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28.二人の一歩

 影山は調子にのっていた。

 スマホを弄れば、男子より多い女子の連絡先。青春真っ盛りの男子高校生なら誰だって調子にのるだろう。人は一度チヤホヤされると正確な判断を誤ることがある。浮かれた心はいとも簡単に脳みそを狂わす。

 影山はDMに返信する。薄暗いトイレの個室でスマホをタップし、素早く言葉を打ち込む。今思えば、如何わしいDMなんて放置すればよかったのだ。


「本当になんでも言うことを聞いてくれるんですか?ww」


 影山だって熱が溜まっていた。身体の奥底から漲る灯火は簡単に消えはしない。瞼を閉じると未だに思い浮かぶ昨夜の記憶。燃え広がる己の熱は何度処理しても鎮火することはない。

 独りの虚しさ、片手と両手をどう施しても物足りなさと虚無感を感じてしまう。欲求するものは人肌の温もり。熟れた二つの果実に真っ赤な接吻をし、優しく齧りつきたい。

 今思えば僅かな理性で耐えたあの勇姿を褒め称えてほしいくらいだ。

 シュウは太陽の返信に口元を緩める。秘蔵フォルダーを探りながら次の一手を打つ。


「返信嬉しいな(*´ェ`*)♪今、やらしいこと考えてた?」


 手慣れたようにキーボードを打ち込む。シュウは女の扱いに手慣れているので、どうすれば男ウケがいいか分かっていた。

 影山は鼻の下を伸ばしながら返信する。


「だったらどうします?wwww」


 女子高校生に欲求する、気色悪いおっさんのような返事をすれば、シュウは口元を緩める。


「太陽くんとならいいよ(〃∇〃)通話しよ。沢山やらしいお話ししたいな♪」

「いいですねぇw」


 ふと影山は思う。モテ期がきたと。陰キャでコミュ症な自分が今、女子からチヤホヤされている。それだけで胸が躍るようだ。掻き立てる心、大声で叫びたい衝動、その全てが心地よい。今なら真っ裸で走れる気がする。


「RAISO交換しますか?w」


 RAISOなんて陽キャがやるものだと思っていたが、今は影山もRAISOをやっている。晴れてリア充の仲間入りした影山は目も当てられないほどに調子にのっていた。

 そんな太陽に対し、シュウは苦笑する。RAISOに登録した名前は自分の本名だ。連絡先を交換すれば、すぐに偽っていることがバレてしまう。

 シュウはケントに愚痴を漏らす。


「くそっ、太陽がRAISOのID交換しろって言ってきた。俺のときはメルアドって言ってたくせに」

「今はRAISOが主流だしな。少しずつ廃れてきたし、メルアドを恋人同士のイニシャルにする文化が懐かしく感じるな」

「……」


 メルアド、恋人、イニシャル、その言葉に目線を逸らす。シュウは過去に愛おしい恋人がいた。彼女は束縛が強く、それでも愛ゆえに全てを捧げ、要望に応えてきたはずだったが、結局最後は呆気なく振られた。今でもふと思い出しては涙がながれる。

