27.影山と女子
「影山くん、私達と一緒にご飯はどう?」
ブラウスの第2ボタンを開け、薄っすらと見えるオレンジ色のブラジャー。最初に感じたことはそんなスケベな思考。釘付けになった視線を楽しむように口元を緩める女子の姿。
影山はいつも通り教室で昼食をとっていた。今日もぼっちを極め、黙々とご飯を食べる日々。女子のたわい無い話しに耳を傾け、たまに聞こえる自分の陰口を聞いては暇を潰していたが、今日は少し違う。
「……ぼ、僕とですか?」
予想外の出来事に口に運ぼうとした食事を止めて目を見開く。瞳に映る女子の姿はどことなく楽しそうに笑っていた。
「影山って苗字はキミしかいないのに?」
手を後ろに組み、椅子に座っている影山の顔を悪戯げに覗き込む。サラリと揺れる長髪からは柑橘系の甘い匂いがする。
どこか見透かしたように笑う彼女の姿に胸が高鳴る。それはきっと膝を曲げたことでより鮮明に見えるオレンジ色のブラジャーのせいだろう。鎖骨から下にかけて見える可愛らしいフリルの模様は影山の本能を揺さぶった。見てはいけないと強く思うほど目線が離れない。
「ジロジロ見るなんて変態だね?」
「えっ、あ、いや……っ」
しどろもどろになる影山。ブラウスから見える下着に釘付けだったことは事実なので、思わず目線を逸らす。
そんな初々しい姿が面白いのか、更に口元を緩める。
「もっと見る? 第三ボタンあけてもいいよ」
女子は影山の顔に胸元を寄せて、ブラウスのボタンに指をさす。野球ボールのような程よい大きさの胸が視界に映る。ぎゅっと引き締まった谷間が感情を刺激する。
好意を持たない相手に欲を感じるなと言われても無理だった。刺激的なものを見てしまえば嫌でも心が波立つ。影山は肌が露出した姿を想像して赤面する。やっとの思いで口にした言葉はどこか動揺していた。
「な、なんでそんな不埒なことを……っ」
「楽しいから」
淡々と返し、影山を弄ぶように笑う。
この女子は童貞の本能を揺さぶっては楽しむ悪趣味な趣味を持っていた。女性に縁がない男にチラリズムを見せては反応をみる。そのせいか周りからは痴女や変態と言われていた。
「何で僕を誘うんですか?」
悪口で仲を深める女子達。
お昼の教室では、花恋を含む女子グループが机を並べて食事をする。そんな教室の隅っこで黙々とご飯を食べる独りの男。教室を女だけの空間にしたい女子達は、影山を追い出そうと何度も陰口を言った。今更仲良くする理由が理解できない。
「単なる気まぐれ? 同じ教室だし、一緒にご飯食べたいなって」
「僕の悪口を言ってましたよね」
「私達も大人になったの。人間生きてたら、一度くらい過ちはあるでしょう? 次は優しくしてあげるから」
影山は偉そうだと思ったが、女子の会話を盗み聞きしては楽しんでいた。悪口でも唯一話題にしてくれたのは女子達だ。
「……まあ、一度だけなら」
「ありがとう」
女子は顔をほころばせる。
机を女子のグループに運べば、女子達は影山を歓迎する。
「おっ? Nキャラきたな?」
「レアリティ0だし」
「絶対被るもんね」
「あはははは」
やっぱり僕を弄りたいだけじゃないか、思わずため息をつく。一言言ってやろうと口をあけた瞬間だ。
「影山きたの? 私の隣に来なよ」
花恋の声が全ての思考を掻っ攫う。
普段と何ら変哲のない声が何度も脳に響き渡る。向けられた笑顔、そんなさり気ない行為が胸の奥を締めつける。影山は想いと心音が混じり合い、瞳を直視することができない。
影山の葛藤も知らず、花恋は気さくに話しかける。
「春が変態行動してなかった?」
