20.シュウとムーンの再会
「太陽くんですよね!? 生でお会いできて感激ですっ」
「……あ、ありがとうございます」
オフ会の集合場所であるカラオケ店では、大勢の女性たちが影山の周りを円を描くように囲んでいた。
獲物を狙うような野心に満ち溢れた瞳、そして甘ったるく絡みつくような声にゾワゾワと背筋が寒くなる。影山は女子から罵倒された経験はあっても、好意に満ちた眼差しは初めてだ。正直気色悪くて堪らなかった。
周りを見渡すと9割以上が20代女性で、男性は片手で数える程度しかいない。
影山は、女性が特有に放つギラギラとした甘い瞳に困惑しながらも一生懸命に応える。
「私、太陽くんが来ると聞いて大阪から来たんです。化粧と髪も気合い入れて、そしてネイルもーー」
彼女が差しだした手には、視聴者が描いてくれた無駄にイケメンの痛ネイルだった。ツイツイターのサムネイル画像にしているイラストそっくりなネイルに思わず感心する影山。
「すごいですねぇ」
コミュ障で気が利かない影山は、すごいの一言で会話を終わらせてしまう。もっと掘り下げるキーワードは沢山あるはずだが、うまい返しが思いつかない。
そんな何とも言えない空気を察したシュウは、女性との会話をわざわざ中断して二人の間に入り込む。
「こんにちは。凄く可愛いネイルだね? 太陽くんはオフ会初めてだから緊張しててさ」
にこやかに言葉を返すと、太陽ファンの女性は頬が赤くなる。モゾモゾと口元を動かし、控えめな目線をシュウに向けた。
「私もオフ会初めて来たんですけど、画面越しよりイケメンですね」
「うん。よくイケメンって言われる。大阪って方言可愛いよね。やっぱり大阪以外では言わないの?」
「あまり言いません。県外だと気恥ずかしくて……」
「そう? 俺は方言女子って可愛いと思うな」
言葉巧みな甘い言葉に女性は一瞬でシュウの虜になる。シュウの気さくで優しい性格がいとも簡単に乙女心をわしづかみにするのだ。
シュウは影山に耳打ちする。
「君のためにお金と時間を費やして来てくれたんだから、可愛いの一言くらい言いな」
「……僕が可愛いって言っても」
「自分に自信を持て。彼女はキミの為に関西から東京まで来たんだ。推しに可愛いって言ってもらえると疲れが吹っ飛ぶから」
「わかりました」
「頑張れよ」
シュウは影山の肩を優しく叩くと踵を返す。
目の前にいる女性は名残惜しいのか、シュウが見えなくなるまで目で追っていた。影山はシュウの助言通り優しい言葉をかける。
「ネイル可愛いですね。わざわざ来ていただきありがとうございます」
「あー喜んでもらえて嬉しいです」
彼女は素っ気なく返すと、そそくさとその場を後にした。気合い入れて髪とメイクを施したのに、ネイルしか触れないチンケな太陽に愛想を尽かしたのだ。影山は女心なんて知らないが、やっちまった感は薄々感じる。
ーー帰りたい
自己嫌悪に陥っていると、不意に呼ばれる声。それは影山の心を掻き立てるには容易く、脳すらも惑わせる運命の相手。
「あの、太陽くんですか?」
「はい。太陽です」
電話応答のような返事をする影山。
影山は彼女の顔を見た瞬間、胸の鼓動が大きく高鳴るを感じた。身近な存在なのに触れられず、触れたら全てが柔く崩れてしまうような愛おしい相手。画像でも彼女を見ると心が張り裂けそうになる。
「ムーンさんですか?」
無意識に口走る言葉。いつもコメントをくれる度に彼女のアイコンを見つめていた。これが一方通行で、通じない想いだと知っていても優しい言葉を残してくれる彼女は心の支えだった。
ムーンは屈託のない笑みを浮かべる。
「嬉しい。太陽くんに認知されてるなんて夢みたいです」
潤んだ瞳が影山の心を掻き立てる。彼女は暗闇を照らす月のように美しい。夜空に浮かぶ星なんて目じゃない。全て霞んでしまう。
影山は下心などないふりをしながら返事を返す。
「毎日コメントもらってるのでわかりますよ」
「ふふっ、ホントですか?」
いい雰囲気が漂う。まるで遠距離恋愛している恋人同士のように、強くお互いを想い合う感情が体全身を駆け巡る。
だが、毎日コメントを残しているのはムーンだけではない。美園花恋を含むファン達も熱心に愛を残していた。所詮、影山も男だ。無意識に好意を抱く女のリプに目線が向かうのは当然だった。
影山はムーンの瞳を遠慮がちに見つめる。
「あの、あのときは配慮が足りず、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