 最初で最後の恋だった。永遠の愛をメルアドに刻みこんだ記憶は、今でも色褪せることなく心で刻み続けている。

 ケントはそんな姿を小馬鹿にする。


「あーごめん。お前には涙なしでは語れない過去があるんだっけ?」

「ナオミは関係ねぇよ」

「別にナオミなんて言ってないだろ? 散々女を食ってきたのに、初恋は忘れられないってか? 未練たらたらでダセェのなんの」

「だから、まだ好きなら他の女と繋がったりしねぇって何度言えば」

「案外結婚してるかもよ? そろそろ俺達も結婚してもおかしくない年齢だし、ナオミだって一人や二人子供がいてもおかしくない」 

「……結婚」


 シュウは喉の奥が締めつけられる。言葉と共に込み上げてくる思い。目尻から涙が浮かんでは頬に一筋の線をつくる。

 そんな姿にケントはぎょっとする。


「えっ、お前泣いてんの?」

「な、泣いてねぇよ」


 強がってはいるが、人差し指で涙を拭う手。そして嗚咽混じりの声が部屋に響く。


「はあ!? まだあの女が好きなわけ?」

「……別に好きじゃねぇよ」


 初恋はプライスレス、お金では買えない。

 本気の恋だった。誰がなにを言おうが、シュウにとって本当の恋はナオミだけ。

 何度も夢をみた。運命の赤い糸のように偶然街なかで出逢い、瞳が合った瞬間、再び恋に落ちることが出来たらどんなに幸せか。

 本音を言えば名も知らぬ女性との戯れより、本当に愛する人からの温もりの方が何倍もいい。人肌を感じてるときは愛を感じるが、終われば札束を払った利害関係と同じような虚無感が残る。


「……あのさ、ナオミのどこがいいの?」


 ケントは腫れ物を扱うように接する。


「初恋だった。今思えばキス止まり……」

「お、おう?」

「魅力的な姿。高校最後の甘い青春、卒業と共に制服がコスプレに変わる時期……」

「お前、やりたいだけだろ」


 好きな相手の私服を見ただけで胸がトキメキ、生きてると感じた学生時代。青春を謳歌してなければ一生感じることはなかった。

 校則で定められた制服を着ることで、プライベート感を醸し出す私服。これこそ涙なしでは語れない。

 シュウは制服が大好きだ。勿論、女子高生が好きな訳じゃない。久しぶりに制服を着て恥ずかしがっている女性が堪らなく大好きなだけだ。


「嗚呼、会いてぇなあ」

「制服姿で?」

「それいいな。失った時間(青春)を取り戻すように制服デートを閉園ギリギリまでして、最後はホテルで戯れてぇ」

「欲丸出しで、いっそ清々しいな」

「それが今の俺だから」


 少し寂しさが垣間見える。

 シュウは止めていた手を動かす。キーボードをカチャカチャと鳴らすと、太陽に返信する。ネカマが板についてきたシュウは、そろそろ金玉が消滅しても違和感がないほどに女性らしさが溢れていた。


「後でID教えるから待っててね(#^.^#)エヘ」

「了解ww俺はいつでもいいからwwwww」


 無駄に草を生やすせいで、妙に癇に障る文なる。コニコニ動画では、wが多ければ盛り上がっているようにみえるが、親しくもない相手にwを多用すれば不快感を与えるだけだ。

 影山はトイレから出ると教室に戻る。お腹の不調は溶けかけのソフトクリームのような便が出たのでスッキリした。手を洗い、教室に戻れば女子達は大声で言う。


「影山、うんち?」

「影山は私達のアイドルだから、うんちはしません!」

かすみを食べて生きてるし?」

「それは仙人」


 女子達はそんな他愛ない会話で盛り上がる。影山が「臭い方です」と言えば、女子は手を叩きながら爆笑する。


「影山、うんこか!」

「ぶりぶりっとね」

「うんち最高!」


 箸が転んでもおかしい年頃なので、異常なほど語彙力が低下する。

 影山は悪ノリした女子の姿に自然と笑みがこぼれる。女子高校生がうんちで笑う姿は下品ではあるが平和を感じさせる。人の悪口で盛り上がるくらいなら、うんちで会話した方がある意味健全かも知れない。


「影山ぁ、チョコ(うんち)食う?」


 影山は箱入りチョコに手を伸ばす。塊を舌で転がすと鼻から通り抜けるカカオの匂い。鼻腔を刺激する甘美な香りに酔いしれながら、舌の熱でとろけるチョコの甘さに自然と口元が綻ぶ。