向けられた瞳がやけに眩しい。影山は心を誤魔化し、平然を装いながら返事をする。
「へ、変態?」
「そう。いつも春は男子に悪戯するの」
影山は思い出す。名も知らぬ女子からセクハラ紛いな行為をされたことを。思わず目線を逸らす。
「……下着をちょっと」
「やっぱり。春、やめなよ! 公然わいせつ罪でつかまるよ」
花恋は強く叱責する。そんなことを気にも留めずにヘラヘラと笑う春。
「ごめーん。ルナ姐のせいで感覚が麻痺してて」
「ルナ姐って春のお姉さん?」
「うん、二つ上の。ルナ姐は男好きでさ、昔から家に男を呼んでは開通ごっこして遊んでるの」
「……開通ごっこ?」
花恋は意味がわからず眉間にシワがよる。
「塞がれた薄いトンネルの穴に新幹線が通るみたいな?」
「全く意味が分からないけど、もの凄く下ネタの匂いがする」
花恋は男女の関係だろうと勝手に解釈する。そんな二人の会話に耳を傾ける影山。
ーールナ、月か
そんなことをぼんやりと思う。
影山は花恋の隣に席をつける。未だにオフ会での余韻が残っている影山は、花恋を見るだけで意識してしまう。不意に逸らす瞳、熱がこもる頬は心臓の鼓動を加速させる。それなのに傍にいたい気持ちの方が勝る不思議な感覚に心が参ってしまいそうだ。
影山は机の幅を絶妙にあける。花恋はそんな姿に反応する。
「流石に机をくっつけただけで拒絶しないけど?」
ムッと口を顰め、不服を顕にする。向けられた瞳が妙に照れくさい。
影山は小さく深呼吸する。それでも胸の高鳴りは収まることを知らない。平常心を装い、椅子に座ると女子達が言う。
「わざわざ自分の机を運ばなくても、そこらへんの机を借りればいいのに」
「ぼっちを卒業した気持ちはどう?」
「やっぱりコイツは面白い」
影山は思わず苦笑する。
「僕はぼっちを卒業するつもりはありません」
「なんで? ぼっちは寂しいのに」
「ぼっちは寂しい扱いはやめてください。僕は好きで独りでいるから。それに金魚の糞のような群れた生き方よりマシです」
「……影山、友達がいなすぎて抉ってるな」
苦笑する女子に影山は思う。世間ではぼっちのことを嘲笑う風習があるが、それはぼっちの快適さを知らないだけだと。周りのペースに巻き込まれない、そして無駄な会話をする必要がないことは大変メリットが大きい。
自我を保つことは、心の平穏を保つことに繋がる。相手に否定され、いちいち落ち込むくらいなら独りの方がマシだ。ついでにコミュ症も誤魔化せる。
「よく喋るね」
「なんかムカつく。本格的にぼっち卒業させる?」
「私が友達になってあげようか?」
「影山、RAISO教えろ」
「あ、私も!」
ひょんなことからチヤホヤされる影山。モテ期が始まったか、なんてバカげたことを考えては口元を緩める。つい最近まではそんな姿さえも気色悪いと罵倒されていた影山だったが、今は馬鹿にする奴はいない。
影山は言いづらそうに言う。
「……僕、RAISOしてません」
その声に周りは驚愕する。
「今どきRAISOをやらないなんて原始人?」
「メール派とか?」
「影山ならあり得るか」
「私がRAISO教えてあげよっか?」
影山は好意に溢れる声に戸惑い、目線を逸らす。
「えっ、あの……っ」
どこか口調はおぼつかない。そんな影山の姿に口元を緩める女子達。
「影山くん照れて可愛い〜」
「反応ウケる」
「マジで初々しいね」
「そこがいいんだけどな」
「マジそれな」
からかう声。女子は無理矢理スマホを奪うとRAISOのアプリを勝手に入れる。
「な、なにをするんですかっ」
「連絡先をいれてるの。影山は今日から私達の友達だからよろしく」
