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26.ケントの野望

 ひゅんと落ち込んだシュウは、萎えたまま自宅に帰宅する。ここ一週間、オフパコの為に一人遊びはしていない。溜まった熱を発散させたい衝動に襲われるが、自宅には動画編集をしているケントがいる。そんな部屋の一室でおっ始めるほど自我を失ってはいない。


「太陽、俺はお前を許さない」


 この日の為に我慢し続けた男の情熱をバカにしてはいけない。空腹は最高の調味料だ。最高の味を感じたいので、己の溜まった熱を発散することは我慢してきた。ふと人肌が寂しいときは自分の尻を優しく撫で、女性の温もりを思い出しては唇を噛みしめる。

 人は独りでは生きていけない。シュウもそうだ。シュウは女がいないと生きていけない。望む楽園は男一人、女だらけ。野郎はいらない。

 シュウはケントがいる編集部屋に向かうと、言葉で怒りを発散する。正直迷惑極まりないが、シュウに雇われた手前お膳立てをするしかない。


「アイツ、絶対(ぜってぇ)女に興味ねぇよ。女に対する欲が一切ない」

「猿って知ってるか? 猿は一度快楽を覚えたら死ぬまでやり続けるんだってよ。今のお前は正にそれだ」


 ケントは女の尻を追いかける色情魔には懲り懲りしていた。お膳立てして持て囃すくらいなら罵倒してストレス発散した方がマシだった。バカみたいに持て囃すからコイツは調子にのる。

 シュウは悪戯げに笑う。


「猿で結構。俺は死ぬまでやるよ」

「尻拭いはごめんだぞ、裸の王様」


 誰の意見にも耳を傾けない姿は、まさに裸の王様に相応しい。窮地に追い込まれないと物事の本質を理解出来ないのだろう。


「つか、太陽のこと炎上させてぇ」

「……俺はお前が炎上しないか心配だ」


 暫くそんな会話を交わしていると、次第に話題はコニコニ動画になる。シュウはペットボトルの蓋を回しながら話しだす。


「最近、コニコニ動画荒れてね?」

「俺も気になってた。ランキング上位が同性同士のホモネタだらけだしな」

「どうせなら女にしてくれよ」


 思わず本音が漏れる。男同士のむさ苦しい戯れより、華やかな女同士の戯れの方が断然いい。そんな本能が騒ぐ。


「シュウはChuTube(チューチューブ)って知ってる?」

「最近話題の動画投稿サイトだよな? 日常をネットに投稿するホームビデオ的な」 

「最近、日本語に対応して熱いんだぞ」

「ふーん。有料?」

「いや、無料」


 ChuTube、それはアメリカに拠点をおく大手動画投稿サイトである。最初の言語は英語のみだったが、最近日本語にも対応するようになった。ケントは密かに目をつけていた。コニコニ動画という小さな世界で発信するのではなく、世界に向けて動画を投稿した方が利益に繋がるのではないのかと。

 いや、本音を漏らせばそれ以外にも大きな理由がある。コニコニ動画は人が多い時間帯だと画質が驚くほど悪いのだ。課金ユーザーでも人が多ければ動画に遅延が発生する。生配信は人数制限があり、課金ユーザーでも追い出される有様だ。一番厄介なことは毎月課金しても動画保存上限が8GBまで、それを超えると今まで投稿した動画を消去するしか道がないことだ。

 勿論、不満を漏らしてはいけない。郷には郷に従え、課金しても借りている立場。有り難く利用するべきだ。ちなみに有料で動画を10秒ごとに飛ばせる、スキップ機能という大変有り難い機能も存在する。


 それに対しChuTubeは、コニコニ動画と違って会員登録はない。面倒な会員登録がないということは、誰でも動画を視聴出来るということだ。生配信は誰でも平等に見れるので、宣伝したいなら遅延と人数制限がないChuTubeの方がメリットがある。

 嬉しいことに動画保存上限は無限であり、GB数調整の為に今まで投稿した動画を削除するという煩わしさがない。高画質の動画を投稿出来ることも高ポイントだ。ちなみにスキップ機能は無料で利用出来る。一度ChuTubeを知れば、何故スキップ機能が有料プランなのか心底不思議に思うほどだ。


 どちらを選ぶか、それは明白だった。ユーザーの意見を聞き入れず、少しずつ改悪するコニコニ動画。そしてランキングはいつも荒れている。驚くほど笑えない下品なネタ動画の数々。

 敢えてコニコニの長所をいうなら、動画上に流れるコメントだろうか。投稿者のつまらないボケにツッコミを入れ、親しみやすくもクスリと笑える漫才のような温かいコメントが心を刺激する。たまにコメ職人が記号を使ったアートをコメント上に載せて、ユーザーを盛り上げるのも大変面白い。あまりの凄さに感激するほどだ。だがそれは、コニコニ動画が認知されるほど荒れに荒れ色とりどりの大小コメントが増えてしまった。絶賛コメで崩れたアートはただの汚しでしかない。

 それに対し、ユーザーの痒いところに手が届くChuTube。動画保存上限は無限で高画質を投稿出来るのは大変嬉しい。

 ケントは言う。


「ChuTubeを中心に動画を発信しないか?」

「あれって顔だし必須だろ? ゲーム実況ってジャンルでもなさそうだし」

「確かに今はそうだ。だが、世界は違う。少しずつゲーム実況を投稿する人が増えているんだ。遅れをとりたくない」


 コニコニ動画は衰退していた。

 それは紛れもなくChuTubeのせいだろう。一人勝ちしてきた空間に、ユーザーとクリエイターが求める全機能を詰め込んだ無料の動画投稿サイトが出来た。コニコニだと有料で使える機能がChuTubeだと全て無料、画質とGB数を気にせずに動画をアップロード出来るのは大変有り難い。