影山はムーンを炎上させてしまった過去を思い出す。下心丸出しな安易な考えで二度ツイツイターで返事をしてしまい、淡く儚い恋心を抱く乙女達が嫉妬してムーンに誹謗中傷をしたのだ。トレンドにも表示され、冷や汗をかいた覚えがある。
影山は再びムーンの容姿をじっくりと見つめる。キャップの隙間から流れた黒髪ポニーテール、第二まであけた白いブラウスと黒いワイドパンツを履いた姿。正直好みだ。
「服、可愛いですね」
またしてもデリカシーがない発言。だがムーンは気にしない。
「太陽くんの好みに合わせたんですよ?」
「え、あっ……ありがとうございます」
不意うちの言葉に思わず目線を逸らす。影山は照れくさくて目を合わせることすら出来ない。
ムーンはそんな反応に口元を緩める。
「生配信でコミュ障と言ってましたが、お会いしてみると親しみやすい方で安心しました」
その言葉が影山の心をクリーンヒットさせた。ムーンの声は影山の心を惑わせる。彼にとってムーンの存在は媚薬でしかない。
シュウはそんな二人の様子を遠目から見つめると、苦虫を噛み潰したような表情をする。
「……アイツ」
シュウは拳を握り、急いで影山の元に駆け寄った。ムーンに睨みを効かせ、影山を自分の背中に隠す。影山は何とも言えない空気に困惑する。
シュウが向こうに行けと手で仕草をしたので、影山はその場を離れる。
「初めまして」
先手をとったのはムーンだった。どこか不敵な笑みでシュウを見下ろす。
そんな姿に、シュウの顔は引き攣っていた。何かに怯えるような何とも言えない表情。彼女はにこやかに笑うとシュウに耳打ちをした。
「久しぶり。ケントは元気?」
「……お前出禁だろ」
シュウはバツが悪そうに返事をかえす。
彼女、ムーンは意図的に大炎上を起こし、シュウの相棒であるケントを引退にまで追い詰めた女だった。見た目の可愛さを武器とし、男を手のひらで転がすコツを兼ね備えた彼女は、実況者であるケントと繋がることは容易かった。そしてシュウも例外ではない。
「ふーん? 忘れたなんて言わせないけど?」
あの刺激的な夜、楽しかったね。鼻で笑いながら告げるムーン。思わず目線を逸し苦笑する。
散々ケントを馬鹿にしたシュウだったが、実は彼女と繋がりがあった。
控えめに言っても最高な夜だった。利害が一致する者同士の戯れなんて最高に楽しいに決まっている。
目と目で通じ合う想い、抱きしめた温もり、絡みつくような激しいキス、そして息遣いとベッドの軋みでさえお互いの感性を刺激し、時間を忘れるほど深く混じり合った。
誤算は有名実況者なら、誰とでも身体を捧げる女だった事実。名の知れた人物と繋がることが、ステータスに感じる彼女は遊び感覚で火遊びをする。しかも悪質なことに飽きたらネットで晒すというオマケつきだ。正直、ケントと繋がっていたと知ったときは冷や汗が止まらなかった。
「私が言いたいこと分かるでしょ?」
ムーンは、どこかしたり顔で告げる。
「俺の写真はリークしないって約束だろ?」
「でも気が変わったの。シュウは楽しかったから晒す気はなかったけど、今は違う。太陽って男と繋がりたい」
ムーンは不敵な笑みで、遠く離れた太陽を見る。
彼女は有名実況者と繋がった快感が未だに忘れられない。大手掲示板に実況者の半裸写真を晒したことも、ケントの信者が揃いも揃ってバカみたいに罵詈雑言しながら嘆いていたことも全て最高だった。
まるで世界が自分中心に回っているかのような感覚が堪らなく唆り、日々抱えるストレスが一瞬で吹っ飛んだ。
「俺に太陽くんを売れってか?」
「そう」
シュウはため息をつき、数秒考える。
「わかった。俺を晒さないと約束するなら配慮する」
男の友情は儚く散る。
シュウはムーンの恐ろしさを身に染みて知っていた。あどけない笑顔、さり気ない胸元、汚れを知らないと言わんばかりの純粋無垢な態度。男なら簡単に引っかかる。彼女は魔性の女だ。そして目的の為なら簡単に人を売る、信頼に値しない恐ろしい人間だ。
「ありがと、好き」
「キモいから早く行け」
シュウは適当にあしらうと、ムーンは太陽の元に向かう。そんな姿を遠目で見つめると呟いた。
「俺、太陽くんと穴兄弟になりたくねぇよ」
切実な思い。知らずにケントと同じ女と繋がり、いつの間にか穴兄弟になった事実。それは男として大変受け入れ難い。言わば間接キスの息子バージョンでしかないのだ。
暫くの間、小説の投稿頻度を2週間に1〜2回にします。春頃には最低週1投稿出来るように努力します。




