24.理性と本能
シュウが選んだ場所は、マニアックな行為が出来ると評判の変態達が集うホテルだった。性欲は尿意と同じだと断言するシュウは、よくこのホテルを利用している。
人は突然尿意に襲われると、頭のなかはそれ以外考えられなくなる。膀胱に少しずつ溜まる液体は次第に心を支配する。それはまるで熱を帯びて加速する男女の戯れのようだ。我慢を強いるほど辛く、支障をきたす身体。溜まりに溜まったものを放出した瞬間、解放感に満たされるのも一緒だ。
そんな糞みたいな思考をもつシュウは、思う存分オフパコを楽しむつもりだった。触れ合う肌の温もりで愛を確かめ合い、囁くような甘い響きで深く混じり合う。だが、影山のせいで阻止されてしまった。息子の洞窟探検は諦め、今夜は侘しく一人遊びをするしかない。手慣れてはいるが、独りは寂しいものだ。
影山は教えてもらったホテルに急ぐ。黒いサングラスと白いマスクをし、周りから不審な目を向けられても気にせず走る。
ホテルに着くと、そこには出入口付近で寂しく佇む花恋の姿があった。普段は凛として美しい彼女がマニアックなホテルの前にいる。それだけで影山の頬は赤面し、ゾクゾクする心。
ーー今なら分かるかも知れない
男子高生真っ盛りな影山は、日常で熱を感じると過激な動画と画像を見て熱を冷ますことが多い。箱から無数に消えるティッシュを見ては謎の罪悪感に苛まれ、無造作にゴミ箱に放り込んだ儚き生命を見れば妙な気持ちになる。生きていたんだよな、出される前までは…。
妙に鼻につく匂いが心から離れない。
ーー早く帰ろう
ホテルの響きだけで刺激が強すぎる影山は、悶々とした気持ちを抑え、美園花恋に話しかける。
「こんにちは。あの、あなたが……」
「はい。美園花恋です」
花恋の瞳は輝いていた。まるで有名芸能人に会ったかのような反応に困惑する影山。せめて身バレしないように、イケメンボイスを心掛ける。もし身バレをし、あの美化されたツイツイターアイコンがバレたら地獄だ。
乙女の理想言う名の妄想を存分に詰め込んだ既視感がある痛々しいイラスト、あれはなかなか精神的にくるものがある。何故無駄に顎がシャープで少女漫画のワーンシーンのような仕草を見て、笑いが込み上げてこないのか心底不思議に思う。だがそれが心地いい。周りにチヤホヤされ、自分に酔ってる痛い男だと思われても良かった。所詮ネットの世界だ。身バレさえしなければ……。そんな透けた思考が脳裏を過る。
影山は花恋に言う。
「アイツ、ファンと簡単に関係を結ぶ男ですよ。俺が来なければ貴女は……」
影山は強く警告する。男が狼なら女は子猫だ。それくらい力に差があり、何かあったら逃げることが困難だと。だが、色ボケした花恋は言う。
「でも太陽くんがきてくれた。それに誰にでもついていくような尻軽女じゃありませんっ」
花恋は口元をムッと尖らせる。脳内は恋愛映画のクライマックスだ。彼女は中盤なんていらない。序盤と終盤さえあればいいのだ。男女が恋に落ち、数々の困難を乗り越え固い絆で結ばれる工程までは長過ぎて待てない。恋に落ちた瞬間、ハッピーエンドで終わればいい。
だが物語の中盤を飛ばせば、人間性なんて分からない。もしかしたらソイツは不埒な輩の可能性がある。そんな事実を知らず、終盤をむかえれば後悔しか残らない。途中で本当の運命の出会いがある可能性が残っていたのに自ら未来を閉じたのだ。
「俺は十分尻軽女に見えますよ。あなたの軽率な行動は改めた方が良いかと思います。今日は運よく防げましたが、次はわかりません」
シュウはギリギリ理性がある人間だったが、この世には女なら誰でもいいと考える愚かな人間も僅かにいる。