 勿論ChuTube以外にも要因がある。それはユーザーが愛想を尽かしてしまったことだ。意見を聞き入れず、天狗状態の運営に日々鬱憤が溜まっていた。


 それでもコニコニ動画には、今まで築き上げた青春と思い出が沢山ある。ゲーム実況者という地位をゲット出来たのは紛れもなくコニコニ動画のお陰だ。だが、保存上限を超えたら投稿した動画を消去するしかない。

 運営元にお金を倍払ってもいいからGB数を増やしてくれと何度懇願する声が相次いでも改善する見込みはない。ChuTubeはそれを全て満たしている。そしてユーザー側にも優しい。


「ケントが伝えたい意図は分かる。俺も編集し、投稿していた側の人間だ。だが、ChuTubeだと俺達がランキング上位に表示されることは難しくなるだろう」


 シュウ達は限られたなかでランキング上位を得てきた。今更他の動画投稿サイトに移動することは躊躇う。アクセス数が少なければ、収入だって大幅に減る。


「倉庫って項目で動画を投稿しないか? どうせ容量は無限だ。今まで画質を抑えて投稿し、古い動画を削除して凌いできた。それをもうお終いにしよう。高画質でユーザーに見てもらうんだ」

「俺は今まで築き上げた地位を捨てるのは正直言って辛い。登録者数0から始まるんだ。それにファンは、コニコニ動画からChuTubeに来てくれるのか? まだ日本ではそこまでメジャーじゃないんだぞ」


 シュウは怖かった。0から始まる動画投稿生活。それは全てを捨てて違う土地に移り変わるのと一緒だ。

 ケントはシュウの瞳を真っ直ぐと見据える。


「俺を信じてくれないか。移転するなら早ければ早いほどいい。もしファン達が俺達について来てくれたら、このままChuTubeに足場を固めたいと思ってる」

「俺達の故郷を捨てるのか? 今まで応援してくれたファンが沢山いるんだぞ」

「苦肉の決断だ。俺は運営に懲り懲りしてる。それに捨てるわけじゃない。選ぶんだ」

「……選ぶねぇ」


 シュウは暫く考える。一応、コニコニ動画では有名な方だ。名前を知らない人はあまりいない。


「すぐに答えをだせとは言わない。だが、選ぶ日が来ることを忘れるな」

「わかったよ」

「後、俺はChuTubeで独り立ちを考えてるから」

「また炎上するぞ」


 ケントは炎上した過去がある。泥酔した半裸の写真を晒され、散々な目にあったケント。

 悲しみ、好奇心、驚き、悪意、人はたったそれだけで画像を拡散する。一度載せた画像は一生ネットに残る。何も考えずに無意識に拡散した画像、それは最初に画像を晒した人と同等に罪が重いことを忘れてはいけない。

 炎上は一歩間違えれば火に油を注ぐ。一部の人が騒いでるだけだと高を括れば、あっという間に大火傷を負ってしまう。現にケントも甘く見ていた。騒動が発覚したときの呟きがまずかった。


「マジ意味不明。何で俺が謝罪? 晒したのは女の方で、もし相手を傷つけたなら女に謝罪すればいいだけ。でもその前に俺に謝罪しろ。女の半裸は駄目で男の半裸はいいの?」


 この呟きは一瞬で燃えひろがった。一度燃えると鎮火は難しい。ケントは謝罪する気は一切なかったが、動画を投稿するたび荒れるので嫌々謝罪する。


「すみません。俺が悪かったです。今回の件は俺の不徳の致すところです。ファンの方々を失望させてしまい申し訳ありません」


 既に後の祭りだった。庇ってたファンもケントの大人げない発言に愛想をつかしていた。理由はどうであれ、騒動を起こした事実。反省の色を見せずに御託を並べる姿は見苦しく感じる。

 そして火の粉が飛ぶ心配がない人からすれば、炎上はただの娯楽だ。まるでRPGをクリアするように淡々と作業をこなす。

 魔王と勇者。魔王はケントで勇者には名前がない。勇者は人の悪口を盾に、鋭い言葉を剣にして魔王を痛めつける。まだ見ぬ終わりを目指し、鋭い言葉を文字にする日々。その結果、ケントは一週間後引退を宣言した。

 勇者は歓喜する。魔王をついに倒すことが出来たのだ。エンドロールには匿名という文字がズラリと並ぶ。


「シュウに迷惑はかけないから安心してくれ。新しいツイツイターのアカウントをつくり、淡々と動画を投稿するから」


 ケントはファン達の期待を裏切ったのは申し訳なかったと思っていた。だがファンのコメントにわざわざ反論し、嘲笑うことは正しいことなのか疑問に思う。驚くほど滑稽じみた呟きがあるのは事実だが、そんなの心で笑えばいい。それだけで面白い。


「別人として活動すんの?」

「いや、そのまま活動する。最初は叱責の声とアンチで荒れるだろうけど、真っ当な奴ならそのうち消える。アンチは俺が動画を真面目に投稿すれば飽きるだろうし」

「頑張れよ」

「おう」

「俺は太陽を炎上させることに頑張るから」


 シュウは口元を緩め、親指を立てる。そんな姿に苦笑するケント。


「……叩けば埃が出るってか。それでも出なければどうする」

「太陽のDMにハニトラをすればいい。可愛い女の画像で男の本能を揺さぶれば、可愛い息子が反応するだろ?」

「お前怖えよ」


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