「美味いっしょ? 私はこのメーカーのミルクチョコレートが一番好き」

「僕もミルクチョコが一番好きです。ミルクの甘さとカカオがマッチして堪りません」

「おお? 影山のくせに分かってんじゃん」


 だらしなく口元が緩み、腑抜けな影山の姿。あまり女性との関わりがないので、自然と下品な笑みを浮かべてしまう。

 そんな影山に対して口元をムッとする花恋。


「へえ? 随分と間抜け面してるね」


 気付けば口を挟んでしまう。

 花恋は憎まれ口を叩きたい訳じゃない。ただ素直に言葉がでないだけ。影山をみると心臓の鼓動が速くなり、普段通りの言葉が出ないのだ。

 そんなことを知らない女子は口にする。


「花恋ひどい。影山が傷つくじゃん」


 仲間意識が生まれたのか、影山を庇う女子。庇ってはいるが、影山のことをゴキブリの方がマシだと言った奴だ。


「僕は大丈夫です。アマガエルのような口、ゴキブリの方がマシな顔と言われた過去があるので……」


 軽く嫌味を言ってやれば、本人は悪びれる様子もなく言う。


「えーひどい。誰がそんなこと言ったの?」


 思わず影山は苦笑する。所詮、悪口は薄っぺらい友情を繋ぐための言葉遊びか、そんな思考が頭に過る。

 女子は会話を続ける。


「それよりさ、ホントにぼっちでいいの? 友達は沢山いた方が楽しいよ? 友達100人って言うし」

「友達なんて100人もいりません。生きてる間に信頼できる人間が1人できれば満足なので」


 紙よりもペラッペラな友情を繋ぐくらいなら、一人でいた方がマシだ。こんな奴に構い、無駄な会話をするから人は病む。

 影山は100人の友達より、気を許す1人の友達が出来れば十分だった。無駄に友達をつくろうと思うから目の前が暗くなる。


「でもさ、友達一人もいないじゃん」


 心ない悪意が放たれる。昔の影山なら落ちこんだかも知れない。たが今は、他の誰よりも勝り、誇れる存在がある。それが心の強さで影山の勇気に繋がっていた。


「友達って必要ですか? 確かにいないよりはいた方が何事もいいはずです。でもそうやって小馬鹿にし、陰口を言い合う友達なら僕はいりません」


 真っ直ぐと見据える瞳、そしてハッキリと伝える姿勢に発言した女子は怯む。癇に障ったのか、その女子はそそくさと教室を後にした。


 その後、影山は学校が終わって家にいた。お昼は色々と空気を悪くしてしまったが、最後まで楽しく会話をすることが出来た。

 影山は意味もなくベッドに横になり、スマホを弄っていると通知音が鳴り響く。


「RAISO?」


 影山はRAISOをひらくと、そこには美園花恋と名前が表示されていた。高鳴る鼓動を誤魔化しつつも確認する。


「あのとき、間抜け面って言ってごめんね。許してもらえないかも知れないけど、お詫びにスタンプを贈ります」既読


 プレゼントされたものは、かわいいアマガエルのスタンプだった。影山は素早くスマホをタップする。 


「僕をバカにしてる?」


 そんな言葉と裏腹に、大口をあけて「ぷんぷん」と描かれたアマガエルのスタンプを送る。数秒で既読になると、1分足らずで返される返事。


「私はアマガエル嫌いじゃないけどね?」既読


 両目がハートの形をしたアマガエルのスタンプ。吹き出しには「スキ」と書かれている。


「可愛いから私もこのスタンプ使うね。私に返事するときは、必ずこのスタンプを使用すること」既読


 そんな言葉と、よろしくと書かれたアマガエルのスタンプ。不意打ちの言葉に影山の頬は真っ赤になる。

ーー文字だけでこんなにも僕の心をかき乱すなんて、本当にずるいな

 そんな想いを抱きながら照れくささを誤魔化していると、また通知が届く。それは花恋ではなく、影山に心ない言葉を告げた女子。

 恐る恐るメッセージを確認すると、そこには思いがけない言葉が綴られていた。


「あのときはごめん。影山って結構言える人なんだね。いつも調子にのってる、口悪いって言われがちな私だけど、これからもよろしく。気に障ったら遠慮なく言って」既読


 先ほどと見間違えるほど、しおらしい文に影山は驚きを隠せない。

 大切なことは嫌なことは嫌だと伝える勇気。そして分かり合えないなら、溜め込まず逃げだすことなのかも知れないな。影山はそんなことを思うと返信をした。

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