29.悪魔の囁き
影山は自室でスマホを凝視していた。
RAISOのトーク画面を見ては口をほころばせ、だらしなく鼻の下を伸ばす己の情けない姿に当の本人は一切気づきはしない。
見つめる画像は、ファンから送られてきたスケベな画像。それは太陽の醜態を晒したいが故にネカマを演じるシュウだが、そんなことを知らない影山は、見事に悦に浸っていた。
「……ふう」
思わず熱っぽい吐息が漏れる。男の性だろうか、彼女の真っ赤なキャミソールランジェリーを身にまとった後ろ姿を見ると、やけに気持ちが高揚とした。
レース状で透け感がある真っ赤なショーツ、それは薄橙色の肌と合わさると、ピンク色の皮をかぶった桃のように美しくみえた。この薄皮のような繊細なランジェリーを剥くことが出来たらどんなによいものか。ふと、そんな思考が頭に過る。
そんな想いを見透かすように、突然届くメッセージ。
「会いませんか?」
会いたい、その言葉に胸が熱くなる。年相応の欲が蛇口を撚るように勢いよく溢れ、空っぽの感情が身体中に満たされるようだった。
一度、大人の世界に踏み込めば、今までに感じたことのない幸福感で満たされる。初めて触れる人肌の温もり、仔猫のような甘い声、その全てが己の理性を崩させる。
脳裏に焼きつく潤んだ瞳、それに応えるように瞳を合わせれば、二人の心音が感情を昂ぶらせ、優しくキスをする。通じ合った想いは口づけだけでは物足りない。火照った熱を冷ます為、更なる熱をつくりあげる。それが偽りでも満たされたい想いは加速し、流されるがままに身を任せてしまう。
影山は考え込む。溜まった欲は手遊びだけでは物足りない。大人の階段を登りたい気持ちはあるが、一時的な感情で関係を結ぶことは己の道理に反する行為だ。それでも体は正直で、やけに主張するブツに思わず苦笑する。
「……会ってどうするんですか」既読
意気揚々にRAISOを交換したはずが、肝心なときに逃げ腰になってしまう。
そんな臆病者にも臆せずに返す返事
「キスをしたい。太陽くんは嫌?」
彼女の文字はいとも簡単に声に変換される。
彼氏に甘えるような、甘っとろく脳に響く声。まるでまだ帰りたくないと拗ねる恋人のようで、胸の奥をぎゅっと鷲掴みにされる。
ーー好きってこういうことだろうか
じんわりと伝わる熱は心音を激しく鳴らす。抑えきれない欲が、心の奥底から湧き出していく感覚が心地よくて抑えきれない。
「俺のどこに惚れたんですか?」既読
運命、そんな安っぽい言葉なんて信じてはいなかった。それなのに運命って言葉を求めてしまうのは何故だろうか。
「一目惚れじゃダメ?」
一目惚れ。影山を絆すには十分だった。
彼女は連投する。
「会いたいって変かな? 好きってだけじゃ物足りないの」
限界だった。影山の瞳には、机に置かれたティッシュが映る。勢いよく立ち上がり、素早く手を伸ばす。音を立てながらティッシュを引き抜くと、己の灯火に優しく包み込む。
「……くっ」
影山は、なかなか出ない便を出し切ったかのような達成感溢れた表情をしていた。
ティッシュに包んだ存在を淡々と見つめると、ふと正気に戻る。所詮、二人が求める関係は薄っぺらい利害関係だと。
彼女は、自分の好きを消費する為に己の肉体を無償で提供しようとしている。一方的ではあるが、そこに愛はなくても想いは満たされる。
影山は返信する。
「愛を感じたいなら、俺より身近にいる人に好意を寄せた方が幸せですよ」既読
身も心もスッキリした影山は、一旦冷静になる。合意の上でも関係が拗れたら、見るに無惨な半裸写真を晒される可能性がある。娯楽に飢えたネット民に一生弄ばれ、死んでも尚、ネットに不名誉な名を残すことは絶対に避けたい。
だがそんな感情とは裏腹に、悪魔の囁きが身体を蝕む。
ーー所詮、合意じゃないか
吐き捨てるように駆け巡る言葉。
ネットが普及した今、ファンと戯れることは珍しい話ではない。周りのクリエイターはとびっきり可愛いファンと関係を結んでいるのに、自分だけ貧乏くじを引くような真似はしたくない。
影山は連投する。
「本当に後悔しませんか?」既読
影山の心に悪魔が乗り移り、善良な心が黒く染まっていく。
これが背徳感なのかも知れない。道理に反した行為だと自覚しているが、抑えきれない高揚感が堪らなく唆るのだ。深夜に喰らう高カロリーでは、心底賄えきれないこの感情はなんと言うべきか。
影山は不気味な笑みを浮かべる。それはスケベ心から現れるものではない。反社会で生きる者が巧妙に人を騙すときに浮かべる不敵な笑み。
「好きな気持ちに偽りはないよ。ただ私は太陽くんが好きなだけ。好きな想いは簡単に忘れられないから……」
「なら、忘れさせてあげようか?」既読
薄ら笑いでスマホをタップする。見下すように口元を緩め、思いつく限りのキザな台詞を並べていく。
「会ってくれるってこと?」
「うん。会おうか。俺達好き同士みたいだし」既読
「すごく嬉しい。想いが通じ会うってこんなにも幸せなことなんだね///」
シュウは、オフパコする計画を崩された屈辱を未だに憶えている。溜まった欲を発散出来ず、夜な夜な部屋で枕を濡らした悲しき日々は一生忘れることは出来ない。
オフパコで後腐れのない関係を求めるシュウは、オフ会で必ず相手に伝えるセリフがある。
「君は一日限りのシンデレラ。この世界にガラスの靴はないから、次に逢うことは出来ないけど……」
シュウは、恋する乙女の瞳を切なげに見つめる。そんな儚げな甘い姿に乙女の心は絆され、あっという間に恋の魔法にかかってしまう。
手慣れたように背中に回す手、強く胸元に身体を引き寄せれば、お互いの瞳は見据えたままで、甘い空気を漂わせている。近距離で伝わる心臓の鼓動がお互いの心音と混ざり合い、感情を高ぶらせる。
拒絶しない、それが乙女のサインだった。シュウは不敵な笑みを浮かべると、瞳をじっと見つめる。乙女が次第に瞳を閉じると、そっと口づけを交わす。
「短い時間だけど、いっぱい楽しもう」
口から砂を吐くような甘い台詞を囁やけば、二人だけのワンナイトタイムが始まる。燃えるような夜を過ごせば、空っぽの心は満たされて一時的な快楽を味わえた。
ネカマだと知らない影山は、高鳴る鼓動と己の熱に応えようとスマホをタップする。
「たくさん愛を注ぎますよ」既読
「なんかヤラシイ/// 好き♡」
影山は鼻の下を伸ばしながら返事する。
「どこで会います?」既読
「太陽くんとなら、どこでもいいよ♡」
影山は鼻息を荒くする。彼女の艶かしい色気が、堪らなく男の欲求心を刺激する。
一度だけでいい。あの豊満な2つの膨らみに手を伸ばし、何度も形を歪めては、蠢く指で彼女の表情を崩すことが出来たなら。そのまま理性を忘れ、流れるがまま交わること出来たなら、もう何もいらない。死んだっていい!
影山は理性をなくしたせいか、やけに積極的になる。
「ホテルとかでもいいんですか?w」既読
「太陽くんの変態さん♡」
「男は猛獣ですから(`・ω・´)キリ」既読
影山は待ち合わせ場所を指定すると、胸のトキメキを隠しながら就寝したのだった。




