歌がうまい人かな?」
「えっ? 好きな人いるの?」
「うーん、いないけど敢えて言うなら年上で歌がうまくて手が綺麗で声がイケボでーー」
匂わせのような気持ち悪さが残る発言だが、恋する乙女は気づかない。これぞ黒歴史である。