そんな影山の心配をよそに、花恋は笑顔で言った。
「太陽くんとなら傷ついてもいいです。むしろご褒美だから」
恋は盲目だ。一時的な感情で思わぬ発言をいとも簡単に告げてしまう。普段真面目で慕われる人物でも、一度感じた心地よい恋の感覚を求めてさらなる一歩を踏み出す。
影山は花恋の言葉に胸が高鳴る。ホテルの出入口で言われた言葉は、純粋な男子高校生には少々刺激が強すぎた。花恋は影山の手を握る。
「あの、私の名前を呼んでほしいです。花恋って呼んでもらえませんか……?」
「な、名前ですか?」
花恋は思う。愛おしい太陽に名前を呼んでもらえる。それだけで胸の奥が締めつけられ、心地よい想いで満たされる。このまま強く抱きしめられ、大人の戯れが出来たらどんなに幸せか。きっと触れ合う肌と肌は温かく、想像を遙かに超えた幸福感に満たされるだろう。
花恋はちょうどそういった行為にはお盛んな時期だった。影山は盛った花恋にひとつも気付かず会話を続ける。
「それじゃあ、花恋さん?」
「えへへ、照れくさいですねっ」
花恋の顔は綻ぶ。そして名前を呼ばれた瞬間何とも言えない熱がこもり、何かを欲してしまう気持ち。
花恋はさり気ないボディタッチをしながら、熱を帯びた甘い声を漏らす。
「……呼び捨てはダメですか?」
「よ、呼び捨て!?」
指先から伝わる彼女の熱は、影山の心臓に飛び火する。心臓の高鳴りは影山を惑わすようで、心地よい感情は胸の奥まで滲むように行き渡った。
彼女の瞳が自分の瞳に映るとき、どうしようもなく胸の奥が締めつけられる。はにかむ笑顔も逸らす目線も恥ずかしそうに動かす唇も、そんな些細な仕草さえも鮮明に映る。
ーーこれは、まずい
影山の咲かない花が開花しようとしていた。
影山は理性を失わないように気を引き締めるが、彼女の色づいた声が心臓の鼓動を加速させる。
「花恋って呼んでほしいです」
「か、花恋……?」
「夢みたい。太陽くんに呼び捨てで呼んでもらえるなんて」
花恋の潤んだ瞳が影山の瞳に映る。心音がスピーカーのように音を立て、彼女に想いが伝わってしまうのではないかと心配になる。咄嗟に逸した目線は、影山なりの好意の証でもある。理性はギリギリだった。
ーーこのまま流されるように従えば……
「か、花恋……さん」
影山は生唾をのみこむ。目の前には男女の戯れホテルがある。そして自分に好意を抱く美園花恋。純粋な想いは眠っていた本能までも呼び覚ます。
不可抗力だった。ジーンズ越しに当たる、熱を灯す炎は嫌でも存在感を感じさせる。そんな抑えようがない現象は簡単に収まるものではない。布越しに当たる己の感触は、頭がクラクラするほど心地がいい。
影山は精一杯、唯一無二の存在が暴れ馬にならないように理性を保とうとする。真っ赤に染まった頬は、マスクのせいで相手に伝わらない。照れくさくて逸らす瞳もサングラス越しで隠されている。
影山は声を絞り出す。
「こ、こんなの間違ってる。おかしい」
「太陽くん?」
影山は感情に流されるがまま彼女を抱きしめたかった。柔らかい肌に触れ、鼻をかすめるシャンプーの匂いに酔いしれたかった。だが、僅かな理性が心を拒む。
ーーこれは僕に対する愛ではない
影山は歯を食いしばり、拳を強く握る。
「……俺はあなたのそんな姿をみたくなかった」
影山が言った言葉には、ギリギリ耐える理性と花恋に対する悲しみを感じさせた。
2週間に一回は投稿しようと努力しましたが、無理そうです。
これからは不定期更新となります。
それでも少しでも多く投稿できるように最善を尽くします。