返されたスマホには女子グループの連絡先が入っていた。
影山は増えた連絡先に感動していると、急にお腹が緩くなる。ぽこぽこと鳴り響くお腹、そして腸を伝って肛門に流れ込む嫌な感覚。咄嗟に肛門を締めようとしても、実が出そうなあの恐ろしさは下痢でしかない。
「お、お手洗いいいですか?」
咄嗟に椅子から立ち上がり、トイレに駆け込む。便座に座り、ひと息つくと片手にはスマホがある。
「……便所にスマホか」
汚いな、思わず苦笑する。影山は穴を力む。すると、とろりとスムージー状の便が溢れだす。便器が茶色に染まると鼻につく嫌な臭い。喉の奥からせり上がってくる胃液に思わず涙が浮かぶ。
ウォシュレットで尻を浄化し、紙で穴を拭き上げているとスマホから通知音が鳴り響く。影山は素早く穴から汚れを拭き取り、真っ白なブリーフを履くとスマホに手を伸ばす。
「DM ?」
ツイツイターに届いたDM。スマホをタップし、メッセージを確認すると、そこには驚くほど可愛い女性の写真が添付されていた。
「いきなりごめんなさい。太陽くんが大好きなJKです♡太陽くんの歌声を聴くと心が落ち着くので毎日聴いています。もしよかったら、生でお声を聞くことはできませんか? 私に出来ることなら何でもします(´vωv`*)」既読
光沢のある黒髪ロングヘア、卵のようにキメの細かい肌とシュっとした鼻筋。そんな絵画のように美しい女性の写真が添付されている。
女性が着る薄いブラウスからは真っ赤なブラジャーが透けている。影山は甘い蜜に誘われる蝶の気分になる。甘味を味わうようにぼんやりと写真を眺めていると、DMには既読と表示されていた。
「既読?」
影山はハッとする。DMを読んだとバレたら気があると思われないか、そんな考えが頭に過ぎった瞬間だった。
再びスマホから通知音が鳴り響く。
「私に出来ることなら何でもします♡♡」既読
一瞬で既読になるDM。その瞬間、ゲリラ豪雨のように文章が降り注ぐ。
「見てくれて嬉しい(ToT)」既読
「一緒にお話しよう?」既読
「おーい、太陽くん」既読
「既読無視寂しい( ;∀;)」既読
「えっちな画像を送れば返事してくれますか?」既読
メッセージと共に下着を外した如何わしい写真が届く。富士山のようにそそり立つ2つの山、片手では収まりきれないドッシリとした存在感のある胸は、ゾクゾクと身体を奮い立たせる。美しい極線と、夕焼けに染まった雪化粧はまさに世界文化遺産ものだと言っていいだろう。
道徳に反した画像に驚きつつも、身体は正直に反応する。
「……くそ、昼間に送るな」
照れくささと後ろめたさが表情を歪ませる。
そんなツイツイターを自宅で楽しそうに動かすひとりの男。鼻歌を歌い、キーボードを触る。
「シュウ、随分ご機嫌だな」
「まあな」
シュウはケントの問いかけに笑みを浮かべていた。
ケントはパソコンを覗き込むと眉間にシワをよせ、表情を歪ませる。
「おっさんがハニトラとか地獄かよ」
「……俺はおっさんじゃねぇ」
「いや、女子高生からしたらおっさんだろ。それに必死すぎてキモいわ」
シュウのツイツイタープロフィール欄には「現役jk/コスメとお洒落が大好き♡/愛しの推しは太陽くん/いつか逢いたい(´vωv`*)♡」となっていた。
「JKっぽいだろ?」
「……楽しそうだな」
「性別を偽るのは楽しいぞ。癖になる」
「あっそ。それよりハニトラ引っかかって、通話するときどうするんだ?」
「とっておきの女がいる」
そのときはムーンにバトンタッチすればいい。約束事も守れて醜態も晒すことが出来て一石二鳥だ。




